戦後に建てられた慰霊の塔

境内北方の小高い場所に、登録八棟のうち最も新しく、戦後に建てられた唯一の一棟が立つ。平和の塔である。昭和33年(1958年)、戦没者の供養と世界恒久平和の祈願のために建立された。形式は多宝塔で、方形の下層と円形の上層をもつ、密教にかかわりの深い塔の型を採る。

総欅造、すなわち全体を欅で組み、銅板を葺く。建築面積は約17平方メートル。18世紀の国宝で知られる寺が、20世紀の塔をも擁していることは、この境内が育ち続けてきたさまを示す。

昭和33年の建物がなぜ登録されたか

平和の塔は平成29年(2017年)5月2日、古い建物群とともに、共通の登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」により登録された。登録に古さは要件ではない。ここで評価されるのは、境内景観の一部となった上質の建物であり、昭和20年以降に各地で建てられた記念的な塔の好例という点である。

細部は意図的に古式を向く。下層の組物は出組とし軒は二軒繁垂木、上層は三手先とし軒は二軒扇垂木とする。蟇股などに復古的な特徴が見られ、古い語彙で語る現代の建物といえる。

見どころ

小高い場所に上り、空を背に見たい。方形の下層と円形の上層の対比は多宝塔を特徴づける要素で、総欅の造りは木肌の暖かく緻密な木目を近くで見る価値がある。

まずは慰霊碑として読みたい。終戦から十三年後に建てられ、追悼と平和という明快な意図を担い、その復古的な彫刻が意図を静かに縁取っている。

Q&A

Q多宝塔とは何ですか。
A方形の下層と円形の上層をもつ二重塔で、日本では密教にかかわりが深い形式である。この塔は全体を欅で組む。
Q何のために建てられたのですか。
A昭和33年(1958年)に、戦没者の供養と世界恒久平和を祈願して建立された。戦後の日本で各地に建てられた記念的建造物の一つである。
Q昭和33年の建物がなぜ文化財になるのですか。
A登録有形文化財は、古さを問わず、歴史的景観に寄与し保存に値する建物を評価する。この塔は、戦後の記念的多宝塔の丁寧に造られた好例である。
Q境内のどこにありますか。
A境内北方の小高い場所に立つ。参道の中心線からは離れた位置にある。

Basic Information

名称歓喜院平和の塔(Heiwa no To (Tower of Peace), Kangi-in)
所在地埼玉県熊谷市妻沼1511
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成29年(2017年)5月2日
登録番号11-0168
員数1棟
時代・年代昭和33年(1958年)
構造及び形式等木造多宝塔、総欅造、銅板葺、建築面積17平方メートル
所有者宗教法人歓喜院
アクセスJR熊谷駅からバス約30分、妻沼聖天前下車、徒歩すぐ
公開状況境内は無料開放。国宝聖天堂の拝観は有料

References

国指定文化財等データベース(文化庁)— 歓喜院平和の塔
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011457
熊谷市Web博物館 — 歓喜院聖天堂について
https://www.kumagaya-bunkazai.jp/museum/jousetu/syoudendou/about.htm
くまがや市商工会 観光情報 — 妻沼聖天山
https://kumagaya-syoukoukai.jp/%E8%A6%B3%E5%85%89%E6%83%85%E5%A0%B1/%E5%A6%BB%E6%B2%BC%E8%81%96%E5%A4%A9%E5%B1%B1/

最終更新日: 2026.07.02