紙本墨書大蔵経 ― 足利尊氏が書写させた一切経

各帖の巻末には、木版で刷られた短い願文がある。文面は帖ごとにほぼ同じだが、ただ一箇所、「尊氏」の二字だけが墨で書き加えられている。署名の主は足利尊氏(1305〜1358)。室町幕府を開いたこの武将が文和3年(1354)に書写させた一切経のうち、園城寺に現存する592帖が、重要文化財「紙本墨書大蔵経」である。

大蔵経は一切経とも呼ばれ、漢訳された仏典の全体をさす。数千巻におよぶ経・律・論を一字ずつ筆で写し取る作業は、多くの僧侶を動員する一大事業であった。年代は南北朝時代の文和3年。この「文和」という年号自体が、書写の背景にある政治情勢を映している。文和は尊氏が擁した北朝の年号であり、尊氏が京から追った後醍醐天皇の南朝は、同じ年を正平九年と数えていた。

敵将のための祈り

武家の棟梁がなぜ仏典の全集を書写させたのか。その理由は各帖末の願文に記されている。願文によれば、尊氏はこの一切経を、後醍醐天皇、自らの両親、そして元弘の乱以後の戦乱で落命した人々の霊の供養に捧げ、敵味方の別を問わず、天下泰平と民衆の安穏を祈願したという。後醍醐は尊氏が背いて京を逐った相手であり、吉野に逃れて延元4年(1339)に没した。その十五年後、かつて後醍醐を追い落とした当人が、敵将の菩提までを含めて五千余帖の書写を発願したことになる。

三井寺に伝わる縁起では、この発願は尊氏の母の十三回忌追善を兼ね、母の命日に完成させるべく企てられたとされる。書写には京都・奈良・鎌倉の主要寺院の僧が参集し、五千余帖が約一年で写し上げられた。文和3年12月23日、京都の足利氏菩提寺である等持院で経供養が営まれている。尊氏自身も大般若経のうち十巻を書写したと伝わる。

園城寺への移納の経緯は、資料によって記述に異同がある。園城寺の僧の要請でこの寺に移されたとする記録がある一方、寺の縁起ではいったん足利氏の菩提寺に納めたのち園城寺へ移したと記す。五千余帖のうち、現在この寺に残るのは592帖にとどまる。寺外へ流出した分は、根津美術館の36帖、東京国立博物館の8帖などが知られ、京都・奈良・九州の国立博物館などにも分蔵される。園城寺所蔵分は昭和9年(1934)1月30日に重要文化財に指定された。重要文化財は国宝の一段下に位置づけられる区分で、国宝ほどの突出した格づけはされていないものの、国にとって価値の高い文化財であることを示している。

見どころ

各帖は折本に仕立てられている。一枚の長い料紙を屏風のように折りたたみ、表紙で全体を掩う形式で、これは転読供養のために考案された装丁である。転読とは、経の全文を読まず、経題・訳者名と、巻頭・中・巻末の要所のみを略読する儀礼をさす。背を糊付けしないため、表紙を持ち上げると連続した本紙がひらひらと翻り、つむじ風が回るようなその様子から旋風装とも呼ばれる。

巻末の願文には四行のものと五行のものがあり、自筆と認められるのは「尊氏」の署名のみである。同じ筆跡の署名が数百帖にわたって繰り返される事実が、発願の規模を実感させる。

拝観にあたって一点、踏まえておきたいことがある。この写本一切経は損傷を避けるべき大部の資料で、通常の参拝順路では公開されない。資料によれば奈良国立博物館に寄託されているという。他館が所蔵する関連の帖は特別展などで出陳されることがあり、書写本そのものは、所有寺院よりむしろ国立博物館の展示ケースで目にする機会が多い。

園城寺と周辺

園城寺は三井寺の名で広く知られ、天台寺門宗の総本山である。琵琶湖南西の長等山中腹、大津市に広い境内を構える。長い歴史のなかで焼亡と再興を幾度も重ねてきたため、不死鳥の寺とも呼ばれる。国宝の金堂を中心に、指定建造物や仏像が密度高く残る。

金堂の近くには、重要文化財の建造物である一切経蔵が建つ。慶長7年(1602)に毛利輝元が山口の国清寺(現・洞春寺)から移築した禅宗様の経堂で、内部中央に八角形の回転式輪蔵を据える。ただし、この輪蔵に納められているのは高麗版の一切経で、尊氏発願の写本とは別の経典である。とはいえ、寺院がどのように経典を収め、輪蔵を回して扱ったかをうかがう手がかりとなる建物である。境内には近江八景の一つ、また日本三名鐘の一つに数えられる三井の晩鐘も懸かる。

京阪電車の三井寺駅から徒歩10分ほど。拝観時間は9時から16時30分(受付は16時まで)、大人の拝観料は600円。境内をひと回りするのに1時間ほどを見ておくとよい。琵琶湖や大津の市街が近く、京都からも電車でおよそ15分のため、京都を起点とした半日の行程に組み込みやすい。

Q&A

Q参拝すれば写本の大蔵経そのものを見られますか。
A通常は見られません。592帖は損傷を避けるべき資料で、参拝順路では公開されておらず、資料によれば奈良国立博物館に寄託されています。他館所蔵の関連帖が国立博物館の特別展に出ることはあります。園城寺の参拝は、写本そのものではなく建造物や他の寺宝を中心に計画するとよいでしょう。
Qなぜ武家の棟梁が敵対した天皇のために祈ったのですか。
A巻末の願文は、後醍醐天皇と尊氏の両親、さらに敵味方を問わぬ戦没者の供養にこの経を捧げています。敗れた相手の菩提を弔うことは当時の供養のあり方の一つであり、書写は尊氏の母の追善とも結びついていました。
Q重要文化財と国宝はどう違うのですか。
Aいずれも国の指定です。国宝は特に価値が高いものに限られる上位の区分で、重要文化財はより広く国にとって価値の高い文化財を対象とします。本品は重要文化財で、昭和9年(1934)に指定されました。
Qどのような装丁ですか。
A一枚の長い料紙を折りたたんで表紙で掩う折本で、転読の略読に適した形です。背を糊付けしないため、表紙を上げると本紙が翻り、その様から旋風装とも呼ばれます。
Q園城寺の拝観にはどのくらい時間が必要で、何を優先すべきですか。
A主要な境内なら1時間ほどです。金堂、回転式の輪蔵を備える一切経蔵、三井の晩鐘に時間を割くとよいでしょう。春は桜の名所としても知られます。

基本データ

名称紙本墨書大蔵経(しほんぼくしょだいぞうきょう)/通称 足利尊氏願経
所有園城寺(三井寺) 滋賀県大津市
指定区分重要文化財(昭和9年〈1934〉1月30日指定)
種別書跡・典籍
年代南北朝時代・文和3年(1354)
員数592帖
発願足利尊氏(1305〜1358)
公開状況通常非公開。資料によれば奈良国立博物館に寄託。園城寺の拝観は9時〜16時30分(受付16時まで)、大人600円。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース(紙本墨書大蔵経)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7683
文化遺産オンライン「大般若経 巻第二百五(足利尊氏願経)」東京国立博物館
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/485278
京都国立博物館 館蔵品データベース「菩薩本行経巻中(足利尊氏願経)」
https://knmdb.kyohaku.go.jp/3044.html
三井寺文化遺産ミュージアム「一切経蔵」
https://miidera-museum.jp/cultural-property/content07/

最終更新日: 2026.06.18