焼け残った紙に記された最澄の自筆
この目録は、文の途中から始まる。巻頭が早くに失われたため、現存する紙の冒頭にはいきなり「羯磨金剛」の四字が現れる。指定名称の「羯磨金剛目録」は、この書き出しの語をそのまま名としたものである。記したのは、日本天台宗の開祖である最澄(七六七~八二二)。唐から請来した法具や品々を比叡山に納めた際の自筆目録で、首部を欠いた一巻が今に残る。
最澄は延暦二十三年(八〇四)に入唐し、翌年に帰朝した。経典や曼荼羅とともに、密教の修法に用いる法具の数々を携えて戻っている。本目録はその請来品を書き上げたもので、何枚かの紙を継いで一巻とし、全面には延暦寺の旧称「比叡寺」の印が捺されている。料紙のうえを朱印が点々と覆う様子は、品々が一山の宝として確かに収められたことを示している。
列記された品の末尾には、いずれも同じ一行が添えられる。「弘仁二年七月十七日 最澄永納」。弘仁二年(八一一)七月十七日に、最澄がこの品を永く納める、という意である。冒頭の羯磨金剛のほかに、如意や念誦の具なども見え、一点ごとに日付と署名がくり返される。財産の控えというより、品を一つずつ捧げてゆく寄進の記録に近い。
国宝に指定された理由
最澄の真筆として確実に残るものは多くない。後世の写しではなく、開祖その人の手が動いた紙であることに、この一巻の価値がある。請来品の内容を本人が書き留め、それを新たな天台教団の中心に据えたことを示す資料として、平安初期の仏教史を考えるうえで欠かせない。
指定は昭和二十六年(一九五一)六月九日。戦後に施行された文化財保護法のもとでの第一回指定にあたる。文化庁の登録では古文書の部に属し、員数は一巻、作者を伝教大師、年代を弘仁二年とする。なお請来そのものは帰朝した延暦二十四年(八〇五)にさかのぼり、本目録の年紀はそれより後の弘仁二年に置かれている。巻頭を失った経緯も含め、たびたび火災に見舞われた比叡山の歴史を背負った一巻といえる。
見どころ
近くで見ると、筆致は装飾を排した実直なものである。注目したいのは一行の繰り返しだ。同じ日付と「最澄永納」の四字が、品目の末ごとに立ち返り、紙を下るにつれて開祖の名が積み重なってゆく。朱の「比叡寺」印もまた、各紙を一山へと結びつけている。
公開の機会は多くない。延暦寺はこの目録を東京国立博物館に寄託しており、同館の国宝室で数年に一度、また最澄や天台宗をめぐる特別展で姿を見せる。比叡山にもどり、延暦寺の国宝殿で展示されることもある。実物を目当てに訪れるなら、出陳の期間が短いため、事前に展示予定を確かめておきたい。
周辺の見どころとアクセス
この一巻の故郷は、天台宗総本山の延暦寺である。滋賀と京都にまたがる比叡山の山中に広がり、延暦七年(七八八)に最澄が草庵を結んだことに始まる。境内は東塔・西塔・横川の三塔からなり、国宝の根本中堂が東塔の中心に立つ。その近くの国宝殿には、寺に伝わる仏像・仏画・書跡が集められている。延暦寺は平成六年(一九九四)に世界文化遺産へ登録された。
滋賀側からは、坂本の町から坂本ケーブルが山上へと延びる。全長二キロ余りは日本最長のケーブルカーで、車窓には琵琶湖が広がる。京都側からは八瀬から叡山ケーブルとロープウェイで山頂に達する。一方、目録が東京にあるときの舞台はまったく異なる。東京国立博物館は上野公園に建ち、上野駅から歩いてほどなく、多くの美術館・博物館に囲まれている。
Q&A
- なぜ「羯磨金剛」から始まるのですか。
- 巻頭が火災で失われたためです。現存する紙が羯磨金剛という法具の項目から始まることから、その最初の語をとって名づけられました。
- 本当に最澄の自筆なのですか。
- 最澄その人の手になる真筆とされます。真筆が乏しいなかでの貴重な一例であり、各品の末に日付と「最澄永納」の署名が記されています。
- どこで見られますか。
- 所有は延暦寺ですが、東京国立博物館に寄託され、国宝室で数年に一度公開されます。延暦寺の国宝殿で展示されることもあります。事前に展示予定の確認をおすすめします。
- どのような品が記されていますか。
- 最澄が唐から請来した法具や仏具です。現存部分の冒頭にある羯磨金剛のほか、如意や念誦の具などが挙げられています。
- 延暦寺へはどう行きますか。
- 滋賀側からは坂本ケーブルでケーブル延暦寺駅まで上り、徒歩約八分です。京都側からは八瀬から叡山ケーブルとロープウェイを利用します。山内の三塔はシャトルバスで結ばれています。
基本データ
| 名称 | 羯磨金剛目録〈伝教大師筆/弘仁二年七月十七日〉(かつまこんごうもくろく) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(古文書)/昭和二十六年(一九五一)六月九日指定 |
| 員数 | 一巻 |
| 時代・年代 | 平安時代・弘仁二年(八一一) |
| 作者 | 伝教大師最澄(七六七~八二二) |
| 所有者 | 延暦寺(滋賀県) |
| 所在 | 東京国立博物館に寄託。随時公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/797
- 羯磨金剛目録(コトバンク)
- https://kotobank.jp/word/羯磨金剛目録-2023254
- 比叡山延暦寺 国宝殿
- https://www.hieizan.or.jp/keidai/kokuhoden
- 比叡山延暦寺 交通案内
- https://www.hieizan.or.jp/access/
最終更新日: 2026.06.09