捴見寺三重塔:安土城跡に佇む室町時代の重要文化財建築を訪ねて

滋賀県近江八幡市の安土山中腹に、室町時代の優美な姿をそのまま今に伝える三重塔があります。捴見寺(摠見寺・そうけんじ)三重塔は、享徳3年(1454年)に建立され、戦国武将・織田信長の命により安土城内に移築された国の重要文化財です。嘉永7年(1854年)の火災で主要な建物が焼失した捴見寺において、二王門とともに唯一現存する創建期の建造物であり、570年以上の時を超えて訪れる人々を迎え続けています。

三重塔の歴史

捴見寺三重塔の歴史は、室町時代中期にさかのぼります。棟柱に残る墨書によれば、享徳3年(1454年)に建立され、天文24年(1555年)に修理が行われたことが記録されています。

この三重塔は、もともと近江国甲賀郡の長寿寺(現在の滋賀県湖南市)に建っていたものです。長寿寺は奈良時代に創建された天台宗の古刹で、国宝の本堂を有する湖南三山の一寺として知られています。天正3年(1575年)から天正4年(1576年)にかけて、安土城の築城を進めていた織田信長が、この三重塔を甲賀から安土山に移築しました。信長は新築ではなく、各地の寺社から優れた建築を集めるという手法で捴見寺の伽藍を整えたのです。

慶長9年(1604年)には豊臣秀吉の次男・秀頼によって一部修理が施されました。大正3年(1914年)9月には、突然三層目の屋根と一・二層の軒が崩落するという事態が起きましたが、速やかに修復されています。平成29年(2017年)の台風被害の後にも、平成30年秋にかけて大屋根を設けての修復工事が行われました。明治34年(1901年)3月27日に特別保護建造物(現在の重要文化財に相当)に指定されています。

捴見寺と織田信長

捴見寺(摠見寺)は、臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は遠景山です。天正4年(1576年)頃、安土城の築城に合わせて信長が自らの菩提寺として建立しました。城郭内に本格的な仏教寺院を設けるという、当時としても異例の試みでした。

信長は近隣の寺社から優れた建造物を移築して捴見寺を構成しました。三重塔は甲賀の長寿寺から、二王門は同じく甲賀の柏木神社から移されたと伝わります。初代住持には織田一族の正仲剛可が就き、以後5代にわたって織田家の末裔が住職を務め、信長の菩提を祀り続けました。

嘉永7年(1854年)の火災により、本堂・書院・庫裏など主要な建物が焼失してしまいました。しかし三重塔と二王門だけは難を逃れ、現在に至るまでその姿を保っています。現在の仮本堂は、安土城跡内の徳川家康邸跡と伝えられる場所に、昭和8年(1933年)に建てられたものです。不定期で特別拝観が行われ、信長公の尊像や襖絵を拝観することができます。

建築の特徴と文化的価値

捴見寺三重塔は、三間三重の塔婆で、屋根は本瓦葺きです。この構造は室町時代の仏教建築の典型であり、斗栱(ときょう)をはじめとする各部の意匠は、中世日本の木造建築技術の粋を示しています。

国の重要文化財としての指定は、15世紀に建てられた木造塔建築として保存状態が良好であること、そして室町時代の建築様式を今に伝える貴重な遺構であることが評価されたものです。全国に現存する三重塔の中でも、室町時代まで遡るものは限られており、その希少性は高く評価されています。

さらに、長寿寺から安土城への移築という経緯は、この塔を滋賀県の二つの重要な文化遺産と結びつけるものであり、信長の時代における建築と権力の関係を考える上でも貴重な存在となっています。570年以上の歳月を、移築・修理・崩落・復旧を経ながら乗り越えてきたこと自体が、日本の伝統的な木造建築の耐久性と、歴代の管理者たちの保存への尽力を物語っています。

見どころ・魅力

三重塔は安土山の中腹に位置し、周囲の木立の間からその優美な姿が望めます。苔むした石段を登りながら塔に近づく体験は、まるで戦国時代にタイムスリップしたかのような趣があります。三重塔付近からは、琵琶湖最大の内湖である西の湖の美しい景色を一望でき、穏やかな水郷地帯と田園風景が広がります。

すぐ近くには、同じく国の重要文化財である二王門が建っています。門内に安置されている木造金剛二力士立像も重要文化財に指定されており、その頭部内側には応仁元年(1467年)の造像銘が残されています。三重塔とほぼ同時代に作られた力強い彫像です。

安土城跡を巡る散策では、壮大な大手道の石段、羽柴秀吉邸跡や前田利家邸跡など重臣の屋敷跡、そして山頂の天主跡(天守台)の礎石なども見学できます。中世の寺院建築と戦国時代の城郭遺構が同じ山に共存するという、他に類を見ない景観が、この場所の大きな魅力です。

安土城跡について

安土城は、天正4年(1576年)から約3年をかけて築かれた織田信長の居城です。日本で最初の本格的な天主閣(天守)を持つ城として、安土桃山時代の幕開けを告げる画期的な建築でした。天正10年(1582年)の本能寺の変の後に焼失し、現在は石垣や礎石のみが残る国の特別史跡に指定されています。

城跡の見学は、受付から天主跡まで往復で約45分から90分を要します。大手道を登り、重臣たちの屋敷跡を経て山頂の天主跡へ至り、帰路は捴見寺跡を経由して二王門・三重塔を見ながら下山するのが一般的なコースです。入口付近の城ナビ館では、安土城の歴史や見どころの解説を事前に学ぶことができます。

周辺情報

安土周辺には、文化・歴史を楽しめるスポットが多数あります。近隣の近江八幡市街には、江戸時代の商家が並ぶ八幡堀の町並みがあり、風情ある舟めぐりや散策を楽しめます。三重塔のふるさとである湖南市の長寿寺は、国宝の本堂を有する湖南三山の一寺で、秋の紅葉が特に美しいことで知られています。

日本最大の淡水湖である琵琶湖は、遊覧船やサイクリングロードなど多彩なアクティビティが楽しめます。さらに足を延ばせば、国宝の彦根城や信楽焼の産地など、滋賀県ならではの見どころも豊富です。

Q&A

Q捴見寺三重塔はいつ建てられたものですか?
A享徳3年(1454年)に室町時代に建立されました。その後、天正3〜4年(1575〜1576年)に織田信長によって甲賀の長寿寺から安土城内に移築されました。
Q三重塔の内部は見学できますか?
A三重塔の内部は一般公開されていません。ただし、外観は間近でご覧いただけます。安土城跡の散策ルートに沿って、美しい佇まいをゆっくりと鑑賞することができます。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR琵琶湖線の安土駅から徒歩約20〜25分で安土城跡の入口に到着します。駅周辺にはレンタサイクル店もあり、自転車なら約10分です。入口から三重塔までは山道を約30〜40分歩きます。無料駐車場も完備されています。
Q拝観料はいくらですか?
A安土城跡の入山料は大人700円、小人200円です。捴見寺の特別拝観(不定期実施)は別途500円が必要で、抹茶とお菓子が付きます。
Qおすすめの季節はいつですか?
A四季を通じて楽しめますが、春は山麓の桜、秋は三重塔周辺の紅葉が特に美しい季節です。冬は空気が澄んで琵琶湖方面の眺望が冴えわたります。夏は暑さ対策として水分補給と歩きやすい靴をご用意ください。

基本情報

名称 捴見寺三重塔(そうけんじ さんじゅうのとう)
指定 国指定重要文化財(建造物)
建立年 享徳3年(1454年)
移築 天正3〜4年(1575〜1576年)頃、甲賀郡長寿寺より織田信長が安土城内に移築
構造 三間三重塔婆、本瓦葺き
所有 捴見寺(臨済宗妙心寺派)
所在地 滋賀県近江八幡市安土町大字下豊浦
アクセス JR琵琶湖線 安土駅より徒歩約20〜25分(城跡入口まで)
拝観時間 午前8時30分〜午後5時(最終入場 午後4時)※季節により変動あり/年中無休
拝観料 大人700円/小人200円(安土城跡入山料)

参考文献

三重塔(重要文化財) – 織田信長の安土城址と摠見寺(公式サイト)
https://www.azuchi-nobunaga.com/archives/116
摠見寺 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%91%A0%E8%A6%8B%E5%AF%BA
安土城跡 | 滋賀県観光情報(公式観光サイト)
https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/831/
摠見寺三重塔 | 安土城のガイド | 攻城団
https://kojodan.jp/castle/19/memo/1255.html
拝観案内 – 織田信長の安土城址と摠見寺(公式サイト)
https://www.azuchi-nobunaga.com/guide
安土城跡完全ガイド|信長の幻の名城を歩く | Following The Shogun
https://followingtheshogun.com/ja/2025/04/02/%e5%ae%89%e5%9c%9f%e5%9f%8e-2/

最終更新日: 2026.03.26