古墳の横穴に光るコケ
吉見百穴ヒカリゴケ発生地は、埼玉県比企郡吉見町の丘陵斜面に掘られた古墳時代の横穴のなかで、ヒカリゴケ(光蘚、学名 Schistostega pennata)が生育する場所である。条件が整うと、横穴の床に黄緑色のやわらかな光が浮かんで見える。1928年(昭和3年)11月30日に国の天然記念物に指定された。ヒカリゴケの自生地として国の指定を受けた場所は、現在も全国で3か所しかない。
光が見られるのは、200基を超える横穴墓が並ぶ吉見百穴のうち、北端の地表近くにある数個の横穴である。ランプや炎を思い浮かべて訪れると、印象は違うかもしれない。光は淡く、人工の照明はいっさいない。横穴の口からわずかに差し込む外の光があってはじめて見える光である。見る角度を合わせると、横穴の床の一部に緑色がたまっているように映る。
山のコケが平野で見つかるまで
20世紀の初めごろまで、ヒカリゴケは寒冷で標高の高い土地に育つコケと考えられていた。日本で最初に確認された自生地は、1910年(明治43年)に長野県岩村田町(現在の佐久市)で見つかったもので、この場所は1921年(大正10年)に国の天然記念物となった。当時のヒカリゴケは、いわば山のコケだった。
その理解を揺るがしたのが吉見の横穴である。1916年(大正5年)11月23日、当時の熊谷農学校の教諭であった角田勝彌が吉見百穴を訪れ、いくつかの横穴の奥から緑色の光が出ていることに気づいた。自生地があるのは、市野川左岸の低地に接した斜面の最下部、標高およそ20メートルの地点である。高地のコケとされてきた植物がこの低さで育っていたことは、植物学者の関心を引くに足る事実だった。
やがて正式な調査が行われる。1928年(昭和3年)9月、文部省が現地を調べ、横穴群の北端にある一つの横穴でヒカリゴケを記録した。調査時の記録によれば、その横穴は斜面の表面から玄室まで約3.5メートル、玄室の幅は約2.4メートル、高さは約1.5メートルであった。調査当日の朝、外気は摂氏24度、玄室の床面は21度で、ヒカリゴケは床の右側にはっきりとした光を放っていたという。その約2か月後、同年11月30日に指定が告示された。
天然記念物に指定された理由
この指定は「洞穴に自生する植物群落」という基準によるものである。吉見の自生地に価値が認められたのは、ヒカリゴケという種そのものの珍しさよりも、その生えている場所にあった。冷涼な高地と結びつけられてきた植物が、温暖な関東平野で、しかも国内でも最も低い部類の標高で育っている。植物の分布という観点から見て注目すべき事実であり、それが1928年に保護された理由として記録されている。
この話には後日談がある。指定から数十年を経て、東京都心の旧江戸城跡でもヒカリゴケが見つかった。千鳥ヶ淵に面した石垣の隙間である。吉見よりさらに低い標高でも生育しうることが分かり、標高を根拠とした当初の説明はその分だけ単純ではなくなった。それでも吉見の指定は続いており、この植物の分布がどう理解されてきたかという歴史のなかに、確かな位置を占めている。
コケ植物を対象とした国の天然記念物は、全国でも5件しかない。そのうち3件がヒカリゴケの自生地で、最初に指定された岩村田、江戸城跡の石垣、そしてここ吉見の横穴である。
コケが光って見える仕組み
名前とは裏腹に、ヒカリゴケ自身が光を出しているわけではない。光って見えるもとは、胞子が発芽してできる糸状の段階、原糸体である。ヒカリゴケの原糸体には、ほぼ球形の細胞が連なってつく。この細胞が小さなレンズのように働き、横穴に入ってくるわずかな光を集め、奥にある葉緑体に当て、緑色の光を入ってきたのと同じ方向へ反射して返す。光のさす方向から見ると、反射光がそのまま見る人の目に戻ってくる。夜道で猫の目や道路の反射板が光って見えるのと同じ理屈である。
光るのは原糸体だけで、そこから育つ茎と葉のあるコケは光らない。原糸体がよく広がるのは40〜100ルクスほどの非常に暗い条件で、ほかの植物が入り込めない明るさである。横穴の奥や日の当たらない岩の隙間にヒカリゴケが多いのは、そうした場所であれば競争相手が少ないからである。
訪れるときは、この性質を頭に入れておくとよい。光は派手なものではなく、淡く静かで、まとまりも小さい。北端の案内のある横穴をのぞき込み、目が暗さに慣れるのを少し待ち、外の光を背にして横穴の奥へ視線を送る。晴れた日、玄室の床まで光が届くときが、緑色をはっきり見られる機会である。
百穴とその周辺
ヒカリゴケの自生地は、より大きな史跡の一部にあたる。吉見百穴そのものは1923年(大正12年)に指定された国の史跡で、多くの人が訪れる目的はこちらである。丘の斜面には、古墳時代の終わりにあたる6世紀末から7世紀後半にかけて掘られた219基の横穴墓が並ぶ。一帯の岩盤は凝灰質砂岩というやわらかい石で、掘り進めやすかったため、斜面に次々と玄室が刻まれた。横穴墓はそれぞれ羨道と玄室からなり、玄室に死者が葬られた。
この丘には新しい時代の歴史も重なっている。太平洋戦争の末期、横穴墓の下にあたる丘の内部に、中島飛行機の地下軍需工場のための大きな坑道が掘られた。工事の際、植物学者の本田正次が現地に呼ばれ、ヒカリゴケには手を付けないよう関係者に申し入れたという。指定された横穴は壊されずに残った。戦時中の坑道は外から見ることができるが、内部は現在立ち入りできない。
歩いて回れる範囲には、ほかにも見どころがある。岩室観音堂は丘のふもとの岩を穿って建てられた観音堂で、その始まりは弘仁年間(9世紀初め)にさかのぼると伝わる。丘の上には戦国時代の城である松山城があり、比企城館跡群の一つに数えられている。百穴の入口のそばには吉見町埋蔵文化財センターがあり、周辺から出土した資料の展示のほか、勾玉づくりの体験ができる。
Q&A
- 本当にコケが光るのを見られますか。
- 北端の案内のある横穴で見ることができますが、強い光ではなく淡い緑色です。外の光がさす方向から横穴をのぞき、目が暗さに慣れるのを待ち、床の低い位置に緑色のつやが見えないか探してみてください。晴れた日のほうが見やすくなります。
- ヒカリゴケ発生地と吉見百穴は同じものですか。
- 同じ丘にありますが、指定は別々です。横穴墓群である吉見百穴は1923年指定の国の史跡で、ヒカリゴケ発生地はコケの生える横穴を対象とした1928年指定の国の天然記念物です。
- 見学に料金はかかりますか。
- ヒカリゴケの横穴は吉見百穴の敷地内にあるため、通常の入場料がかかります。中学生以上300円、小学生200円、小学生未満は無料です。開場時間はおおむね8時30分から17時までです。
- コケに触れたり撮影したりできますか。
- 保護された横穴には入らず、コケには触れないでください。傷つきやすい植物です。横穴を外から撮影することはおおむね問題ありませんが、フラッシュをたくと淡い光が打ち消されてしまうため、フラッシュなしで撮るほうが向いています。
- いつ訪れるのがよいですか。
- ヒカリゴケは季節を問わず一年を通して見られます。一定の湿り気と日陰の涼しさがあれば育つためです。春には横穴の上の斜面に桜が咲き、百穴とあわせて訪れる人が多くなります。
基本情報
| 名称 | 吉見百穴ヒカリゴケ発生地(よしみひゃくあなひかりごけはっせいち) |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県比企郡吉見町北吉見324 |
| 指定区分 | 国指定天然記念物 |
| 指定年月日 | 1928年(昭和3年)11月30日 |
| 指定基準 | 洞穴に自生する植物群落 |
| 対象 | ヒカリゴケ(光蘚、Schistostega pennata)の自生地 |
| 開場時間 | 8時30分から17時(入館は16時30分まで)、年中無休 |
| 入場料 | 中学生以上300円、小学生200円、小学生未満無料 |
| アクセス | 東武東上線・東松山駅からバス約5分、「百穴入口」下車徒歩約5分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 吉見百穴ヒカリゴケ発生地
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/598
- 文化遺産オンライン(文化庁) 吉見百穴ヒカリゴケ発生地
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/209800
- 吉見百穴/ヒカリゴケ(吉見町)
- https://www.town.yoshimi.saitama.jp/soshiki/shogaigakushuk/7/909.html
- 吉見百穴ヒカリゴケ発生地(ウィキペディア日本語版)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/吉見百穴ヒカリゴケ発生地
- 吉見百穴(ちょこたび埼玉 埼玉県公式観光サイト)
- https://chocotabi-saitama.jp/spot/34445/
最終更新日: 2026.05.22