滋賀県でただ一つの三間社春日造

地主神社本殿は、滋賀県内で唯一の三間社春日造の本殿である。棟札の写しによれば、現在の社殿は文亀2年(1502年)の再建で、室町時代後期の建立にあたる。場所は大津市北部の山深い葛川(かつらがわ)、安曇川(あどがわ)の谷あいである。

神社が建つのは、天台修験の道場として平安前期に開かれた葛川明王院と、明王谷川をはさんで向かい合う一画である。地主神社は古くからこの明王院の鎮守社であり、谷沿いに点在する葛川の村々の総社でもあった。祭神は国常立命(くにとこたちのみこと)。ただし、土地の人々がとりわけ厚く敬ってきたのは、合祀される地主神の思古淵明神(しこぶちみょうじん)である。

思古淵明神は水の神とされる。比良山系の雪解け水を集めて琵琶湖へ下る安曇川の流域では、伐り出した木材を筏に組んで流す筏乗りたちの祖神として、また開拓の祖神として信仰を集めた。急峻な谷に、これほど本格的な社殿が残る背景には、水と木とともに生きた人々の信仰がある。

重要文化財に指定された理由

地主神社本殿が国の重要文化財に指定されたのは、明治36年(1903年)4月15日。社寺建築への国の指定としては早い時期のものである。その価値は古さよりも形式にある。春日造は正面一間とするのが通例だが、本殿は正面を三間とし、この様式では珍しい規模をもつ。県内に現存する大型の三間社春日造の本殿はこの一棟だけである。

屋根の構造も独特である。大工は隅木入(すみぎいり)として、春日造の屋根とその前方への延長部が交わる箇所に斜めの隅木を入れた。隅木の上に縋(すがる)の部分をうまく納めるため、その垂木は立ち上がりながらねじられている。中世末期の社殿建築の技が成熟した段階を示す、手の込んだ仕口である。

隣り合う幣殿も同じ文亀2年の建立で、本殿とは別に重要文化財に指定されている。西を向いて拝殿・幣殿・本殿が一列に並ぶこの構えは、室町後期の社殿正面の姿をそのまま残している。

見どころ

細部の彫刻はじっくり眺める価値がある。正面と両側面の頭貫(かしらぬき)の上、そして向拝の中央に、合わせて12の蟇股(かえるまた)が据えられている。一つとして同じ意匠はない。牡丹、唐草、笹竜胆(ささりんどう)、蓮といった植物を題材とし、一棟の社殿としては変化に富んだ構成である。

前に立つ小ぶりな幣殿は唐破風(からはふ)を架ける。懸魚(げぎょ)や蟇股には牡丹に獅子、桐竹鳳凰(きりたけほうおう)の彫刻が施され、1500年前後の作風がはっきり読み取れる。本殿・幣殿ともに檜皮葺(ひわだぶき)で、背後の暗い森を背景に、軒の重なりがやわらかな輪郭をつくる。

三棟が一列に並ぶため、参拝者は拝殿と幣殿を通り抜けて本殿に向かう。本殿の内部は公開されていないが、彫刻のある正面や、境内に枝を広げる老杉の姿は参道からよく見える。手水舎の近くには花崗岩の古い石塔が立ち、康永4年(1345年)の刻銘があるとされるが、苔におおわれて今は判読しがたい。

谷をめぐる

この神社は、明王谷川を隔てて向かい合う明王院と切り離せない。明王院は貞観元年(859年)、円仁の弟子である相応和尚(そうおうかしょう)が開いたと伝えられ、天台修験の三大聖地の一つに数えられた。その開創縁起は、比良山中の三の滝に始まる。相応は七日間の断食ののち滝で不動明王を感得し、その姿に飛びかかると、それは桂の古木であった――その霊木から千手観音を刻んだのが寺の始まりと伝わる。地主神社の水の神は、同じ縁起のなかで相応に修行の地を与えた神とされる。

こうした由緒は、毎年7月18日によみがえる。氏子と天台の行者が明王院で行う太鼓まわしである。縁に立てた大太鼓を勢いよく回し、その向こうへ行者が飛び越える。荒々しくも危うさをはらんだこの行事は、近江に残る神仏習合のもっとも明快な姿の一つである。同じ晩には高張提灯の列と伊勢音頭が参道を満たす。

祭りの日でなくとも、訪れる人を迎えるのはこの環境そのものである。明王谷川の清流、比良の峰へ向かう登山道、そして中世の絵図に描かれた姿とほとんど変わらない静けさ。神社の鳥居近くには川魚料理で知られる山荘があり、長い道のりのあとの一休みにちょうどよい。

Q&A

Q地主神社本殿の見どころは何ですか。
A滋賀県でただ一つの三間社春日造の本殿で、文亀2年(1502年)の再建です。別に指定された幣殿とともに重要文化財です。変化に富んだ12の蟇股と、隅木入りの屋根の構造が間近で見るべき点です。
Q境内に入って参拝できますか。
A境内は自由に参拝でき、拝観料はかかりません。本殿は拝殿・幣殿の奥にあり内部は非公開ですが、三棟それぞれの彫刻のある正面は参道から見ることができます。
Q祭神はどなたですか。
A主祭神は国常立命です。あわせて、安曇川の筏乗りたちが長く敬ってきた水の神、地主神の思古淵明神を合祀しています。
Q葛川へはどう行けばよいですか。
AJR湖西線の堅田駅から江若交通バスの葛川方面行きに乗り、「坊村」で下車すると、神社まで徒歩約5分です。バスは本数が少ないので、出発前に時刻表を確認してください。車では湖西道路の真野インターチェンジから約30分、葛川市民センター前に駐車場があります。
Q訪れるのに良い時期はありますか。
A隣の明王院で太鼓まわしが行われる7月18日が一年でもっともにぎわう日です。山あいの参道をたどるには初夏から秋が歩きやすく、冬の谷は雪が深くなります。

基本情報

名称地主神社本殿(じしゅうじんじゃほんでん)
所在地滋賀県大津市葛川坊村町
指定区分重要文化財(建造物)/明治36年(1903年)4月15日指定
時代室町時代後期/文亀2年(1502年)再建
構造三間社隅木入春日造、向拝一間、檜皮葺/1棟
祭神国常立命/思古淵明神(合祀)
所有者地主神社
アクセスJR堅田駅から江若交通バス「坊村」下車、徒歩約5分
公開状況境内は自由参拝/本殿内部は非公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「地主神社本殿」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1371
びわ湖大津トラベルガイド「地主神社」
https://otsu.or.jp/thingstodo/spot199
滋賀県神社庁「地主神社」
https://www.shiga-jinjacho.jp/
滋賀県文化財保護協会 シガ文化財新聞「新近江名所圖会 第54回 葛川明王院」
https://www.shiga-bunkazai.jp/shigabun-shinbun/best-place-in-shiga/新近江名所圖会 第54回/
レファレンス協同データベース(国立国会図書館)「地主神社本殿の概要」
https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?page=ref_view&id=1000102620

最終更新日: 2026.06.03