大般若経(和銅五年十一月十五日長屋王願経)とは
滋賀県甲賀市土山町の常明寺には、和銅5年(712年)11月15日の年紀をもつ大般若経27帖が伝わる。発願者は天武天皇の孫にあたる長屋王。文武天皇の崩御を悼んで一部六百巻の書写を発願し、妃吉備内親王の邸宅とされる北宮に写経生を集めて書写させたものである。奥書の年紀から「和銅経」とも呼ばれ、書写年次の明らかな大般若経としてはわが国最古の遺品にあたる。常明寺本27帖は昭和37年(1962年)6月21日に国宝に指定された。滋賀県の文化財目録によれば、明治37年(1904年)に旧法下の国宝指定を受けた経緯をもつ。
大般若経は正式には大般若波羅蜜多経といい、玄奘三蔵が翻訳し龍朔3年(663年)に完成した全六百巻の大部の経典である。和銅経はその完成からわずか半世紀後の書写であり、大般若経の現存最古の写本である可能性が指摘されている。
指定の理由と価値
本経の最大の特徴は、行を区切る界線を一切引かない「無界」の写経である点にある。奈良時代の写経で無界の遺例は、和銅5年のこの経と神亀5年(728年)に同じく長屋王が発願した「神亀経」の二種に限られる。料紙には黄麻紙を用い、字粒はやや小さいながら力強く謹厳で、隋から初唐の書風に倣う。経文は六、七人の写経生の手になり、書写後に加えられた願文は二人の筆跡で、本文よりも古い六朝風の書風を示すことが指摘されている。本文と願文で書風を書き分けるこの対比は、奈良時代初期の写経文化を考えるうえで貴重な手がかりとなっている。
願文によれば、書写の目的は慶雲4年(707年)に崩じた文武天皇の追善である。発願文末尾の「北宮」は吉備内親王の宮を指すと推測されており、妃の兄である文武天皇への追慕が事業の背景にあったとする見方もある。長屋王はこの17年後の神亀6年(729年)、藤原氏の策動によるとされる「長屋王の変」で吉備内親王とともに自害した。平城京の長屋王邸跡の発掘調査で大量の木簡が出土したことにより、王の邸宅と家政の実像が明らかになりつつあり、本経の歴史的背景への関心も高まっている。
当初は巻子本であったが、後世に折本へ改装されて現在に至る。
土山に伝わった212帖
当初六百巻のうち現存するのはおよそ220巻と見られる。注目すべきはその伝来地で、旧土山町域の三か寺に計212帖がまとまって残る。太平寺に142帖(国宝)、常明寺に27帖(国宝)、見性庵に43帖(重要文化財)。奈良の宮で書写された経巻がなぜ東海道沿いの山あいの町に集中して伝わったのか、その経緯を示す確実な史料は知られていないが、千三百年前の写経がひとつの町にこれほど残る例は他にない。町外へ流出した零巻は東京国立博物館をはじめ各地の収蔵機関に分蔵されている。
なお、常明寺の経帖は常時公開されていない。この格の古写経が披露されるのは、県内外の博物館・美術館での特別展など限られた機会である。実物の拝観を目的とする場合は、展覧会情報の確認をおすすめしたい。
常明寺と土山宿を訪ねる
常明寺は山号を瑞宝山と称する臨済宗東福寺派の寺院で、旧東海道土山宿の町並みから歩いてすぐの場所に建つ。寺伝では和銅年間(708年から715年)に元明天皇が文武天皇の追善のため開いたと伝えるが、草創期の詳細は不明である。貞和5年(1349年)に京都東福寺の僧によって再興されたと伝わり、正平11年(1356年)に京都から持ち込まれた茶種を植えたのが土山茶の起こりとする伝承もある。境内には芭蕉の句を刻んだ句碑が立つ。
文学とのゆかりも見逃せない。森鴎外の祖父で津和野藩医であった森白仙は、幕末に東海道土山宿で客死し、常明寺に葬られた。境内には供養塔が残り、鴎外が祖父の墓を訪ねた逸話とともに知られている。
あわせて歩きたいのが東海道四十九番目の宿場、土山宿である。格子戸の町家や本陣跡が旧街道の面影を伝え、東海道伝馬館では宿駅制度の仕組みを学べる。厄除けで知られる田村神社も近い。アクセスは新名神高速道路甲賀土山インターチェンジから車で約5分、公共交通ではJR草津線貴生川駅からバスで約30分。茶畑の広がる鈴鹿山麓の風景の中に、奈良時代の祈りを守り続けてきた寺がある。
Q&A
- 常明寺で国宝の大般若経を拝観できますか。
- 常時公開はされていません。博物館などでの特別展に出陳される機会が中心となるため、実物をご覧になりたい場合は滋賀県内の展覧会情報をご確認ください。境内や周辺の土山宿は自由に散策できます。
- 長屋王とはどのような人物ですか。
- 天武天皇の孫、高市皇子の子で、奈良時代初期に政権の中枢を担った皇族です。神亀6年(729年)、謀反の密告を受けて自害に追い込まれました。いわゆる長屋王の変で、無実であったとする見方が一般的です。
- この写経はほかの古写経と何が違うのですか。
- 和銅5年(712年)の年紀をもつ日本最古の大般若経である点と、界線を引かない無界の写経である点です。無界の奈良時代写経は長屋王発願の二種の大般若経しか知られていません。
- 常明寺へのアクセスを教えてください。
- 車では新名神高速道路甲賀土山インターチェンジから約5分、公共交通ではJR草津線貴生川駅からバスで約30分です。旧東海道土山宿の散策とあわせて訪ねるのがおすすめです。
基本情報
| 名称 | 大般若経(和銅五年十一月十五日長屋王願経) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(書跡・典籍)昭和37年(1962年)6月21日指定 |
| 員数 | 27帖(折本装、もと巻子本) |
| 時代 | 奈良時代 和銅5年(712年) |
| 所有者 | 常明寺(臨済宗東福寺派) |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市土山町南土山 |
| 公開状況 | 常時公開なし(特別展等で公開される場合あり) |
| アクセス | 新名神高速道路甲賀土山ICから車で約5分/JR貴生川駅からバスで約30分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)大般若経(和銅五年十一月十五日長屋王願経)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/759
- 文化遺産オンライン 大般若経 巻第二十三(和銅五年長屋王願経)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/146717
- e国宝 大般若経巻第二百五十(東京国立博物館)
- https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=&content_base_id=101010&content_part_id=001&content_pict_id=002
- 滋賀県立琵琶湖文化館 滋賀県の指定文化財目録(書跡典籍古文書)
- https://biwakobunkakan.jp/oumi.html
最終更新日: 2026.06.10