筑紫山地の直家
吉村家住宅(国指定名称は「吉村家住宅(佐賀県佐賀郡富士町)」)は、佐賀県佐賀市富士町大字上無津呂2856番地にある茅葺の農家建築で、天明9年(1789年)の建築、昭和49年(1974年)2月5日に重要文化財に指定された。
上無津呂は筑紫山地の中央部、福岡県境にほど近い山間の集落である。平地は乏しく、稲作よりも林業がこの谷の生業を支えてきた。建物は南面し、棟は一直線に通っている。
その棟の通り方が要点になる。九州の民家には平面をL字に折り曲げた曲屋の系統があるが、佐賀県北部の山間部で選ばれたのは、棟が折れずに一本で通る直家(すぐや、すごやとも)の形式だった。文化庁の解説文は本件を「直屋形式の農家」とし、当時の家としては大きいと記す。
構造及び形式等は「桁行15.1m、梁間8.4m、寄棟造、茅葺、背面庇付、桟瓦葺」。県の「さがの歴史・文化お宝帳」は間数で示し、桁行8間(約14.4メートル)、梁間5間(約9メートル)とする。同じ建物を別の尺度で測った数値であり、記載として採るべきは国のデータベースの側である。
桁の継手に残された墨書
民家の年代は、ふつう確定しない。大工は署名を残さず、家は部分ごとに建て替えられ、判定は年代の判明した他例との仕口・継手の比較に頼ることになる。吉村家住宅がその制約を免れているところに、国指定に至った理由がある。
改造工事の際、西北隅の部屋の側桁継手部に墨書銘が見つかった。そこには天明9年の年紀と、大工の名が記されていた。ただし大工の出身村については資料が一致しない。県の記録は「落合村」と読み、民家調査の記録は別の村名を翻刻している。文化庁の解説文はこの点に踏み込まず、「天明九年に地元の大工が建てた」とのみ記す。年紀そのものに異論はない。
この一行がもたらしたのは基準点である。県内にはより古いと目される民家もあるが、建築年代を実証できるものは他にない。年代の明らかな民家として県下最古という位置づけは、そのまま周辺の無年紀の直家群を測る物差しとして機能する。
証拠となった部材そのものも保護の対象になっている。指定に際し、旧側桁継手部断片1個が附(つけたり)として登録された。建物と、その建物の年代を証す物件が、同一の指定のなかに収められている。
平面も指定を支える。内部は東西に分かれ、東側に土間、西側に床上5室を置く。土間ニワに沿って12畳の「ナカエ」があり、その上手表側に4畳の「ナカザ」と8畳の「ザシキ」、裏側に細長い「ナンド」、ナカエの裏に台所を配していた。全国に広く分布する三間取広間型に属しながら、その発展した段階を示す。文化庁の解説文が「細かいところは進歩している」と書くのは、この段階差を指す。
規模から推される階層についても触れておきたい。建物の大きさや梁の長さが近隣の民家を上回ることから、佐賀市は吉村家を上層の農家であったと推定する。家の由緒そのものは明らかでない。
訪ねる前に確認したいこと
この建物については、見学の可否を先に書いておく必要がある。
吉村家住宅は私有の建物である。国のデータベースに所有者名の記載はなく、民家調査の記録は所有形態を私有とする。指定後の長い期間、内部は公開されており、観光情報には土間や竈、囲炉裏を屋内から見られる旨がいまも掲載されている。ただしその状態は連続していない。令和5年(2023年)10月、佐賀市は屋根葺替ほかの改修工事のため見学ができない旨を告知した。工事期間は令和6年12月までとされ、以後この告知ページは更新されていない。
この建物を目的に足を運ぶのであれば、出発前に佐賀市文化財課(0952-40-7369)へ現況を確認されたい。距離が距離である。
経路は次のとおり。長崎自動車道佐賀大和インターチェンジから車で約45分、JR佐賀駅からタクシーで約1時間。佐賀駅バスセンターから昭和バスの古湯・北山方面行きが谷筋に入り、「上無津呂」に停車するが、便数は限られるため当日の時刻確認が要る。受付や管理棟の類はない。
閉まっていた場合の代替も挙げておく。同じ富士町の下流側にある古湯温泉は日帰り入浴のできる古い湯治集落である。市街まで戻れば、佐賀城本丸歴史館に天保7年(1836年)の重要文化財・鯱の門及び続櫓が残り、こちらは常時見学できて無料。住宅建築を確実に内部から見たいのであれば、唐津市の旧高取家住宅(明治37年、重要文化財)が公開されており、車で1時間半ほどの距離にある。
公開が再開されたときに一つ気に留めてほしいことがある。この規模の茅葺屋根は、標本のように保存されるものではない。消耗し、葺き替えられる。令和5年に告知された工事は、昭和57・58年度の半解体修理以降に失われていった材を入れ替える作業である。骨組は天明9年のもの、表面は新しいもの。この二つは矛盾しない。
Q&A
- 吉村家住宅の内部は見学できますか。
- 従来は内部が公開されていましたが、令和5年(2023年)10月に佐賀市が屋根葺替ほかの改修工事のため見学不可と告知しました。工事期間は令和6年12月までとされ、その後この告知は更新されていません。訪問前に佐賀市文化財課(0952-40-7369)へ現況をご確認ください。
- 吉村家住宅(上無津呂)へのアクセス方法を教えてください。
- 長崎自動車道佐賀大和インターチェンジから車で約45分、JR佐賀駅からタクシーで約1時間です。公共交通では佐賀駅バスセンター発、昭和バスの古湯・北山方面行きが「上無津呂」に停車しますが、便数が少ないため事前に時刻の確認が必要です。
- 吉村家住宅が重要文化財に指定されたのはなぜですか。
- 建築年代が実証できるためです。西北隅の側桁継手部の墨書銘に天明9年(1789年)の年紀と大工名が記されており、年代の明らかな民家としては佐賀県下最古にあたります。周辺の直家形式民家を年代づける基準としての価値も認められています。
- 吉村家住宅の「直家」とはどのような形式ですか。
- 平面をL字に折る曲屋に対し、棟が折れずに一直線に通る形式を直家(すぐや)と呼びます。佐賀県北部の山間部に多く見られる形で、本件は桁行15.1メートル、梁間8.4メートルの寄棟造・茅葺、背面に桟瓦葺の庇を付します。
- 吉村家住宅の間取りはどうなっていますか。
- 東側に土間、西側に床上5室を配します。土間に沿って12畳の「ナカエ」、その上手表側に4畳の「ナカザ」と8畳の「ザシキ」、裏側に細長い「ナンド」、ナカエの裏に台所という構成で、三間取広間型の発展した形と評価されています。
基本データ
| 名称 | 吉村家住宅(佐賀県佐賀郡富士町)/よしむらけじゅうたく |
|---|---|
| 所在地 | 佐賀県佐賀市富士町大字上無津呂2856番地 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 01934。附として旧側桁継手部断片1個 |
| 指定年 | 昭和49年(1974年)2月5日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行15.1メートル、梁間8.4メートル、寄棟造、茅葺、背面庇付・桟瓦葺。天明9年(1789年)建築 |
| 所有者 | 国のデータベースに記載なし。民家調査記録では私有とされる |
| 公開状況 | 従来は内部公開。令和5年10月告知の改修工事(令和6年12月までの予定)により見学不可。現況は佐賀市文化財課 0952-40-7369 へ要確認 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/吉村家住宅(佐賀県佐賀郡富士町)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3513
- さがの歴史・文化お宝帳/吉村家住宅
- https://www.saga-otakara.jp/search/detail.html?cultureId=5342
- 佐賀市公式ホームページ/吉村家
- https://www.city.saga.lg.jp/main/876.html
- 佐賀市公式ホームページ/国指定重要文化財 吉村家住宅 改修工事中のお知らせ
- https://www.city.saga.lg.jp/main/93083.html
- あそぼーさが(佐賀県観光サイト)/吉村家住宅
- https://www.asobo-saga.jp/spots/detail/d4181e3e-b1c9-4bba-8e40-5d7bc0731356
最終更新日: 2026.08.09