隅田川が始まる場所に立つ赤い水門
旧岩淵水門は、東京都北区志茂5丁目地先にある大正13年(1924年)竣工の鉄筋コンクリート造水門で、令和6年(2024年)8月15日に国の重要文化財に指定された。荒川と隅田川が分かれる地点に据えられ、地元では長く「赤水門」の名で呼ばれてきた。
東京都内の重要文化財建造物は寺社や住宅が大半を占める。この水門は治水インフラでありながら、指定基準の第二号「技術的に優秀なもの」と第三号「歴史的価値の高いもの」の二つを同時に満たすものとして指定された。土木構造物でこの両方を掲げる例は多くない。
発端は明治43年(1910年)8月の大洪水である。長雨で荒川が氾濫し、東京の低地一帯が水に浸かった。国が出した答えは徹底していた。既存の川を補強するのではなく、北区から東京湾まで全長約22キロの人工河川を新たに掘る。荒川放水路の開削は明治44年(1911年)に始まり、20年余りにわたって続いた。通水したのは大正13年10月12日である。
これだけの規模の放水路には、旧河川と分かれる地点に流量を制御する施設が要る。それがこの水門だった。着工は大正5年(1916年)、竣工は大正13年。一つの構造物に8年を費やしている。
青山士と、水面下のコンクリート
設計を担当したのは、内務省東京土木出張所の青山士(あおやま あきら)である。青山はパナマ運河の建設工事に加わった経験を持ち、当時の日本ではほとんど誰も持っていなかった大規模コンクリート施工の知見を携えて帰国した。同工事に参加した日本人技術者は青山ひとりだったと伝えられる。
技術面での評価の中心は、岸から見えない部分にある。1910年代の日本の河川工事において鉄筋コンクリートはまだ新しい材料だったが、この水門は躯体全体をそれで築いた。基礎は、浄水を注いだ井筒状の基礎と分厚い床版を併用する構成をとる。二重の手当てである。
結果は工事中に試された。大正12年(1923年)9月の関東大震災を、まだ建設途上だったこの構造物は耐え抜いている。その後およそ60年にわたり、荒川の増水時に隅田川へ流れ込む水量を抑え、下流の市街地を守り続けた。
指定書に記された諸元は具体的である。鉄筋コンクリート造水門、延長61.8メートル、左右の袖壁と上流右岸護岸の高欄が附属する。本体には通船路を含めて5門の鋼製引上扉が開く。附として「岩渕水門工事全圖」48枚が記載されている。指定番号は02773。
役目は昭和57年(1982年)に完成した現在の岩淵水門へ引き継がれた。こちらは青く塗られているため、都民のあいだでは赤水門と青水門が並ぶ場所として知られている。赤い塗装は北区の説明によれば昭和30年代の改修時のものである。
訪ねてみる ― 橋の上から、そして中之島へ
入場料も開館時間も受付もない。水門は開けた河川敷の緑地のなかにあり、いつでも見ることができる。すぐ横に架かる橋からは、鋼製扉のリベットの列が読み取れるほど近づける。橋を渡れば「荒川赤水門緑地」、通称・中之島に出る。ここからは下流に現役の青水門が見えるので、比較が容易になる。大正13年と昭和57年。径間9メートルの扉が5門と、それよりはるかに幅の広い扉。半世紀余りで水門の考え方がどう変わったかが、一望のもとに置かれる。
撮影の制限はない。赤い鋼材がもっとも良く見えるのは午後遅く、放水路の上を日が低く渡っていく時間帯で、塗装がオレンジではなく暖色として写る。通水日にちなみ、毎月12日の夜に赤水門と青水門がライトアップされると案内されている。
アクセス
最寄りは東京メトロ南北線の赤羽岩淵駅と志茂駅で、いずれも徒歩約15分。JR赤羽駅東口からは徒歩約20分となる。JR赤羽駅から都営バス「豊島5丁目団地」行きに乗り、「岩淵町」または「志茂2丁目」で降りれば徒歩10分。専用駐車場はない。
荒川知水資料館と合わせて
水門の近く、志茂5-41-1の荒川下流河川事務所の敷地内に、荒川知水資料館amoa(アモア)がある。入館料は無料。荒川の水害の歴史、放水路の工事、流域の自然を3階建ての館内で扱い、自分で扉を開閉できる流水模型も置かれている。開館時間は平日9時30分から17時、土日祝は10時から17時で、11月から2月は30分繰り上げて閉館する。入館は閉館の30分前まで。休館日は月曜日(祝日を除く)、月曜が祝日の場合は翌平日、および年末年始。水門へ歩く前にここで30分過ごすと、現地で見えるものが変わる。
実際的な注意をひとつ。河川敷にも資料館内にも売店や飲食店はない。夏場は飲み物を持参したい。堤防上は日陰がほとんどない。
Q&A
- 旧岩淵水門は見学できますか。入場料はかかりますか。
- 見学できます。入場料はかかりません。開けた河川敷の緑地内にあり、柵や受付、開館時間の設定もないため、いつでも見ることができます。すぐ横の橋から間近に眺められ、橋を渡れば中之島(荒川赤水門緑地)にも行けます。
- 旧岩淵水門への行き方と最寄り駅からの所要時間は?
- 東京メトロ南北線の赤羽岩淵駅、志茂駅からいずれも徒歩約15分です。JR赤羽駅東口からは徒歩約20分。JR赤羽駅から都営バス「豊島5丁目団地」行きで「岩淵町」または「志茂2丁目」下車、徒歩10分でも行けます。専用駐車場はありません。
- 旧岩淵水門はなぜ「赤水門」と呼ばれているのですか。
- 改修工事の際に赤く塗り替えられたことに由来し、北区はこれを昭和30年代のこととしています。以来「赤水門」の愛称で親しまれてきました。役目を引き継いだ昭和57年完成の岩淵水門は青く塗られているため「青水門」と呼ばれます。
- 旧岩淵水門はいつ重要文化財に指定されましたか。
- 令和6年(2024年)8月15日、指定番号02773で指定されました。重文指定基準の第二号「技術的に優秀なもの」と第三号「歴史的価値の高いもの」の二つが挙げられています。対象は水門本体、左右の袖壁、上流右岸護岸の高欄で、「岩渕水門工事全圖」48枚が附として記載されています。
- 旧岩淵水門は今も水門として使われていますか。
- 使われていません。荒川から隅田川へ流れる水量の調節をおよそ60年にわたって担いましたが、昭和57年(1982年)に完成した現在の岩淵水門にその役目を譲りました。現在は文化財として保存されています。
基本情報
| 名称 | 旧岩淵水門(きゅういわぶちすいもん)/通称・赤水門 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都北区志茂5丁目地先 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 02773 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)8月15日 |
| 員数 | 1基(附:岩渕水門工事全圖 48枚) |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造水門、延長61.8メートル、左右袖壁及び上流右岸護岸高欄附属。通船路を含む5門の鋼製引上扉 |
| 所有者 | 国(国土交通省) |
| 公開状況 | 屋外常時見学可、無料。構造物内部は非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)― 旧岩淵水門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00005567
- 文化遺産オンライン ― 旧岩淵水門
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/594152
- 国土交通省 関東地方整備局 荒川下流河川事務所 ― 旧岩淵水門の重要文化財の指定について
- https://www.ktr.mlit.go.jp/arage/arage01487.html
- 東京都北区観光ホームページ ― 旧岩淵水門(赤水門)
- https://kanko.city.kita.lg.jp/spot/240-2/
- 荒川知水資料館 amoa ― アクセス・開館案内
- https://www.ara-amoa.com/
最終更新日: 2026.08.22