旧吉岡家住宅長屋門 ― 昭和37年、他所の部材で建った門
掲げられている表札は、この門の奥に住んでいた人物が自分で書いたものだ。日本画の画材である胡粉で白く塗り、その上から墨で「吉岡」。小さな一枚だが、ここがどういう家だったかを端的に示している。
門は長屋門。門口の両脇に部屋や納戸を抱えた細長い建物を貫く形式で、かつて武家や豪農が構えた。東大和市清水三丁目、主屋の南東に街路へ面して建つ。木造平屋建、寄棟造桟瓦葺、建築面積58平方メートル。軒はせがい造。中央間を門口とし、北側に潜戸を開く。外壁は真壁漆喰塗で、正面の腰壁は板張りである。
ただし、年代は昭和37年(1962年)。明治でも江戸でもない。東京オリンピックの2年前だ。
ここからが面白い。吉岡堅二が昭和37年から38年にかけて主屋の大改修を行った際、東村山市の大工棟梁が、解体された長屋門の部材を手元に持っていた。その材を一部に用いて、この門は再建された。もとの長屋門がいつ、どこに建っていたのかは判明していない。文化庁の解説文も、他所の長屋門の部材を用いて現在地に建築したもの、と事実だけを書く。
由緒のない登録有形文化財
登録は平成29年5月2日、第86回、登録番号13-0377。主屋兼アトリエ、蔵、中門と同時である。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。
指定文化財の物差しを当ててみると、この門はほとんど何も満たさない。古くない。部材の出所が不明。建てたのは画家と町場の棟梁で、由緒ある大工の系譜があるわけでもない。国宝や重要文化財を生む指定制度なら、審議の席にすら着けない。
平成8年に始まった登録制度は、別の問いを立てる。傑作かどうかではなく、風景のなかで役割を果たしているかどうかを見る。この門は果たしている。文化庁の解説は「屋敷構えに風格を添える」と書く。街路からこの門に出会った人なら、これが甘い評価ではなく正確な描写だとわかるはずだ。
国の記録には書かれていないが、地元にはもうひとつの論拠がある。東大和市が挙げるのは、多摩地域で少なくなった豪農層の農家の景観を保っていること、そして吉岡堅二がこの屋敷で半世紀近く創作を続けたこと。長屋門はその構成の一部である。これを外せば、残りの評価も薄くなる。
足元と、扉と、北の一間
まず扉を見る。乳鋲が8個。左右の門扉と潜戸に振り分けられている。乳房をかたどったような形の装飾金具で、武骨な門に柔らかさを与えるとともに、子孫繁栄の願いを込めるものとされる。
次に足元。花崗岩の敷石が150枚ほど並ぶ。昭和40年代に敷設されたもので、出自は都電である。東京都内を走っていた路面電車の軌道に使われていた石が、路線の撤去にともなって散り、その一部がこの門の下に落ち着いた。同じ都市の農村側と市街側の履歴が、敷居のところで交わっている。
そして北側の和室。ここには重い話がある。吉岡堅二が法隆寺金堂壁画の再現模写に取り組んでいた時期、この部屋は第二のアトリエとして使われた。助手を務めた東京藝術大学の学生たちは、帰宅が遅くなるとここで食事をし、泊まっていったという。東京の西のはずれ、農家の門の中の一間が、近代日本美術の重要な模写事業の出張所になっていた時期がある。
門は公道に面しているため、外観はいつでも見られる。潜戸も表札も敷石も街路側から確認できる。ただし門をくぐり、北側の和室を見るには、年2回の公開を待つ必要がある。公開は春と秋に数日ずつ、入場無料。西武多摩湖線・武蔵大和駅から徒歩約5分、ちょこバスなら清水観音堂(郷土美術園)下車1分だ。
Q&A
- 長屋門とはどんな門ですか。
- 細長い建物の中央に門口を開けた形式の門です。両脇の部分は納戸や部屋、厩などに使われました。武家屋敷に用いられ、のちに豪農の屋敷にも広がった形式で、防備とともに家格を示す役割を担いました。
- 昭和37年建築なのに、なぜ文化財なのですか。
- 登録有形文化財は、建物の古さそのものより、歴史的景観への寄与を評価します。この門は古い長屋門の部材を用いており、多摩地域で数を減らした豪農屋敷の構えを完成させています。指定制度と違い、登録制度はこうした事例を受け止められる仕組みです。
- 部材はどこから来たのですか。
- 東村山市の大工棟梁が解体された長屋門の部材を所持しており、昭和37年の建築時にその一部が使われました。もとの長屋門の所在地も建築年も特定されておらず、地元の記録もその点を不明として明記しています。
- 公開日を待たずに見ることはできますか。
- 門は公道に面しているため、街路側の外観はいつでも見られます。潜戸、表札、敷石は外から確認できます。門をくぐって北側の和室を見学するには、春または秋の公開日に合わせる必要があります。
- 扉についている金具は何ですか。
- 乳鋲(にゅうびょう)と呼ばれる門扉用の装飾金具です。丸みのある形が乳房に似ることからこの名があり、子孫繁栄を願う意味を持つとされます。旧吉岡家では左右の門扉と潜戸に合わせて8個が付いています。
基本データ
| 名称 | 旧吉岡家住宅長屋門(きゅうよしおかけじゅうたくながやもん) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都東大和市清水三丁目779-5 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成29年5月2日(第86回登録)/登録番号 13-0377 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 年代 | 昭和37年(1962年)/他所の長屋門の部材を使用 |
| 構造及び形式等 | 木造平屋建、瓦葺(寄棟造桟瓦葺、軒はせがい造)、建築面積58平方メートル |
| 所有者 | 東大和市 |
| アクセス | 西武多摩湖線 武蔵大和駅から徒歩約5分/ちょこバス「清水観音堂(郷土美術園)」下車徒歩1分 |
| 公開状況 | 街路側の外観は常時見学可。門内は春(5月頃)と秋(10月頃)の年2回特別公開時のみ、入場無料 |
| 問い合わせ | 東大和市郷土博物館 電話 042-567-4800 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「旧吉岡家住宅長屋門」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011483
- 文化遺産オンライン「旧吉岡家住宅長屋門」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/300459
- 国登録有形文化財 旧吉岡家住宅(東大和市公式ホームページ)
- https://www.city.higashiyamato.lg.jp/bunkasports/museum/1006099/1006100.html
- 旧吉岡家住宅(国登録有形文化財)|東大和の博物館・文化財情報
- https://higashiyamato.net/ecomuseum/yukeibunkazai
最終更新日: 2026.07.15