奈良時代に写された『漢書』の残巻
滋賀県大津市、瀬田川の右岸に建つ石山寺に、中国の歴史書『漢書』を書写した二巻の巻物が伝わっている。『漢書』は後漢の班固が一世紀にまとめた前漢一代の正史で、紀伝体による歴史叙述の規範となった書物である。石山寺の二巻は、その一部を奈良時代の日本で書き写したものにあたる。
一巻は「高帝紀下」、すなわち項羽を破って前漢を開いた高祖劉邦の事績を記した巻の後半部分である。もう一巻は「列伝第四」で、現行本では巻三十四にあたる。いずれも全体ではなく一部が残る残巻で、二巻あわせて国宝に指定されている。
国宝に指定された理由
文化庁による国宝指定は昭和二十九年(一九五四)三月二十日。指定の核心は、その古さと本文の質にある。『漢書』の写本でこれほど古いものは、本国の中国にもほとんど残っていない。中国では早くから版本が流通し、版を重ねるうちに古い字句が整えられていったためである。八世紀の日本で手書きされた本書は、唐代の学者が目にしていた本文に近い姿をとどめている。
本文には、唐の顔師古がまとめた注釈が書き込まれている点も見逃せない。顔師古は『漢書』の標準的な注釈本を整えた学者で、その注は本文より小さな文字で二行に割って記され、「師古曰く」と始まる。注が成立してまもない時期の書写であり、本文がどのように読まれ、学ばれたかを知る資料としても重い価値をもつ。
紙の裏に記された密教の聖教
二巻は、紙の裏側にもう一つの文章を負っている。平安時代の僧元杲(九一四〜九九五)が、両巻の紙背に『金剛界念誦私記』を書写しているのである。これは真言密教の修法に関する私的な覚書で、元杲は石山寺にゆかりの深い淳祐内供に学んだ人物として知られる。十世紀には、貴重な漢籍の余白が、一人の学僧の日々の筆写の場として用いられていたことになる。
もともと別々に写されたとみられる二巻が、現在一具として伝わるのも、この紙背の存在が大きい。同じ元杲の手が両巻の裏に及んでいることが、二巻を同じ時代・同じ場所へと結びつけている。
見どころ
本資料はきわめて傷みやすく、常時公開されるものではない。本資料や関連資料が披露されるのは、境内最上部に建つ宝物館「豊浄殿」で、春と秋の展示期間に限られる。その折も、二巻のうち一巻だけ、あるいは紙背の密教聖教の側が出されることもある。
もし『漢書』の本文側を見る機会に恵まれたら、文字の傍らに付された小さな符号に注目したい。「ヲコト点」と呼ばれる、漢文を日本語の語順で読むための訓点である。これが「高帝紀下」には付され、「列伝第四」には見られない。本書が単に保存されただけでなく、実際に読まれ学ばれた書物であったことを示す印であり、二巻が出会う前に異なる来歴をたどった証でもある。
石山寺への訪問
『漢書』が蔵に納められている時期でも、石山寺そのものに訪ねる価値がある。天平十九年(七四七)、聖武天皇の勅願により、東大寺の造営も率いた良弁僧正が創建したと伝わる。最初の堂は、淡い結晶質の岩石である硅灰石(天然記念物)の上に据えられた。国宝の本堂と、建久五年(一一九四)に源頼朝が寄進したとされる多宝塔が、境内に立つ。
石山寺は文学とも縁が深い。紫式部がこの地に参籠して『源氏物語』の構想を得たとされ、本堂にはその伝承にちなむ「源氏の間」が残る。梅、桜、花菖蒲、紅葉と四季の彩りが絶えず、石段を上る道は季節を問わず歩きがいがある。
京都からはJRで石山駅へ向かい、バスで石山寺山門前まで約十分。あるいは京阪石山坂本線の石山寺駅から、川沿いに徒歩約十分でも着く。開門は午前八時、閉門は午後四時半、最終入山は午後四時である。
Q&A
- 訪問時に『漢書』を見られますか。
- まれにしか公開されません。傷みやすい国宝のため通常は収蔵され、主に豊浄殿の春・秋の展示期間に出されます。事前に石山寺の展示予定をご確認ください。
- 『漢書』とはどのような書物ですか。
- 前漢一代(前二〇二〜後八)の正史で、一世紀に班固がまとめました。以後の中国の正史の手本となった書物です。
- なぜ中国の歴史書が日本の寺に伝わるのですか。
- 漢籍は古くから日本で広く学ばれました。本書は奈良時代の日本で書写され、のちに僧が紙背を密教の覚書に用いたことから、石山寺の所蔵となりました。
- 文字の脇にある印は何ですか。
- 「ヲコト点」という訓点で、漢文を日本語の語順で読むために付されました。「高帝紀下」に見られ、よく読み込まれた書物であったことを示します。
- 石山寺の拝観時間の目安は。
- 境内を歩き、国宝の本堂・多宝塔を巡り、開館期であれば豊浄殿も見て、約九十分から二時間を見ておくとよいでしょう。
基本情報
| 名称 | 漢書〈高帝紀下、列伝第四残巻〉 |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県大津市石山寺1-1-1(石山寺) |
| 指定区分 | 国宝(書跡・典籍) |
| 指定年月日 | 昭和二十九年(一九五四)三月二十日 |
| 時代 | 奈良時代 |
| 員数 | 二巻(紙背に『金剛界念誦私記』を書写) |
| 所有者 | 石山寺 |
| 公開状況 | 通常は非公開。豊浄殿の特別展示期間に公開されることがある |
| 拝観時間 | 午前八時〜午後四時半(最終入山午後四時)/入山料 大人六百円ほか |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/708
- 大本山 石山寺 公式ホームページ
- https://www.ishiyamadera.or.jp/about/treasure
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/178332
- 西国三十三所観音霊場 第十三番 石山寺
- https://saikoku33.gr.jp/place/13
最終更新日: 2026.06.09