唐から持ち帰った二通の公文書

延暦23年(804年)、最澄は遣唐使の一行に加わって唐へ渡りました。異国の地を内陸へ進むには、現地の役所が発給する通行のための文書が欠かせません。国宝「伝教大師入唐牒」は、最澄が唐の地方官庁から受け取った二通の牒(ちょう)を一巻にまとめた古文書です。

一通は貞元20年(804年)9月12日付で、明州(現在の浙江省寧波)が発給しました。もう一通は貞元21年(805年)2月付で、同じ浙江省の台州が出したものです。いずれも、最澄が差し出した申請の文と、それを許可した役所側の文とで構成されています。申請の部分には、最澄自身の筆跡が残ります。

最澄は没後、伝教大師の諡号(しごう)を贈られました。この一巻は、以来その名とともに守り継がれてきました。

なぜ国宝に指定されたのか

本資料が国宝に指定されたのは、昭和29年(1954年)3月20日のことです。その価値は、文書を携えた人物と、そこに残る自筆の双方にあります。

最澄(766または767〜822年)は、日本天台宗を開いた僧です。正規の使節の一員として唐へ渡り、浙江省の天台山のふもとで学び、翌年には新しい教えと典籍を携えて帰国しました。これらをもとに比叡山で開かれたのが天台宗です。この入唐がなければ日本の天台宗は生まれず、天台宗がなければ、後に鎌倉仏教を開く僧たちが学ぶ山も存在しませんでした。

最澄の自筆として現存するものは、決して多くありません。本資料はその数少ない一例であり、後世の写しではなく、彼の生涯に直接結びつく証となっています。あわせて、唐代の地方行政が外国からの渡来者をどう扱ったかを知るうえでも、貴重な記録です。

見どころ

まず筆跡に目を向けてみてください。一画ずつ迷いのない、書き慣れた手による文字が並びます。最澄の申請文のかたわらに、唐の役人が書き添えた許可の文が続き、一枚の紙の上で二つの達筆が向かい合います。

唐代の公文書の書式にも注目したいところです。願い出る者がまず用件を述べ、役所がこれを認めて、貞元の年号と発給地を記す。明州・台州という地名がそのまま現れ、ひとつの省を横切る道筋が文書に刻まれています。

実用面で一点。この巻は常に見られるわけではありません。延暦寺の所蔵で、寺の宝物館に収められており、通年の展示ではなく特別展などの折に公開されます。訪ねる前に少し下調べをしておくと安心です。

比叡山をめぐる

延暦寺は、京都市と大津市にまたがる比叡山に広がっており、その全体が世界遺産「古都京都の文化財」に含まれています。「伝教大師入唐牒」が収められているのは、東塔地域の延暦寺バスセンター近くにある国宝殿です。

この建物の名前そのものにも、ひとつの教えがこもっています。名は最澄が学僧のために著した『山家学生式』の一節に由来し、世の一隅を照らすことこそが国の真の宝である、という考えに基づいています。最澄は、本当の宝とはガラスケースの中の品ではなく、人の心であると説きました。

山へ登る道のりもまた拝観の一部です。滋賀・坂本側からはケーブルカーが、京都・八瀬側からはケーブルとロープウェイが山上へ通じています。一灯が千二百年消えずに灯り続けてきたと伝わる根本中堂は、国宝殿から歩いてすぐの場所に建っています。

Q&A

Q実物はいつでも見られますか。
A延暦寺の所蔵で国宝殿に収められていますが、常設展示ではなく、特別展などの機会に公開されます。訪問前に寺の公開予定をご確認ください。
Q何語で書かれていますか。
A唐の朝廷と地方官庁の公用語である漢文で書かれています。
Qなぜ二通あるのですか。
A一通は804年に明州で、もう一通は805年に台州で発給されました。滞在中の異なる時点に受け取ったものです。
Qすべて最澄の筆ですか。
A申請の部分が最澄の自筆です。許可の部分は唐の役人が書き添えており、二つの異なる筆跡が見られます。
Q最澄は唐にどのくらい滞在したのですか。
A804年に出発して805年に帰国しており、一年に満たない滞在でした。その後、比叡山で天台宗を開きます。

基本情報

名称伝教大師入唐牒(でんきょうだいしにっとうちょう)
所在地比叡山延暦寺(滋賀県大津市坂本本町)/国宝殿に収蔵
指定区分国宝(古文書)
指定年月日昭和29年(1954年)3月20日
時代・年代唐時代、804〜805年
員数1巻
所有者延暦寺
公開状況国宝殿で随時公開(常設展示ではない)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/799
比叡山延暦寺 国宝殿
https://www.hieizan.or.jp/keidai/kokuhoden
滋賀県観光情報 比叡山延暦寺
https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/58/

最終更新日: 2026.06.09