アンドリュース記念館(旧近江八幡YMCA会館)― W.M.ヴォーリズ建築の原点を訪ねて
滋賀県近江八幡市の旧市街に静かにたたずむアンドリュース記念館は、近代日本の建築史と精神史の双方において特別な意味を持つ建物です。アメリカ生まれの伝道者・実業家・建築家であったウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880–1964)が、日本で初めて手がけた記念すべき設計第一号作品にあたります。生涯1,600棟を超える西洋建築を手がけたヴォーリズ建築の原点であり、後に近江兄弟社へと発展するキリスト教共同体が産声を上げた場所でもある、近代日本の歩みを伝える貴重な文化財です。
友情と信仰から生まれた建物
アンドリュース記念館の物語は、アメリカ・コロラドカレッジ時代の友情から始まります。ヴォーリズは大学時代、ハーバート・コーネリアス・アンドリュースという若者と深い信仰の友情を結びました。キリスト教の信仰を共有し、将来YMCA会館を建てるという夢を抱いていたヴォーリズは、1905年(明治38年)、伝道活動の志を胸に滋賀県立商業学校(現在の八幡商業高等学校)の英語教師として近江八幡の地を踏みます。しかしその年、無二の親友アンドリュースが若くして亡くなったという悲しい知らせが届きました。
悲しみと友情のなかで、アンドリュース家からの寄付金と、ヴォーリズ自身が貯えていた全財産を投じて、ヴォーリズが構想していたYMCA会館の建設が動き始めました。1907年(明治40年)、初代の会館が竣工し、「アンドリュース記念近江八幡基督教青年会館(YMCA)」と名付けられました。この一棟こそ、後に日本各地に1,600棟以上の名建築を生み出すヴォーリズ建築の出発点となった、記念すべき処女作なのです。
なぜ文化財に登録されたのか
現在の建物は、1935年(昭和10年)、初代会館の位置から東へ約12メートルの隣接地に、古い資材を再利用して移築・改築されたものです。デザインは初代会館のイメージを忠実に踏襲し、初代建物の魂と素材を引き継いでいます。1987年(昭和62年)にはYMCA会館としての役割を終え、その後、初代会館の竣工100周年にあたる2007年(平成19年)に「近江兄弟社創立100周年記念事業」の一環として、保存再生工事が行われました。
2009年(平成21年)8月7日、国の登録有形文化財に登録。和洋折衷の親しみやすい意匠を持つ建築としての価値はもとより、ヴォーリズ建築の出発点であり、後に日本にメンソレータム(現メンタームの源流)を広めることになる近江兄弟社の精神的な発祥地としての歴史的価値が高く評価されています。
建築の見どころ
会館は八幡山の東南、近江八幡の旧市街の一角に位置しています。桁行約15メートル、梁間約11メートルの木造2階建、建築面積は約161平方メートル。屋根は南北棟の入母屋造で、釉薬瓦による桟瓦葺となっています。
とりわけ印象的なのは、釉薬瓦の鮮やかな赤と、モルタル仕上げの壁の白とのコントラストです。豪壮さよりも親しみやすさを重んじたヴォーリズらしい配色は、近江八幡の町並みのなかにごく自然に溶け込みつつ、確かな存在感を放っています。2階の間取りは、南寄りに和室二室、北側に洋室二室を並べ、中央に階段室を配する構成。和と洋を自然に共存させる構成は、後のヴォーリズ建築に通底する設計思想の萌芽とも言えるものです。
内部でもっとも大切に守られているのが、「祈りの部屋」と呼ばれる小部屋です。これは、ヴォーリズが来日後の最初の7年間を過ごした書斎と続き間の小部屋で、彼とその仲間たちが日々祈りを捧げた場所でした。この部屋で捧げられた創立者たちの祈りから、後の近江兄弟社が生まれたと伝えられています。「祈りの部屋」はかつて2階にありましたが、2007年の保存再生工事の際に、同じ方向の現在の1階へ丁寧に移され、当時の姿のまま保存されています。
見学情報
アンドリュース記念館は、建物外観の見学はいつでも自由に楽しむことができ、近江八幡の歴史的な町並み散策の途上で多くの方が足を止めています。毎週日曜日には午前10時15分から11時30分まで館内で礼拝が行われています。内部は通常公開されていませんが、春と秋には特別公開期間が設けられ、観光ガイドの案内とともに「祈りの部屋」を含む館内を実際に見学することができます。訪問前には観光案内所などで最新の公開情報をご確認のうえお出かけください。
東京方面からは、東海道新幹線で米原駅まで行き、JR琵琶湖線に乗り換えて近江八幡駅で下車するのが便利です。近江八幡駅からは近江バスで「大杉町」バス停まで約15分、そこから徒歩約5分で会館に到着します。京都駅や大阪駅からはJR琵琶湖線で近江八幡駅まで35分から65分ほどでアクセスできます。
周辺の見どころ
アンドリュース記念館は、近江八幡に点在するヴォーリズ建築群を巡る旅の出発点としても最適です。徒歩圏内には、ヴォーリズ夫妻が晩年を過ごした邸宅を活用した「ヴォーリズ記念館」、優美な意匠で知られる「旧八幡郵便局」、近江兄弟社学園に残る「ハイド記念館」など、ヴォーリズ建築の名作が点在しています。それぞれの建物がもつ和洋折衷の表情を比べながら歩くと、ヴォーリズという建築家の人柄と思想がいっそう深く伝わってきます。
さらに足を延ばせば、白壁の蔵が並ぶ歴史的水路「八幡堀」、近江商人の歴史を伝える商家町、現代アートを発信する「ボーダレス・アートミュージアム NO-MA」、由緒ある日牟禮八幡宮、ロープウェイで琵琶湖を一望できる八幡山などが控えています。古き商人の町並みとヴォーリズ建築、そして琵琶湖の風景が一度に楽しめる近江八幡は、京都・大阪からの日帰り旅にも最適な目的地です。
Q&A
- アンドリュース記念館の設計者は誰ですか?
- アメリカ生まれの伝道者・建築家で、後に日本に帰化したウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880–1964)が設計しました。生涯1,600棟以上の建築を手がけたヴォーリズにとって、この建物は日本で初めて設計した記念すべき第一作目です。
- なぜ「アンドリュース記念館」という名前なのですか?
- ヴォーリズの大学時代の親友で、若くして亡くなったハーバート・コーネリアス・アンドリュースを記念して名付けられました。初代会館の建設にはアンドリュース家からの寄付金が充てられており、その友情を末永く伝える名称となっています。
- 館内を見学することはできますか?
- 外観は常時自由に見学いただけます。内部は通常非公開ですが、春と秋には特別公開が行われ、観光ガイドの案内のもとで館内を見学することができます。また日曜日の午前10時15分から11時30分には礼拝が行われています。
- 「祈りの部屋」とは何ですか?
- ヴォーリズが来日してから7年間を過ごした書斎と続き間の小部屋で、彼とその仲間たちが日々の祈りを捧げた場所です。この部屋から後の近江兄弟社が生まれたと伝えられており、館の精神的な中心となっています。2007年の保存再生工事の際、2階から同じ方位の1階へ移されました。
- 近江八幡駅からのアクセスは?
- JR近江八幡駅から近江バスで「大杉町」バス停まで約15分、そこから徒歩約5分で到着します。徒歩でも駅から約25分ほどで、旧市街の町並みを楽しみながらアクセスできます。京都駅からはJR琵琶湖線で近江八幡駅まで約35〜45分です。
基本情報
| 名称 | アンドリュース記念館(旧近江八幡YMCA会館) |
|---|---|
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2009年(平成21年)8月7日 |
| 初代会館竣工 | 1907年(明治40年) |
| 現会館竣工 | 1935年(昭和10年)/2007年(平成19年)改修 |
| 設計 | ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(一柳米来留) |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、入母屋造桟瓦葺 |
| 規模 | 桁行約15m、梁間約11m、建築面積約161㎡ |
| 所在地 | 滋賀県近江八幡市為心町中31 |
| 所有者 | 財団法人近江兄弟社 |
| アクセス | JR琵琶湖線「近江八幡駅」から近江バス「大杉町」バス停下車、徒歩約5分 |
| 公開状況 | 外観は常時見学可、内部は春・秋の特別公開期間に見学可(事前確認推奨) |
参考文献
- アンドリュース記念館(旧近江八幡YMCA会館)― 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/187653
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007752
- アンドリュース記念館 ― 滋賀県観光情報[公式観光サイト]
- https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/26966/
- アンドリュース記念館 ― Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/アンドリュース記念館
- ヴォーリズストリート ― あきんど道商店街
- https://akindomichi.com/vories
- William Merrell Vories ― Visit Omi
- https://visit-omi.com/people/article/william-merrell-vories
最終更新日: 2026.05.13