小路の突当りに南面する一棟
川上家住宅は、滋賀県大津市中央一丁目にある昭和8年(1933年)頃の木造二階建住宅で、令和2年(2020年)4月3日に国の登録有形文化財(建造物)となった。建築面積は37平方メートル、滋賀県内の登録建造物のなかでも最小級の部類に入る。
旧東海道から小路へ折れ、その突当りに南面して建つ。
ここに建つのは一戸ではない。文化庁の登録原簿は、この建物を二戸一棟の木造二階建長屋の西半部と記す。東半部は丸亀家住宅として別に登録されている。間口は二間強、およそ3.7メートル。奥行は五間、9メートルほど。小路に立てば、正面全体が一度に視野に収まる。
建設年代の意味は小さくない。昭和8年前後、大津の主要街路では拡幅工事が進み、通りに面した町家は正面部分を切り縮められていた。この長屋は同じ時期に、街路から退いた敷地の奥へ建てられている。
登録の理由と、六棟の一括登録
登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に始まった。国宝・重要文化財の指定が厳格な現状変更規制をともなうのに対し、登録は届出制を基本とし、所有者が使い続けることを前提とする。築後およそ50年を経た建造物を幅広く受け止める仕組みで、店舗・工場・橋梁・一般住宅までを対象とする。
川上家住宅の登録基準は第一号、国土の歴史的景観に寄与しているもの。登録番号は25-0450である。文化庁の解説は、大津の長屋の立面特徴をよく示す点を評価する。
単独の登録ではなかった。令和2年4月3日、中央一丁目115番地一帯の六棟が同時に登録されている。旧東海道に南面する橋和田家住宅主屋は建築面積185平方メートル、呉服商の建てた広い間口の町家で、その正面について文化庁は、昭和8年頃の道路拡幅にともなう軒切り後の姿と記述する。同じ小路の系統をたどった奥に、藤原家住宅、川上家住宅、丸亀家住宅、柴山家住宅が並ぶ。いずれも長屋、あるいはかつて長屋であった建物だ。
六棟をまとめて読むと、一棟では成立しない論理が立ち上がる。街道に面した商家の表構えと、その改変の痕跡。そして背後に建て込まれた小規模な借家群。登録は、見栄えのする部分だけでなく、街区の構成そのものを掬い取った。
正面に読み取れるもの
内部は現役の住まいであり、観察の対象は立面に限られる。
正面の東寄りに玄関を構え、ガラス戸を建てる。昭和初期の住宅においてガラス戸はなお新しさの指標であり、この一点が建設年代を裏づける。玄関の西側には出格子。壁面から浅く持ち出した縦格子の張り出しで、大津の町家における定型的な意匠のひとつだが、間口二間強の建物ではこれが残りの正面をほぼ占める。
登録原簿によれば、二階座敷には床と透彫欄間が設えられている。外からは見えない。それでも記録として押さえておく価値はある。37平方メートルの借家に、座敷飾の形式が一通り備わっていた。この街区の借家人が何を当然と考えていたかが、そこから逆算できる。
小路の奥でもっとも面白いのは、二戸を見比べることだろう。東隣の丸亀家住宅は41平方メートル。平面も正面の構成も西半部と対応する。文化庁の解説は両者の相違点として、円形の下地窓や欄間の意匠を挙げる。一対として建てられた二戸が、九十年余りの別々の所有を経て細部で分岐している。単独の保存良好な一棟よりも、こちらの方が観察の手掛かりは多い。
屋根も見ておきたい。桟瓦は二戸をまたいで連続する。常に二世帯が住み分けてきた建物が、外形としては一棟であることの証拠である。
訪ねる前に
川上家住宅は個人所有で、現在も住宅として使われている。内部公開はなく、開館時間も拝観料も設定されていない。登録有形文化財の制度は所有者に公開義務を課さない。大津市内の登録住宅の多くは非公開のままである。
建物へ至る小路は狭く、建物まわりの地面は私有地にあたる。見学は公道の範囲にとどめたい。外観の撮影自体は禁じられていないが、対象は他人の玄関先である。居住者や室内を画面に入れない、長時間とどまらないという配慮が要る。
到達は難しくない。JR大津駅から北へ徒歩10分ほど、京阪石山坂本線びわ湖浜大津駅からは南へ徒歩5分ほど。115番地一帯は大津百町と呼ばれる旧宿場町の中心にあり、令和2年に同時登録された残り五棟も互いに数分の距離に収まる。
大津百町そのものが一時間の徒歩に見合う。まちづくり大津は町家をめぐる無料の散策マップを配布しており、近くの大津百町館は、この一帯で内部に入れる数少ない大津町家である。
Q&A
- 川上家住宅の内部は見学できますか。公開日はありますか。
- 内部は非公開です。個人所有の現役の住宅で、開館時間・拝観料・予約制度のいずれも設けられていません。見学できるのは公道の小路から見える外観のみです。
- 川上家住宅の所在地と最寄り駅からの行き方を教えてください。
- 滋賀県大津市中央一丁目115-3にあります。JR大津駅から北へ徒歩10分ほど、京阪石山坂本線びわ湖浜大津駅から南へ徒歩5分ほどです。通りに面してはおらず、旧東海道から入る小路の突当りに建ちます。
- 川上家住宅はなぜ登録有形文化財に登録されたのですか。
- 令和2年(2020年)4月3日、登録基準第一号「国土の歴史的景観に寄与しているもの」により登録番号25-0450として登録されました。文化庁は大津の長屋の立面特徴をよく示す点を評価しています。同日、同じ街区の五棟が併せて登録されました。
- 川上家住宅と隣の丸亀家住宅はどのような関係にありますか。
- 一棟の建物の西半部と東半部です。昭和8年頃の二戸一棟の長屋で、川上家住宅が西、丸亀家住宅が東にあたり、それぞれ別個に登録されています。平面と正面の構成は対応しますが、円形の下地窓や欄間の意匠には相違が見られます。
- 川上家住宅の写真を撮影してもよいですか。
- 公道からの外観撮影は禁じられていません。ただし居住中の住宅であり、小路も生活動線です。居住者や室内を写さない、撮影のために滞留しないなど、通常の住宅街と同じ配慮をお願いします。
基本データ
| 名称 | 川上家住宅(かわかみけじゅうたく) |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県大津市中央一丁目115-3 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号25-0450 登録基準第一号(国土の歴史的景観に寄与しているもの) |
| 指定年 | 令和2年(2020年)4月3日登録・同日告示 第95回登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積37平方メートル 間口二間強・奥行五間 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(現役の個人住宅。公道からの外観見学のみ) |
参考文献
- 川上家住宅|国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013270
- 川上家住宅|文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/456269
- 丸亀家住宅(同一長屋の東半部)|国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013271
- 橋和田家住宅主屋(同日登録・軒切り後の正面)|国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013267
- 文化財の一覧(オープンデータ)|大津市
- https://www.city.otsu.lg.jp/soshiki/010/2406/od/41153.html
- 登録有形文化財(建造物)一覧|滋賀県
- https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5491008.pdf
- 大津町家めぐり(散策マップ)|まちづくり大津
- https://www.machidukuri-otsu.jp/machidukuri/wp-content/themes/machidukuri/assets/pdf/07.pdf
最終更新日: 2026.08.11