意図して隠された磁器の里

大川内鍋島窯跡は、佐賀県伊万里市の中心部から車で十数分、三方を険しい岩山に囲まれた谷あいにある。五次にわたる発掘調査で姿を現したのは、斜面に沿って階段状に築かれた連房式登窯の遺構で、水平の全長はおよそ137メートル、焼成室は27〜30室あったと推定されている。

この窯と周囲の作業場でつくられた磁器は、藩外にはほとんど出ることのないものだった。将軍家への献上、諸大名への贈答、藩主自身の用途に限られ、市場に並ぶことはなかったといわれる。窯跡は平成15年(2003年)9月16日に国の史跡に指定された。

有田から大川内山へ

肥前国(現在の佐賀県と長崎県)は、17世紀初めに日本で初めて磁器の生産が始まった土地で、その中心は有田だった。1650年代には、有田の岩谷川内で焼かれた製品が徳川将軍家へ献上されるようになる。佐賀藩を治めた鍋島家にとって、献上磁器の品質と技術を完全に管理することは大きな意味を持っていた。

1660年代、藩はこの特別な生産を大川内山へ移す。三方を岩山にさえぎられ、出入りは関所一つで管理できるこの谷は、技術の流出を防ぐのにかなった場所だった。延宝年間(1673〜1680年)には藩窯の組織と制度が整い、献上品の製作が本格化したと考えられている。陶工が集められ、その数は31名と伝わる。

窯は明治3年(1870年)に藩窯が廃止されるまで操業を続けた。藩そのものが解体される廃藩置県の直前のことである。

火の通りが最も安定する中央部の三室で焼かれたものが、藩の献上品にあてられた。残りの焼成室では一般向けの民窯製品が焼かれている。藩窯の品は大きく三つに分けられる。赤・黄・緑などの上絵付を施した色鍋島、地元で産する青磁鉱を用いた淡い青緑の鍋島青磁、そして呉須で藍色の文様を描いた鍋島染付である。いずれも採算を度外視してつくられ、日本の磁器の到達点とも評される。

史跡に指定された理由

指定の基準は、生産施設その他経済・生産活動に関する遺跡という区分にあたる。価値があるのは窯そのものだけではない。発掘調査によって、古絵図に描かれた藩窯の配置が谷の各所に良好に残っていることが確かめられた。

不良品を捨てた物原、焼成中に器を保護する匣鉢(さや)を収めたボシ小屋の跡、成形と絵付けが行われた御細工場跡、生産を統括した藩役宅の跡、そして陶工たちの屋敷跡群。これらが一帯にまとまって残る例は全国でも少ない。近世の陶磁史を研究するうえでも、藩窯という制度や工人たちの暮らしを知るうえでも、その学術的な価値は高い。最終操業時の窯壁は今も史跡内に残っている。

窯の里を歩く

今日の大川内山は「秘窯の里」と呼ばれている。およそ30軒の窯元が今も仕事を続けており、里を歩けばその店先とレンガの煙突のあいだを縫って進むことになる。

入口には関所が再現されていて、ここがかつて閉ざされた管理地だったことを思い出させる。その先の陶工橋には、伊万里焼の風鈴が14個かけられている。「めおとしの塔」とともに奏でるその音は、日本の音風景百選に選ばれた。風のない日には、その澄んだ響きが谷によく通る。

川のほとりには唐臼小屋が再現されている。唐臼は水の力で陶石を砕く大型の臼で、この小屋のものは今も実際に音を立てて動いている。藩窯のころには、こうした水車小屋が川畔に立ち並び、青磁の原料となる石を砕いていた。

鍋島藩窯公園は、窯跡と、お経石窯・清原窯といった古窯跡を中心に、斜面と対岸に広がっている。坂道を登った先には、陶片とトンバイ(窯で使われた耐火煉瓦)でモザイク画のように築かれた大壁画がある。傾斜が急な箇所があり、雨上がりの下りは滑りやすいので、歩きやすい靴がよい。

里の入口近くにかかる鍋島藩窯橋は、登窯で使われた耐火煉瓦を再利用してつくられ、護岸には伊万里焼のタイルが埋め込まれている。公園内に再現された登窯では、今も毎年9月に3日かけて窯焚きが行われる。焼き上がった献上品は11月に全国の城下町へ届けられ、この窯焚きは若い職人が技術を受け継ぐ機会も兼ねている。

大川内山の周辺

里のなかにある権現岳神社は、伊万里市内に現存する江戸時代の社殿建築のひとつで、立ち寄る価値がある。焼物の背景を知りたければ、伊万里・有田焼伝統産業会館で地域の陶磁の歴史をたどり、絵付け体験もできる。伊万里鍋島焼会館では各窯元の代表的な作品を展示・販売しており、喫茶コーナーも併設されている。

大川内山へは、JR筑肥線と松浦鉄道が乗り入れる伊万里駅が起点になる。駅からは車かタクシーで15〜20分ほど、路線バスも通っている。車の場合は西九州自動車道の伊万里東府招インターチェンジから20分ほど。里の道は狭いので、入口近くの広い駐車場に車を置くとよい。駐車場はイベント時を除いて無料である。

谷の景色はどの季節にも見どころがある。初夏の新緑、秋の紅葉、暖かい時期の風鈴。春には磁器ひいなまつり、ゴールデンウィークには窯元市、夏には風鈴市、秋には鍋島藩窯秋祭りが開かれる。

Q&A

Q窯跡そのものを見ることはできますか。
Aできます。窯跡は自由に歩ける鍋島藩窯公園のなかにあり、最終操業時の窯壁が保存されています。里全体も無料で散策できます。
Q鍋島焼は今もつくられていますか。
Aつくられています。大川内山では現在もおよそ30軒の窯元が、伝統的な鍋島の様式と現代的な作品の両方を手がけており、店先で直接購入できます。
Q見学にはどのくらい時間がかかりますか。
A半日ほどが目安です。関所、藩窯公園、窯元の店先をつなぐ散策路があり、登り坂もあるため歩きやすい靴をおすすめします。
Q訪れるのに適した時期はいつですか。
A一年を通して楽しめます。初夏の新緑、秋の紅葉、暖かい時期の風鈴の音がそれぞれの季節の魅力です。祭りの期間はにぎわいますが、混雑もします。
Q公共交通機関で行けますか。
A行けます。伊万里駅まで列車で向かい、そこからタクシーで15〜20分ほどです。里へは路線バスも運行しています。

基本情報

名称大川内鍋島窯跡(おおかわちなべしまかまあと)
所在地佐賀県伊万里市大川内町
指定区分国指定史跡
指定年月日平成15年(2003年)9月16日
操業時期1660年代頃〜明治3年(1870年)頃
窯の構造階段状連房式登窯
規模水平全長 約137メートル/焼成室 推定27〜30室
アクセス伊万里駅から車で約15〜20分
公開状況窯跡・鍋島藩窯公園とも自由に見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/3383
文化庁 日本遺産ポータルサイト
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/2552/
伊万里市 公式ウェブサイト
https://www.city.imari.lg.jp/2694.htm
伊万里鍋島焼協同組合 大川内山
https://imari-ookawachiyama.com/
伊万里市観光協会
https://imari-kankou.com/course/ookawachiyama_course/

最終更新日: 2026.05.22