墨の線だけで描かれた約十八メートルの図像巻
全長およそ十八メートル、寸法は二九・九×一八〇八・九センチに及ぶ長大な巻物でありながら、紙面には一切の彩色がない。滋賀県大津市の園城寺、通称三井寺が所蔵する国宝「五部心観(完本)」は、陰影や肥痩をつけない均質な墨線、すなわち白描で金剛界曼荼羅の諸尊を描いた密教図像である。
五部心観の「心観」とは、図像を順にひもときながら諸尊の姿を心に念じ、観想する修法を指す。本図は仏前に掲げる礼拝画ではなく、行者が密教の観法を体得するための、いわば実践の手引書として制作された。
長安の青龍寺から大津へ
完本の巻末には、円珍自筆の奥書が残されている。それによれば、大中九年(八五五)、唐の都・長安に学んでいた円珍は、師である青龍寺の法全和尚から本図を授けられた。青龍寺は、先に入唐した日本僧にも密教の法統が受け継がれた、当代有数の密教の拠点である。
円珍(八一四〜八九一)は仁寿三年(八五三)に唐へ渡り、天台山や長安をめぐって五年にわたり研鑽を積み、天安三年(八五九)に帰国した。請来した経典や図像は園城寺の唐院に納められ、円珍を祖師と仰ぐ一派は、のちに天台寺門宗を形成する。円珍は最澄・円仁とともに天台三聖の一人に数えられる。
園城寺には、巻初を欠くもう一巻の五部心観(前欠本)も残る。こちらは平安後期に完本を写したものとされ、二巻はいずれも国宝に指定されている。なお近年では、円珍が請来したのがいずれの巻であったかをめぐって異なる見解も示されている。
国宝に指定された理由
唐代の密教図像の原本は、現存例がきわめて少ない。同種の図像の多くは日本での写本を通じてしか知られておらず、九世紀の中国で描かれた紙面が今日まで残ること自体が稀有である。本図は昭和二十八年(一九五三)三月三十一日に国宝へ指定された。評価の中心は、希少な盛唐期の原本であること、そして描線の質の高さにある。
豊満で張りのある肉身の表現にはインド由来の図様が受け継がれ、のびやかで的確な筆致は盛唐の画風として理解されている。図中には彩色に関する書き込みも残る。これは、本図が手本とした原本が、白描ではなく彩色を施した図であった可能性を示している。
令和五年(二〇二三)には、新たな顕彰が加わった。園城寺と東京国立博物館が所蔵する国宝五十六件とともに、「智証大師円珍関係文書典籍」としてユネスコ「世界の記憶」に国際登録されたのである。九世紀の日本と中国の交流を示す史料群として評価されたもので、智証大師は円珍に贈られた諡号である。
図像の見どころ
各紙面は上中下の三段に分けて構成される。上段には諸尊の像容、中段には梵字(悉曇)で記された尊名と真言、下段には各尊を象徴する三昧耶形と、印を結ぶ手先が配される。三段を併せ読むことで、一尊ごとの観想に必要な情報がそろう仕組みである。
描かれる諸尊は、金剛界を構成する五部、すなわち仏部・金剛部・宝部・蓮華部・羯磨部に分類される。日本で広く知られる現図曼荼羅の九会とは異なり、本図は六会の構成をとる。流派の根本経典である『初会金剛頂経』に基づく、より古い形式である。
巻末には一人の肖像が描かれる。大日経を漢訳し、密教の付法八祖の第五に数えられる善無畏(ぜんむい)である。傍らの注記は、この法が善無畏に由来することを記している。
園城寺(三井寺)を訪ねて
園城寺は大津市の長等山の山腹に広がり、京都からほど近く、琵琶湖を見下ろす立地にある。天台寺門宗の総本山であり、日本三不動の一つに数えられる秘仏・黄不動をはじめ、多くの文化財を擁する。観音堂は西国三十三所第十四番の札所で、本尊は如意輪観音である。境内に響く鐘の音は「三井の晩鐘」として近江八景に選ばれてきた。
五部心観は秘仏であり、常時の公開はされていない。特別な機会に限って開帳されるため、本図そのものを目当てに訪れても拝観できるとは限らない。一方で、広大な境内や文化財収蔵庫、そこに収められた数々の名宝は、それだけでも訪ねる価値がある。拝観時間は九時から十六時三十分(受付は十六時まで)で、文化財収蔵庫は開館時間がやや短い。
Q&A
- 五部心観は拝観できますか。
- 通常は公開されていません。秘仏として収蔵されており、寺内での特別公開や展覧会への出展など、限られた機会にのみ開帳されます。拝観を目的とする場合は、事前に最新の情報を確認してください。
- 「五部心観」とはどのような意味ですか。
- 金剛界曼荼羅を構成する五部の諸尊を心に観想する修法を指します。本図は、その観想を視覚的に助ける図像として用いられました。
- いつ、どこで制作されたものですか。
- 完本は九世紀の唐で描かれました。円珍の奥書によれば、大中九年(八五五)にこれを授かって日本に請来し、以来園城寺に伝わっています。
- なぜ二巻あるのですか。
- 完本のほかに、平安後期に日本で写された前欠本が残ります。前欠本は巻初を欠いており、いずれも国宝です。円珍が請来したのがどちらの巻かについては、研究者の間で議論があります。
- ユネスコ「世界の記憶」とはどのような関係がありますか。
- 二〇二三年、本図は円珍に関する国宝五十六件の一群として、ユネスコ「世界の記憶」に登録されました。九世紀の日中文化交流を示す史料として評価されたものです。
基本データ
| 名称 | 紙本墨画五部心観(完本) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(絵画)/昭和二十八年(一九五三)三月三十一日指定 |
| 員数・形状 | 一巻、紙本墨画(白描) |
| 寸法 | 二九・九×一八〇八・九センチ |
| 時代・制作地 | 唐時代(九世紀)・中国 |
| 奥書 | 円珍自筆、大中九年(八五五) |
| 所有・所在 | 園城寺(三井寺)/滋賀県大津市 |
| その他 | ユネスコ「世界の記憶」登録(二〇二三年) |
| 公開状況 | 秘仏。通常は非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/77
- 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/159005
- 五部心観|智証大師円珍 関係文書典籍(三井寺)
- https://miidera-museum.jp/unesco/contents/gobushinkan/
- 智証大師円珍関係文書典籍 ユネスコ「世界の記憶」登録(文部科学省)
- https://www.mext.go.jp/unesco/006/1373633_00022.htm
- 天台寺門宗総本山 三井寺
- https://miidera1200.jp/
最終更新日: 2026.06.10