旧豊郷小学校校舎:ヴォーリズが手がけた「東洋一の小学校」を訪ねる
滋賀県犬上郡豊郷町、旧中山道沿いにたたずむ旧豊郷小学校校舎は、白鷺が羽を広げたような優美な姿で訪れる人々を迎えます。アメリカ出身の建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により1937年(昭和12年)に竣工したこの鉄筋コンクリート造の校舎は、かつて「東洋一の小学校」「白亜の教育殿堂」と称えられました。2013年(平成25年)には国の登録有形文化財に登録され、現在は地域の複合施設として一般公開されています。近江商人の教育への情熱とヴォーリズ建築の美しさが融合した、滋賀県を代表する近代建築遺産です。
建設の経緯:近江商人・古川鉄治郎の教育への願い
この壮麗な校舎を実現させたのは、豊郷町出身の近江商人・古川鉄治郎(1878〜1940)です。鉄治郎は豊郷小学校の前身である至熟小学校を卒業後、12歳で伯父にあたる初代伊藤忠兵衛(伊藤忠商事・丸紅の創業者)のもとで商いの道に入りました。やがて丸紅商店の専務取締役として活躍する一方、アメリカやヨーロッパでの海外経験を通じて「国の発展は国民の教育にかかっている」という強い信念を持つようになります。
鉄治郎は私財の3分の2にあたる約60万円(現在の数十億円に相当)を寄付し、母校の新校舎建設を決意しました。設計は近江八幡を拠点に活動していたヴォーリズ建築事務所に、施工は竹中工務店に依頼。1937年5月30日、念願の新校舎が完成しました。当時の村予算の約10倍という破格の建設費が投じられたこの校舎は、鉄治郎の教育への深い想いの結晶です。残念ながら、鉄治郎は校舎完成のわずか3年後にこの世を去りましたが、その志は建物とともに今も受け継がれています。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ:日本の近代建築を彩った建築家
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964)は、アメリカ・カンザス州レブンワースに生まれ、1905年に滋賀県立商業学校(現・八幡商業高等学校)の英語教師として来日しました。近江八幡の地に生涯を捧げ、日本国籍を取得(一柳米来留と改名)。キリスト教伝道や社会事業に尽力するかたわら、教会、学校、病院、住宅、商業建築など全国で1,600件を超える建築設計を手がけました。
ヴォーリズ建築の中でも公立小学校の設計は極めて珍しく、旧豊郷小学校校舎はその貴重な作例として高く評価されています。ヴォーリズは常に使う人の快適さを第一に考える建築哲学を持ち、豊郷小学校でも子どもたちの安全と学びの環境に細やかな配慮を行き渡らせました。
登録有形文化財としての価値
旧豊郷小学校校舎は2013年3月29日、隣接する旧豊郷小学校講堂および旧豊郷小学校酬徳記念図書館とともに国の登録有形文化財に登録されました。昭和初期の鉄筋コンクリート造学校建築の代表的な作例として、その歴史的・建築的価値が認められたものです。
文化財としての評価ポイントは多岐にわたります。戦前期における公教育への画期的な投資の記録であり、近江商人の地域貢献の精神を建築として体現していること。ヴォーリズによる西洋近代建築の手法と日本の教育ニーズを融合させた設計の独自性。そして、暖房設備、水洗トイレ、内線電話、島津製作所製の最新理科教材など、当時の小学校としては画期的な先端設備を完備していたことも、大きな価値として評価されています。
見どころ・魅力
うさぎとかめの階段
旧豊郷小学校校舎の象徴ともいえるのが、階段の手すりに設置されたイソップ童話「うさぎとかめ」のブロンズ像です。1階ではスタートラインに並ぶうさぎとかめの姿から始まり、階を上るごとに物語が進行。昼寝をするうさぎを尻目に、かめが着実に先へ進んでいく様子が表現されています。この装飾には、幼い頃の鉄治郎が恩師から「おまえはかめだ。コツコツ頑張れば必ず報われる」と励まされた逸話が込められており、ヴォーリズがその想いを形にしたものです。オリジナルのブロンズ像は太平洋戦争中の金属供出により失われましたが、1951年(昭和26年)に復元されました。
壮大な廊下と教室
校舎内に入ると、その廊下の広さと長さに驚かされます。1階は全長100メートル、2階は88メートルにおよぶ廊下は、幅も3メートルと余裕のある設計です。床に引かれた黄色い線は教室の扉が開く範囲を示しており、子どもたちが扉にぶつからないようにという細やかな配慮が感じられます。2階・3階には建設当時のままの保存教室が残され、そのうち1教室はヴォーリズの設計図面をもとに竣工当時の姿に忠実に復元されています。
理科室と貴重な教材コレクション
2階の理科室・理科準備室には、創建当時から残る島津製作所製の理科教材が多数展示されています。初期の紫外線発生装置や電気計測器、各種剥製標本など、昭和初期の科学教育の水準の高さを物語る貴重なコレクションです。2014年(平成26年)9月には、この理科準備室から1937年の校舎竣工記念式典を記録した16ミリフィルムが町職員によって発見され、大きな話題を呼びました。
講堂と酬徳記念図書館
校舎に隣接する講堂は、入口から演台に向かって床面が緩やかにカーブする独特の設計が施されており、入場する人々に厳かな雰囲気を感じさせます。また、酬徳記念図書館(現在はギャラリー兼観光案内所として利用)も同じくヴォーリズの設計で、校舎群全体の調和のとれた美しさを構成しています。
アニメ「けいおん!」の聖地
2009年のテレビアニメ「けいおん!」(京都アニメーション制作)の放送以来、旧豊郷小学校校舎は作品に登場する学校のモデルとして国内外から注目を集めるようになりました。校舎内にはファンによるメッセージボードやグッズの展示スペースが設けられ、作品ゆかりの楽器なども展示されています。アニメファンの「聖地巡礼」の先駆的事例として、これまでに延べ30万人以上のファンが訪れました。また、NHK連続テレビ小説をはじめ、数多くの映画・ドラマのロケ地としても使用されており、映像作品の舞台としても親しまれています。
周辺情報:近江商人の故郷・豊郷町を歩く
豊郷町は滋賀県で最も面積が小さな町ですが、日本の三大商人のひとつである近江商人にゆかりの深い、歴史と文化の宝庫です。旧豊郷小学校の見学と合わせて、周辺の近江商人関連施設をめぐるのがおすすめです。
豊郷駅から徒歩約5分の伊藤忠兵衛記念館は、伊藤忠商事・丸紅の創業者である初代伊藤忠兵衛が暮らし、二代忠兵衛が生まれた旧邸を一般公開しています。質素ながらも風格ある商家建築の中に、初代・二代忠兵衛の愛用品や資料が展示されており、入館無料で見学できます。
先人を偲ぶ館では、薩摩治兵衛をはじめ豊郷町出身の8人の近江商人の足跡を紹介しています。また、旧豊郷尋常高等小学校本館(薩摩治兵衛記念館)は、1887年(明治20年)に建てられた初代校舎で、擬洋風建築の登録有形文化財として見学できます。
さらに足を延ばせば、国宝・彦根城までは車で約20分。東近江市五個荘の重要伝統的建造物群保存地区では、近江商人の屋敷群を見学できます。旧中山道を散策しながら、江戸時代から続く商人の町並みを楽しむこともできます。
Q&A
- 入館料はかかりますか?
- 入館は無料です。校舎、講堂、酬徳記念館(ギャラリー兼観光案内所)のいずれも無料で見学できます。事前予約制の特別見学案内ツアー(1名3,000円、4名以上から催行、ガイドブック付き)では、通常非公開の理科室などを含む詳しいガイド付き見学が可能です。
- 開館日・開館時間を教えてください。
- 開館時間は火曜日から日曜日の午前9時から午後5時までです。休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌日休館)と年末年始(12月29日〜1月3日)です。貸館利用により一般見学が制限される場合がありますので、事前に豊郷町観光協会(0749-35-3737)にご確認ください。
- アクセス方法を教えてください。
- 近江鉄道豊郷駅から徒歩約10分です。JR琵琶湖線(東海道本線)稲枝駅からはタクシーで約8分です。お車の場合は名神高速道路・湖東三山スマートICから約15分、彦根ICから約20分です。約100台分の無料駐車場があります。
- おすすめの訪問時期はいつですか?
- 一年を通じて見学を楽しめます。春は校庭の桜、秋は周辺の紅葉が美しく、冬にはイルミネーションも行われます。夏場は一部の教室に冷房設備がないため、暑さ対策をお忘れなく。周辺の近江商人関連施設と合わせて、半日〜1日かけてゆっくりめぐるのがおすすめです。
- 写真撮影はできますか?
- 校舎内の見学エリアでは写真撮影が可能です。ただし、一部のイベントや貸館利用時には制限がある場合があります。三脚などの大型機材を使用する場合や、商用撮影の場合は事前に豊郷町観光協会にご確認ください。
基本情報
| 名称 | 旧豊郷小学校校舎(きゅうとよさとしょうがっこうこうしゃ) |
|---|---|
| 文化財区分 | 国登録有形文化財(2013年3月29日登録) |
| 設計 | ヴォーリズ建築事務所(ウィリアム・メレル・ヴォーリズ) |
| 施工 | 竹中工務店 |
| 竣工 | 1937年(昭和12年)5月30日 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造3階建 |
| 寄贈者 | 古川鉄治郎(丸紅商店専務取締役) |
| 所有者 | 豊郷町 |
| 所在地 | 〒529-1169 滋賀県犬上郡豊郷町石畑518 |
| 開館時間 | 9:00〜17:00 |
| 休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月29日〜1月3日) |
| 入館料 | 無料 |
| 駐車場 | あり(約100台・無料) |
| アクセス | 近江鉄道豊郷駅から徒歩約10分/JR稲枝駅からタクシー約8分/湖東三山スマートICから車約15分 |
| 問い合わせ | 豊郷町観光協会 TEL: 0749-35-3737 |
| 公式サイト | http://www.toyosato-elschool.net/toyosato/ |
参考文献
- 豊郷小学校旧校舎群公式ホームページ
- http://www.toyosato-elschool.net/toyosato/
- 豊郷小学校旧校舎群 – 豊郷町観光協会
- https://toyosato-kanko.jp/spot/toyosatoelementaryschool/
- 豊郷小学校旧校舎群 – 滋賀県観光情報公式サイト
- https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/26785/
- 豊郷小学校旧校舎群について – 豊郷町役場
- https://www.town.toyosato.shiga.jp/0000000277.html
- 豊郷町立豊郷小学校 – Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/豊郷町立豊郷小学校
- 丸紅発祥の地、豊郷町を訪ねる – 丸紅株式会社
- https://www.marubeni.com/jp/company/history/toyosatocho/
- 「白亜の教育殿堂」と呼ばれた有形文化財、豊郷小学校旧校舎群特別見学案内ツアー – GOOD LUCK TRIP
- https://www.gltjp.com/ja/article/item/20040/
- 『けいおん!』の聖地、豊郷小学校旧校舎群 – 和樂web
- https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/132755/
最終更新日: 2026.03.12