江北図書館(旧伊香郡農会庁舎):120年以上の歴史を紡ぐ滋賀県最古の私設図書館

滋賀県長浜市木之本町、JR木ノ本駅のすぐ目の前に佇む江北図書館は、1937年(昭和12年)に建てられた洋風木造建築の中で、120年以上にわたり地域の知と文化を守り続けてきた私設図書館です。半円アーチの窓とバットレス(控え壁)が織りなす印象的な外観を持つこの建物は、2024年3月に国登録有形文化財(建造物)に登録されました。建築としての価値はもちろん、地域社会が自らの手で図書館を守り続けてきたその歴史そのものが、この場所を唯一無二の存在にしています。

一人の弁護士の志から生まれた図書館

江北図書館の歴史は、1902年(明治35年)に遡ります。伊香郡余呉村(現・長浜市余呉町)出身の弁護士・杉野文彌は、東京法学院(現・中央大学)で学んでいた頃に大日本教育会附属書籍館の便利さを実感し、いつか故郷に図書館を建てたいという夢を抱きました。弁護士として成功を収めた杉野は、蔵書3,000冊をもって故郷に「杉野文庫」を設立します。

当時、全国の図書館数はわずか66館。1906年(明治39年)12月、伊香郡役所の全面的支援のもと財団法人の認可を取得し、翌1907年1月8日に財団法人江北図書館として正式に開館しました。開館当初から高い理想を掲げ、1922年(大正11年)には「巡回文庫」を開始するなど、先進的な取り組みで地域の知的啓発に大きく貢献してきました。

建築の見どころ:昭和初期の洋風木造建築

現在の建物は、1937年(昭和12年)に伊香郡農会の庁舎兼公会堂として建設されました。施工は伊藤光次郎によるもので、設計者は不詳です。木造2階建て(一部平屋建て)、寄棟造桟瓦葺で、建築面積は255平方メートル、延床面積は約455平方メートルです。

外観で最も目を引くのは、2階南面の意匠です。中央部をわずかに外部に突出させて千鳥破風(切妻屋根)を架け、その左右に四連の半円アーチの縦長窓を配しています。さらに、窓の間と両端に五つのバットレス(控え壁)を設けることで、陰影に富んだリズミカルな立面構成を実現しています。西洋建築の語彙を日本の木造建築の中に巧みに取り入れた、昭和初期の地方公共建築の秀作です。

内部もまた見応えがあります。1階の前面右側には廊下が通り、隅部に設けた階段を上ると、2階には畳敷きの大広間が広がります。格天井が施されたこの空間は、かつての公会堂としての風格を今に伝えています。西側和室との境に立つ四枚引き違いの板戸は、パルメット文様(二本に分かれた渦巻を扇形に開いた形の文様)を施した額縁で囲まれており、細部の意匠に優れた仕上がりとなっています。

文化財登録の理由と価値

2024年(令和6年)3月6日、この建物は国登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録の理由としては、昭和初期における地方の公共建築として、半円アーチの縦長窓とバットレスを並べた陰影深い外観が高く評価されています。西洋建築の意匠要素を木造建築に取り入れた手法は、当時の地方建築の水準を示す貴重な事例です。

また、伊香郡農会庁舎から私設図書館へと用途を変えながら、地域の公共施設として継続的に使用されてきた歴史的・社会的価値も、登録にあたって重視されました。

全国でも稀有な私設図書館としての歩み

江北図書館が特筆される理由のひとつは、全国に約19館しかない私設図書館のひとつであるという点です。公立図書館とは異なり、自治体の予算に頼ることなく、地域の人々の支えによって100年以上運営されてきました。

蔵書数は約4万9,000冊。そのうち約1万冊は明治・大正期に刊行されたものです。1926年(大正15年)の伊香郡廃止に際しては、郡役場の資料が一括で江北図書館に引き継がれました。郡役所の文書がほぼ完全な形で残っているのは全国的に見ても極めて珍しいとされています。2015年(平成27年)には約1万1,000点の歴史資料が滋賀大学経済経営研究所に寄託され、「江北図書館文庫」として研究に活用されています。

2010年の市町村合併で伊香郡が消滅した後、各自治体からの支援が途絶えるなど存続の危機に直面しましたが、地域住民の熱意とクラウドファンディングによる支援が図書館の灯を守り続けています。2013年にはサントリー地域文化賞を受賞し、100年以上にわたって地域が私立図書館を守り続けた功績が全国的に評価されました。

江北図書館を訪ねて

江北図書館の玄関をくぐると、そこには昭和の時代がそのまま残されたような空間が広がっています。使い込まれた木の床、創設当時から伝わるとされる書架、そしてアナログ式の蔵書検索カード。蔵書を探す手がかりは今も職員の「経験と勘」が頼りという、デジタル全盛の現代では考えられないような温かみのある運営が続いています。

2階の閲覧室は最大の見どころです。アーチ窓から差し込む光に照らされた畳敷きの大広間に、背の高い書架が並ぶ光景は、昭和モダンの美しさそのものです。私設図書館ならではの自由な雰囲気で、館内での写真撮影や飲食も可能です。

本館南側には新館「Lib+(リブプラス)」が完成し、カフェや水洗トイレなどの現代的な設備が整いました。クラウドファンディングで集まった約2,194万円の寄付金を活用して整備されたもので、図書館の持続可能な運営に向けた新たな一歩となっています。

周辺の見どころ

江北図書館は、北国街道の宿場町・木之本宿の入り口に位置しています。徒歩圏内に多くの歴史的な見どころが点在し、散策を楽しむことができます。

図書館から徒歩約3分の木之本地蔵院は、日本三大地蔵のひとつに数えられる名刹です。境内には秘仏の本尊を模した高さ6メートルの地蔵菩薩銅像が立ち、「目の仏様」として全国から参拝者が訪れます。毎年8月の「大縁日」には露店が立ち並び、多くの人出で賑わいます。

北国街道沿いには、天文3年(1534年)創業の冨田酒造(銘酒「七本槍」で知られる)や、天文元年(1532年)創業で日本で4番目に古い現存する酒蔵である山路酒造など、歴史的な商家が軒を連ねています。いずれも登録有形文化財に登録されており、試飲・販売も行っています。

また、琵琶湖北岸の風光明媚な奥びわ湖エリアや、豊臣秀吉と柴田勝家が戦った賤ヶ岳の古戦場なども近く、歴史と自然を満喫できるエリアです。

Q&A

Q江北図書館へのアクセス方法は?
AJR北陸本線・木ノ本駅から徒歩約1分です。京都駅からはJR新快速で米原まで行き、北陸本線に乗り換えて合計約1時間40分。車の場合は北陸自動車道・木之本ICから約7分です。
Q開館時間と入館料は?
A火曜日~土曜日は10:00~16:00、第2・第4・第5日曜日は10:00~14:00に開館しています。毎週月曜日、第1・第3日曜日、祝日は休館です。入館は無料です。
Q館内で写真を撮ることはできますか?
Aはい、撮影可能です。私設図書館ならではのおおらかな運営で、館内での写真撮影や飲食も認められています。一般的な公立図書館とは異なる自由な雰囲気をお楽しみいただけます。
Q建物のどこが文化財として評価されたのですか?
A1937年(昭和12年)築の木造建築で、半円アーチの縦長窓とバットレス(控え壁)を並べた陰影深い外観が特に高く評価されました。西洋建築の意匠を木造建築に取り入れた昭和初期の地方公共建築の好例として、2024年3月に国登録有形文化財に登録されています。
Q近くにカフェや飲食店はありますか?
A図書館に隣接する新館「Lib+(リブプラス)」にカフェがあります。また、木之本宿の北国街道沿いには和菓子店や、銘酒「七本槍」で知られる冨田酒造での試飲など、食べ歩きも楽しめます。

基本情報

名称 江北図書館(旧伊香郡農会庁舎)
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)、2024年(令和6年)3月6日登録
竣工 1937年(昭和12年)
構造 木造2階一部平屋建、瓦葺、建築面積255㎡
施工 伊藤光次郎(設計者不詳)
所有者 公益財団法人江北図書館
所在地 〒529-0425 滋賀県長浜市木之本町木之本字西浦1362
アクセス JR木ノ本駅から徒歩約1分、北陸自動車道・木之本ICから車で約7分
開館時間 火~土 10:00~16:00、第2・第4・第5日曜日 10:00~14:00
休館日 毎週月曜日、第1・第3日曜日、祝日
入館料 無料

参考文献

江北図書館(旧伊香郡農会庁舎) — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/594346
江北図書館 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%8C%97%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8
江北図書館について(歴史) — 江北図書館公式サイト
http://kohokutoshokan.com/about/
江北図書館クラウドファンディング — Congrant
https://congrant.com/project/kohokutoshokan/4484
江北図書館の新館「Lib⁺」完成 — 長浜市
https://shigayukan.com/江北図書館の新館「lib⁺」完成/
100年をこえて時を刻む滋賀県最古の図書館『江北図書館』 — しがトコ
https://shigatoco.com/toco/kohokutoshokan/

最終更新日: 2026.03.27