高宮神社本殿 — 多羅尾の山里に佇む安政六年の社殿

滋賀県の南西端、近江・伊賀・山城という三つの古い国境がひそやかに交わる深い山あいに、ひとつの小さな、しかしかけがえのない木造社殿が建っています。甲賀市信楽町多羅尾に鎮座する高宮神社の本殿は、安政六年(1859年)に造営され、平成十五年(2003年)に国の登録有形文化財として登録されました。木立を抜けてくる柔らかな光が檜皮葺の軒先に落ち、幾世紀にも及ぶ伝説が一棟の精巧な木造社殿のまわりに静かに集まる場所。観光ガイドのページにはなかなか登場しない場所だからこそ、足を延ばして訪れた人には日本でも指折りの「山の神域」の佇まいが迎えてくれます。

歴史と神話と山の空気が出会う場所

高宮神社が鎮座するのは、甲賀市の南西端に位置する多羅尾の山里。海外からの参拝客はもとより、日本国内でもこの地まで足を運ぶ人はそう多くありません。一方で周辺地域には、古窯と狸の置物で知られる信楽、忍者の里として名高い甲賀と伊賀の境など、長く人々の想像力をかきたててきた場所が点在しています。社頭は石造りの鳥居から始まり、苔むした参道、近くを流れる谷川の音、そして杉の高い木立に囲まれて、簡素ながら気品ある本殿が姿を見せます。建物自体は一目で全体を見渡せるほど小ぶりですが、丹念に観察するほど発見が尽きない、深い造作を備えた一棟です。

太陽の女神と結ばれた起源

高宮神社の伝承は、日本神話のもっとも古い層へとさかのぼります。中世神道の重要文献『倭姫命世記』によれば、皇祖神・天照大神の御杖代として神鏡を奉斎した倭姫命は、永遠の鎮座地を求めて長く諸国を巡幸し、最終的に伊勢の地にたどり着いたと伝えられています。その途中で四年間にわたって滞在したとされるのが「甲可日雲宮(こうかのひくものみや)」。この多羅尾の地が、その伝承地のひとつです。

そのため高宮神社は、伊勢神宮の現在地以前に祀られた場所、いわゆる「元伊勢」のひとつに数えられています。社殿背後の山は今も「日雲岳」と呼ばれ、神話の地名が風景の中にそのまま受け継がれています。

近衛家との由緒

文献にもとづく歴史は、鎌倉時代に始まります。正安元年(1299年)、関白・近衛基平の子と伝えられる高山太郎師俊が多羅尾の地を領有したとき、彼は日雲宮の旧跡に火産霊神(ほむすびのかみ)と近衛家の祖神を合祀し、社殿の現在の宗教的性格を整えたと伝えられます。社の神紋は、優美な意匠で知られる近衛牡丹。今もその意匠を境内に見ることができ、平安以来の貴族の家との縁を物語っています。後にこの地を継いだ多羅尾氏は、戦国から江戸期にかけて甲賀を代表する一族として歴史に名を残しました。

建築のすがた — 安政六年の名匠による一棟

2003年に登録有形文化財に登録された現在の本殿は、安政六年(1859年)に新築された建物です。明治維新の九年前、まさに幕末の只中に建てられました。建築様式は「一間社流造」、屋根は檜皮葺。木造平屋建で、建築面積はおよそ五平方メートル。けっして大きな建物ではありませんが、その限られた寸法のなかに、当時の宮大工の技が凝縮されています。

社殿に伝わる棟札には、棟梁を務めたのが近江国蒲生郡八幡町(現在の近江八幡)の名工・高木作右衛門であったことが記されています。近江八幡は古くから優れた木造建築の伝統で知られた地。彼の指揮のもとに造られた本殿は、同種の社殿としてはやや大ぶりで、身舎の内部を内陣と下陣に分ける、より格式ある形式が採られています。一間社にしては中規模であり、形式が整っていることから、幕末期の中規模一間社建築の好例として評価されています。

なぜ文化財に登録されたのか

登録有形文化財制度は、国指定重要文化財に次ぐ枠組みとして1996年に創設されました。建てられて50年以上を経た建造物のうち、建築的・技術的・歴史的に価値ある建物を、より広く保護することを目的としています。高宮神社本殿は、この基準のいずれにも合致します。すなわち、棟札によって幕末という年代が明らかであること、近江の名工による作と判明していること、一間社流造という伝統形式に内陣・下陣を備えるという独自の発展を示していること、そして山深い環境にもかかわらず良好な状態で残されていること。同時代の社殿の多くが火災や風雪、無管理によって失われていくなかで、確かな来歴とともに伝えられてきた点が高く評価されました。

狼を神の使いとする伝承

高宮神社のもっとも独特な特徴の一つに、狼を神使とする信仰があります。日本の神社では、稲荷の狐や春日の鹿、八幡の鳩のように、神の使いとされる動物が祀られることが多く見られますが、高宮神社の場合、その役を担うのが日本オオカミ(現在は絶滅)。境内には石造の狼像が据えられ、多羅尾の地には狼にまつわる民話が代々語り継がれてきました。

ある日、猟師が境内で何かが供物を食べているのを見つけ、神楽堂の上から鉄砲を構えました。すると不思議なことに、銃口を向けるたびに床下から狼の鳴き声が響き、銃を下ろすとぴたりと止まる。猟師は驚いて逃げ帰ったといいます。また、狼たちは善人と悪人を見分ける力があるとも語られました。心の清らかな人が夜半に峠道を通れば、安全な場所まで黙ってついていき送り届ける。心の汚れた者が通れば、どこまでも追いかけて噛みつく。さらに、狼たちは夜更けの村を巡回して見守るともいわれ、古老たちは夜が明けるたびに山へ向かって手を合わせて感謝したと伝えられています。

参拝のご案内

高宮神社の住所は滋賀県甲賀市信楽町多羅尾646。アクセスは自家用車が基本となります。新名神高速道路の甲賀土山インターチェンジから信楽方面へ南下し、多羅尾の谷へ入って約四十分。京都市内からはおよそ一時間半。拝観料は不要、開閉門時間も特に定められていませんので、日中であれば静粛を保ちつつ自由にお参りいただけます。年に一度の本祭である堂祭は十月九日。

春は周囲の杉が瑞々しい新緑に染まり、秋は山々が紅葉に彩られ、冬は時に檜皮葺の屋根に薄雪が積もります。季節ごとに表情の異なる社殿は、いつ訪れても新しい発見を与えてくれます。

多羅尾と信楽 — 周辺の見どころ

多羅尾の里そのものが、ゆっくりと滞在するに値する場所です。江戸時代、徳川幕府のもとで信楽の世襲代官を務めた多羅尾氏の本拠地、多羅尾代官所跡は神社からほど近く、春と秋の限られた時期に公開されています。この地はまた、日本史上もっとも有名な逃避行のひとつ「神君伊賀越え」の舞台でもあります。天正十年(1582年)、本能寺の変の報を受けた徳川家康は、堺からの帰途を伊賀方面へ取り、近隣の小川城で多羅尾光俊のもてなしを受けて一夜を過ごしたと伝わります。御斎峠(おとぎとうげ)など、家康が越えた可能性のある複数のルートを今もたどることができ、歴史好きの旅行者を惹きつけています。

多羅尾から少し北へ向かえば、日本六古窯のひとつとして名高い信楽の町。信楽焼の狸の置物は、歓迎の象徴として日本中に親しまれています。さらに、建築家I.M.ペイの設計による山中の名建築「MIHO MUSEUM」も同じ山系の中にあり、車で気軽にアクセスできます。一日の散策のあとは、湖畔の信楽温泉「多羅尾の湯」で旅の疲れをゆっくりと癒すのもおすすめです。

Q&A

Q高宮神社本殿は内部を見学できますか。
A境内は自由に参拝でき、登録有形文化財である本殿はそのお姿を正面から拝することができます。内部は神事のための神聖な空間ですので一般には公開されていませんが、文化財として価値の中心にある檜皮葺の屋根、一間社流造の形式、整った全体のプロポーションなどは、外観から十分にご覧いただけます。
Q「元伊勢」とはどういう意味ですか。
A元伊勢とは、現在の伊勢神宮に天照大神が鎮座される以前、倭姫命の巡幸に伴って一時的に祀られたとされる場所のことを指します。最終的な鎮座地は伊勢ですが、そこへ至るまでの旅の途中で神を奉斎した地は数十か所にのぼると伝えられ、それぞれが伝承を大切に守り続けています。高宮神社は、そのうちの一社「甲可日雲宮」の伝承地と位置づけられています。
Q公共交通機関で訪れることはできますか。
A多羅尾は山間の集落にあり、公共交通機関でのアクセスは容易ではありません。最寄りは信楽高原鐵道の信楽駅となりますが、多羅尾までの定期バス路線はありません。タクシーやレンタカーのご利用、または地元で開催される伊賀越えゆかりのガイドツアーへの参加をご検討ください。
Qなぜ狼が神使とされるのですか。
Aかつての日本の山里では、狼は田畑を荒らす鹿や猪を防ぐ重要な存在として、人々に守り神のように捉えられていました。高宮神社はその古い民間信仰を受け継ぎ、狼を神の使いとして祀ってきました。多羅尾に伝わる伝承では、狼たちは善悪を見分け、村の夜を見守る存在として描かれており、地域の人々の畏敬と感謝の念がうかがえます。
Q周辺の見どころはほかに何がありますか。
A車で短時間の範囲に、多羅尾代官所跡、信楽焼の窯元集落、現代建築の名作MIHO MUSEUM、信楽温泉「多羅尾の湯」などが点在しています。歴史に関心のある方は、徳川家康が逃れたと伝わる御斎峠などの伊賀越え候補ルートを巡ることもおすすめです。

基本情報

名称 高宮神社本殿(たかみやじんじゃほんでん)
指定区分 登録有形文化財(建造物) 平成15年(2003年)3月18日登録
建造年 安政6年(1859年)/江戸時代後期
棟梁 近江国蒲生郡八幡町(現在の近江八幡)の名工・高木作右衛門
建築様式 一間社流造/檜皮葺/木造平屋建/建築面積約5.0㎡/1棟
主祭神 火産霊神(ほむすびのかみ)。あわせて近衛家の祖神を祀る
所在地 〒529-1821 滋賀県甲賀市信楽町多羅尾646
所有者 宗教法人高宮神社
主な祭礼 堂祭:10月9日
アクセス 新名神高速道路 甲賀土山ICより車で約40分/京都市内より車で約90分

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)— 高宮神社本殿
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/116327
国指定文化財等データベース — 高宮神社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003247
滋賀県神社庁 — 高宮神社
https://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html
日本伝承大鑑 — 高宮神社
https://japanmystery.com/siga/takamiya.html
Wikipedia — 信楽町多羅尾
https://ja.wikipedia.org/wiki/信楽町多羅尾
ここ滋賀 — 歴史シリーズ「近江と徳川家康」神君甲賀・伊賀越え
https://cocoshiga.jp/official/topic/ieyasu02/
甲賀市観光ガイド — 甲賀と徳川家康
https://koka-kanko.org/introduce/koka-ieyasu/

最終更新日: 2026.05.04