光福寺宝篋印塔とは
光福寺宝篋印塔は、埼玉県東松山市大字岡の光福寺に伝わる元亨3年(1323年)の石造の宝篋印塔で、昭和28年(1953年)8月29日に国の重要文化財(建造物)に指定された(文化庁)。読みは「こうふくじほうきょういんとう」。
文化庁の記録では、石造宝篋印塔1基、鎌倉時代後期。指定番号は01229、所有者は光福寺である。東松山市によれば高さは約2.1メートルで、現在は光福寺(四国山光福寺)の境内の収蔵庫に保存されている。
供養のために建てられた塔
宝篋印塔は供養塔の一種で、鎌倉時代の中ごろから造られ始めた(東松山市)。
東松山市によれば、塔身の正面に「宝篋印塔」、その下の基礎の裏面に造立の趣旨が刻まれており、元亨3年(1323年)に藤原光貞と比丘尼妙明の供養のために建てられたことがわかる。ただし、この2人がどのような人物かは今のところわかっていない。東松山市観光協会は、沙彌閣阿が比企尼妙明と藤原光貞の供養のために造ったと紹介している。
重要文化財としての価値
光福寺宝篋印塔は、昭和28年(1953年)に重要文化財に指定された。東松山市は、均整の取れた美しい塔としている。
鎌倉時代後半には、宝篋印塔の形に関西型・関東型と呼ばれる地域差が現れる。光福寺のものは、笠や塔身に関東型の特徴をもつ一方、基壇がないことや基礎の形は関西型の特徴を示しており、両方の特徴をあわせもつ(東松山市)。
見どころ
塔身の正面に刻まれた「宝篋印塔」の文字と、基礎の裏面の造立の銘が見どころである(東松山市)。年号のわかる鎌倉時代の宝篋印塔として、形の地域差を見比べる手がかりにもなる。
東松山市によれば、同じ収蔵庫には、阿弥陀三尊を線刻した嘉元4年(1306年)銘の板石塔婆(埼玉県指定文化財)が並んで保存されている。
見学について
光福寺宝篋印塔は光福寺の境内の収蔵庫に保存されている(東松山市)。収蔵庫の公開や見学の条件についての案内は見当たらないため、訪れる前に問い合わせたい。問い合わせ先は東松山市埋蔵文化財センター(電話0493-27-0333)。
所在地は東松山市岡498(光福寺)。東松山市観光協会によれば、東松山駅東口から熊谷駅行きのバスで「東松山病院前」で降り、徒歩約3分。
Q&A
- 光福寺宝篋印塔はいつ造られましたか?
- 元亨3年(1323年)です。基礎の裏面の銘でわかります(文化庁・東松山市)。
- 光福寺宝篋印塔は誰のために造られましたか?
- 銘によれば藤原光貞と比丘尼妙明の供養のためですが、2人がどのような人物かはわかっていません(東松山市)。
- 光福寺宝篋印塔の大きさは?
- 高さ約2.1メートルです(東松山市)。
- 光福寺宝篋印塔の形の特徴は?
- 笠や塔身は関東型、基壇のないことや基礎の形は関西型と、両方の特徴をあわせもちます(東松山市)。
- 光福寺宝篋印塔はどこで見られますか?
- 光福寺の境内の収蔵庫に保存されています。見学の条件は東松山市埋蔵文化財センター(0493-27-0333)に確かめてください。
基本情報
| 名称 | 光福寺宝篋印塔(こうふくじほうきょういんとう) |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県東松山市岡498(光福寺) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和28年(1953年)8月29日指定 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 石造宝篋印塔、高さ約2.1メートル |
| 所有者 | 光福寺 |
| 公開状況 | 境内の収蔵庫に保存(見学条件は要確認) |
参考文献
- 光福寺宝篋印塔(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/452
- 光福寺宝篋印塔(東松山市)
- https://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/soshiki/55/3704.html
- 板石塔婆(光福寺)(東松山市)
- https://www.city.higashimatsuyama.lg.jp/soshiki/55/3741.html
- 光福寺の宝篋印塔(一般社団法人東松山市観光協会)
- https://higashimatsuyama-kanko.com/sightseeing/see/historical/%E5%85%89%E7%A6%8F%E5%AF%BA%E3%81%AE%E5%AE%9D%E7%AF%8B%E5%8D%B0%E5%A1%94/
最終更新日: 2026.10.14