開山の十三回忌に唱えられた法語
康暦元年(1379年)九月一日、永源寺を開いた一人の禅僧の没後ちょうど十二年にあたるこの日、その追善の場で一篇の法語が唱えられた。文言は紙本墨書の二幅として書きとめられ、滋賀県東近江の山あいに位置する永源寺に今も保管されている。文化庁の国指定文化財等データベースには、正式名称「紙本墨書永源寺開山十三回忌法語(康暦元年九月一日)」として登録される。
法語とは、禅僧が法会などの場で説いた教えの言葉を指す。日本の年忌は故人の没年を一年目と数えるため、十三回忌は没後十二年目に営まれる。九月一日という日付は偶然ではない。それは開山が示寂した日であり、寺は毎年この日に集まってその遺徳を偲んできた。
開山は寂室元光(1290〜1367年)。美作国高田、現在の岡山県真庭市に生まれた臨済宗の僧である。元応二年(1320年)に元へ渡り、天目山の中峰明本に参じて「寂室」の道号を授かった。嘉暦元年(1326年)に帰国したのちは、名利を避けて諸国の山中を移り住む暮らしを長く続けた。七十歳を過ぎた康安元年(1361年)、近江守護の佐々木氏頼に請われて愛知川の渓谷に一寺を開く。のちに京都の天龍寺や鎌倉の建長寺へ住するよう促されても固辞し、黒衣の一僧として生涯を終えた。
重要文化財に指定された理由
日本の文化財には階層がある。重要文化財は国宝の一段下に置かれ、歴史上または美術上の価値によって国が選定する区分である。この二幅は昭和十一年(1936年)五月六日に重要文化財へ指定された。絵画や彫刻ではなく、古文書として分類されている点も特徴といえる。
価値の一つは記録としての性格にある。本法語は、永源寺に残る開山忌関係の文書群のうちの一点で、これらは開山の追善の儀式を三十年あまりにわたって書き残したものだ。示寂の年である貞治六年(1367年)の祭文と初七日香語に始まり、康暦元年のこの十三回忌法語を経て、応永六年(1399年)の三十三回忌の陞座語と香語へと続く。一連の文書を通して見ると、創建まもない寺が開山の記憶を世代を越えて受け継いでいった様子がうかがえる。
指定の記録では寸法と筆者の欄が空欄となっており、誰の筆になるものかは正式には特定されていない。寂室元光の死後、弥天・松嶺・霊仲・越渓の四人の高弟が寺を守り、追善の法語はその後継の門下から出たものであって、開山自身の手になるものではない。本品は寂室を顕彰する文書であり、寂室の真筆ではない。
永源寺で目を向けたいもの
二幅は脆い紙の文書であり、寺の収蔵庫に納められて常時公開されてはいない。訪れる人が実際に見られるのは、この文書を生んだ場所と、そこで顕彰される開山の姿である。永源寺は臨済宗永源寺派の大本山で、全国に百を超える末寺を擁する。現在の堂宇は十五〜十六世紀の戦火で旧伽藍を失ったのちの江戸期の再建だが、愛知川沿いの地形は寂室が選んだ谷そのものだ。
石段の参道を上ると、岩肌に刻まれた十六羅漢の像が並ぶ。その先の開山堂「大寂塔」には、開山寂室の木造坐像が安置される。この坐像もまた重要文化財に指定されている。堂の近くには開山お手植えと伝わる楓があり、いま立つ木は三代目にあたるという。
康暦元年の法語がかつて営まれた追善の場は、今も受け継がれている。毎年十月一日には派内の僧が集い、開山の像前で香を焚いて法要が厳修される。文書に書かれた儀礼が、形を変えずに続いている。
周辺の見どころ
多くの旅行者は秋に永源寺を訪れる。この谷は滋賀でも有数の紅葉の名所で、色づきは例年十一月中旬に盛りを迎え、その時期には拝観時間が延長され夜間のライトアップも行われる。新緑は四月下旬から五月にかけてで、こちらは人出も穏やかだ。本堂に祀られる本尊は秘仏の聖観世音菩薩で、地元では「世継観音」と呼ばれ、子授けや家の存続を願う信仰を集めてきた。
寺は琵琶湖の東、湖東の山あいにある。近江鉄道八日市駅からバスで永源寺前まで三十五分から四十分ほど。車の場合は名神高速八日市インターチェンジから国道421号を経て約二十分である。旦度橋付近に有料駐車場があり、紅葉の季節には個人経営の駐車場も開かれる。湖東三山の一つで紅葉で知られる百済寺と組み合わせれば、湖東の山々を巡る一日の行程が立てやすい。
Q&A
- 参拝のときにこの法語の二幅を見られますか。
- 通常は見られません。脆い紙の文書のため収蔵庫に納められ、一般の参拝では公開されていません。特別展示の予定があるかどうかは、訪問前に永源寺へ直接お問い合わせください。
- この法語は寂室元光自身が書いたものですか。
- いいえ。本品は寂室の没後十二年にあたる康暦元年(1379年)のもので、十三回忌のために後代の寺の門下が作り唱えたものです。指定記録に筆者名は記されていません。
- 重要文化財と国宝はどう違うのですか。
- どちらも国が指定するものです。国宝はより上位の区分で、特に価値の高いものに限られます。重要文化財はその母体となる広い区分です。この二幅は重要文化財に指定されています。
- 永源寺を訪れるのに適した時期はいつですか。
- 紅葉が見頃となる十一月中旬が最も人気で、この時期は夜間のライトアップもあります。四月下旬から五月の新緑の頃は比較的静かです。秋の期間は拝観時間や参拝志納料が変わるため、事前の確認をおすすめします。
- 開山にゆかりの深い日はありますか。
- はい。開山忌が十月一日に営まれます。寂室の命日であり、康暦元年の法語に記された日付と同じ日です。この日には永源寺派の僧が寺に集って法要を行います。
基本情報
| 名称 | 紙本墨書永源寺開山十三回忌法語(康暦元年九月一日) |
|---|---|
| ふりがな | しほんぼくしょえげんじかいさんじゅうさんかいきほうご |
| 指定区分 | 重要文化財(昭和十一年〔1936年〕五月六日指定) |
| 種別 | 古文書 |
| 員数 | 2幅 |
| 時代 | 南北朝〜室町時代(本文の年記は康暦元年〔1379年〕) |
| 所有者 | 永源寺 |
| 所在地 | 滋賀県東近江市永源寺高野町41 |
| 公開状況 | 常時非公開。寺の収蔵庫に保管。境内は拝観可(拝観時間・志納料は季節により変動)。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/9329
- 臨済宗永源寺派 大本山 永源寺(公式サイト)
- https://eigenji-t.jp/
- 開山寂室禅師(永源寺 公式サイト)
- https://eigenji-t.jp/kaizan/
- 永源寺(滋賀県観光情報 公式観光サイト)
- https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/1243/
最終更新日: 2026.06.18