造営文書とともに残された本堂

弘誓寺本堂(ぐぜいじほんどう)は、滋賀県東近江市五個荘町金堂町にある宝暦14年(1764年)建立の真宗本堂で、昭和62年(1987年)6月3日に国の重要文化財に指定された。

読みは「ぐぜいじ」である。「こうせいじ」ではない。この点は単なる音の問題にとどまらない。湖東一帯には同名の寺院が複数あり、東近江市内の建部・瓜生津・躰光寺・小田刈・中一色、これに彦根の法蔵寺を加えて「近江七弘誓寺」と総称される。国の重要文化財に指定されているのは、このうち五個荘金堂町の一棟だけである。

寺は浄土真宗大谷派、山号を金龍山という。開基は覚如上人の高弟愚咄賢空坊(ぐとつけんくうぼう)で、正応3年(1290年)の創立と伝わる。愚咄については『平家物語』屋島の段で扇の的を射た那須与一の子孫とする伝承があり、資料によって嫡子とも孫とも記される。表門の瓦に扇の紋が用いられているのは、この由緒に由来する。

当初は犬上郡石畑に建てられ、のちに神崎郡躰光寺村へ移り、天正9年(1581年)に現在地の金堂へ落ち着いた。移転を重ねる間、本尊と親鸞聖人真影は代々受け継がれている。

指定理由と真宗本堂という形式

文化庁の解説は、この建物を18世紀の典型的な大型真宗本堂と位置づけ、ゆったりとした広縁、天井の高い外陣、丸柱の多用という三点を発達した意匠として挙げている。

真宗本堂は、他宗の仏堂とは設計の前提が異なる。内陣に阿弥陀如来を安置し、その手前に外陣を大きく取る。外陣は僧が儀礼を行う場ではなく、門徒が座って法話を聴く場である。つまり多人数を収容する集会空間としての性能が問われる。柱を減らして視界を通し、なおかつ広い平面に屋根を架ける。天井を高く保って圧迫感を抑える。18世紀の大工たちはこの課題への解答を一定の型として持っており、弘誓寺本堂はその成熟した姿を示す。

構造及び形式は、桁行五間、梁間五間、一重、入母屋造、向拝三間、後堂附属、本瓦葺と記録される。五間はメートルではなく柱間の数を指す。この規模の堂では柱間そのものが大きく取られるため、実際の建物は数字の印象を超えて大きい。街路から見上げたときの量感はそこから来る。

指定の内容で注目すべきは附である。造営文書4点が本堂とともに指定されている。建替の計画が宝暦5年(1755年)頃に始まり、宝暦14年(1764年)に主要部が完成し、その後造作がやや遅れて竣工にいたるという経緯は、この文書群から読み取られたものである。近世の仏堂で、建物と、それを造るにいたった議論や費用の記録とが揃って残る例は多くない。文化庁が造営文書を貴重と評価するのは、建築史料としての性格が明確だからである。

大工は高木作右衛門。近江八幡を拠点とした大工の家で、蒲生郡を中心に広く仕事をした。高木作右衛門の名は代々襲名されており、同名の人物が時代を異にして複数存在する。どの代がどの造営を差配したかについては、専門的な検討を要する事柄として扱うのが妥当である。

金堂という場所、そして訪ね方

弘誓寺が建つ金堂は、平成10年(1998年)12月に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。面積は約32.2ヘクタール、種別は農村集落である。町家が連なる商家町ではない。古代条里制の地割の上に成立した農村であり、通りに面して並ぶ大屋敷は、他国で商いをした五個荘商人が郷里に構えた本宅にあたる。

この背景が本堂の規模を説明する。農村の集落単位で調達できる普請ではない。商人の資力があってはじめて成立した建築である。

参道に入ると、まず水が目につく。金堂の集落には掘割が縦横に走り、透明な水の底に錦鯉が見える。山門前の一角はこの地区でもっとも撮影される場所である。門そのものは大きくない。門をくぐった先の本堂は大きい。この落差が境内の構成として効いている。

境内から屋根を見上げたい。正面に張り出す三間の向拝が視線を堂内へ導き、その上に載る入母屋の大屋根が、集落の外の水田からも堂の位置を知らせる。入る前に、門の瓦の扇紋を確かめておくとよい。

弘誓寺は拝観施設ではなく、現に法務の営まれる寺である。境内に入り外観を眺めることは通常差し支えないが、堂内の拝観は法要や寺務の状況によるため保証されない。内部を見たい場合は事前に寺または東近江市の観光協会へ問い合わせておくのが確実である。外観の撮影は境内からであれば通常問題にならないが、堂内は許可を要するものと考えておきたい。

公共交通ではJR琵琶湖線能登川駅から近江鉄道バス八日市駅行きで約10分、「金堂」または「ぷらざ三方よし前」下車、徒歩3分から5分。近江鉄道五箇荘駅からは徒歩25分から30分ほどかかる。車では名神高速八日市インターから20分程度。

地区内では近江商人屋敷の外村繁邸と中江準五郎邸、金堂まちなみ保存交流館が公開されている。金堂は平成27年(2015年)認定の日本遺産「琵琶湖とその水辺景観」の構成要素にも含まれる。寺と屋敷と掘割沿いの道を合わせて、半日の行程が組める。

Q&A

Q弘誓寺本堂は拝観できますか。拝観料は必要ですか。
A弘誓寺は拝観施設ではなく、法務の営まれる寺院です。境内に入り本堂を外から眺めることは通常可能で、料金は設定されていません。ただし堂内に入れるかどうかは法要などの状況によって変わります。内部の拝観を希望される場合は、事前に寺または東近江市観光協会へお問い合わせください。
Q弘誓寺の読み方は。同じ名前の寺と間違えないためにはどうすればよいですか。
A読みは「ぐぜいじ」です。湖東地域には同名の寺院が複数あり、「近江七弘誓寺」と総称されます。国の重要文化財に指定されている本堂を持つのは東近江市五個荘町金堂町の弘誓寺です。地図で検索する際は寺名だけでなく「五個荘金堂」を添えてください。
Q弘誓寺本堂の建立年は宝暦5年ですか、宝暦14年ですか。
A文化庁の国指定文化財等データベースは宝暦14年(1764年)を年代として記録しており、これが基準となる年です。建替の計画は宝暦5年(1755年)頃から始まっており、観光案内などでこちらの年が示されることがあります。宝暦14年は主要部が完成した年で、その後も造作が続きました。いずれも同じ造営の異なる段階を指しています。
Q弘誓寺本堂へのアクセスは。最寄り駅はどこですか。
AJR琵琶湖線能登川駅から近江鉄道バス八日市駅行きに乗り約10分、「金堂」または「ぷらざ三方よし前」で下車して徒歩3分から5分です。近江鉄道本線の五箇荘駅も利用できますが、金堂地区までは徒歩25分から30分かかります。車の場合は名神高速八日市インターから約20分です。
Q弘誓寺本堂が重要文化財に指定された理由は何ですか。
A二点あります。一つは建築そのもので、広縁、天井の高い外陣、丸柱の多用といった意匠に、18世紀の大型真宗本堂として発達した形が現れている点です。もう一つは造営文書4点が附として同時に指定されている点で、建替がどのように計画され実行されたかを文書から追えます。建物と造営記録が揃って残る例は多くありません。

基本データ

名称弘誓寺本堂(ぐぜいじほんどう)
所在地滋賀県東近江市五個荘町金堂町
指定区分重要文化財(指定番号02188)/種別 近世以前・寺院
指定年昭和62年(1987年)6月3日
員数1棟(附 造営文書4点)
寸法桁行五間、梁間五間/一重、入母屋造、向拝三間、後堂附属、本瓦葺
所有者弘誓寺
公開状況法務の営まれる寺院。境内および外観は通常見学可、堂内の拝観は事前問い合わせが必要

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 弘誓寺本堂
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1501
文化遺産オンライン 弘誓寺本堂
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/194160
滋賀県観光情報(公式観光サイト) 弘誓寺
https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/551/
東近江市観光協会 弘誓寺
https://www.higashiomi.net/media/miru/guzeiji
滋賀県観光情報(公式観光サイト) 五個荘金堂の町並み
https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/910/

最終更新日: 2026.08.11