昭和4年築、現役で水を漉しつづける濾過池

忌部浄水場一号濾過池(いんべじょうすいじょういちごうろかち)は、島根県松江市東忌部町にある昭和4年(1929年)竣工のコンクリート造濾過池で、平成20年(2008年)4月18日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。忌部浄水場で登録されている9施設のひとつであり、役目を終えた保存対象ではない。いまも松江市内の蛇口へ向かう水がここを通っている。

寸法は記録に残っている。東西22メートル、南北31メートル、面積683平方メートルの長方形平面。壁面にはわずかな法勾配(1分)がつけられ、北面の中央に上屋の付いた調整井を配する。地上に立ち上がるのはこの調整井だけで、あとは平らな水面が広がるだけの構造物である。

濾過池の仕組み自体は単純だ。底に細砂、礫、煉瓦を層状に敷き詰め、そこへ原水を落とし、重力だけで下へ通す。ポンプも薬品も使わない。砂の表層に付いた微生物が汚れを取り除く働きを担う。緩速濾過と呼ばれるこの方式を、忌部浄水場は開設以来ずっと続けている。

登録の理由と、水道施設群としての価値

この濾過池に適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文言だけ読むと漠然としているが、登録の組み方を見ると意図がはっきりする。平成20年、松江市創設水道にかかわる14件が同じ日に一括で登録された。千本貯水池堰堤とその4連アーチの管理橋、忌部浄水場の9施設、そして約3.5キロ北の旧床几山配水池とその計量室・門。文化庁は見栄えのする一棟を選び出すのではなく、水道システムそのものをひとつの歴史遺産として扱った。

その水道は調査から始まった。明治28年(1895年)7月、内務省御雇技師の英国人W・K・バルトンが松江に入り、朝酌村、忌部村、熊野村などを歩いて水源を探し、忌部が最適であると報告した。設計はバルトンの教え子で東京帝国大学教授の中島鋭治が指導した。山陰地方で最初の水道専用ダムとなる千本堰堤が築かれ、大正7年(1918年)6月1日に給水が始まっている。

番号が古さを表さないという話

ここで浄水場の配置図をもう一度見てほしくなる事実がある。一号は最も古い濾過池ではない。三号・四号は大正7年、五号・六号は大正8年の竣工で、いずれも創設時の施設だ。一号と二号は昭和2年(1927年)に着工した第一次拡張事業で建設され、昭和4年に完成した。松江市の人口が創設時の給水能力を上回ったための増設である。文化庁の解説文は「既存濾過池とほぼ同規模で建設された」と記す。数字を並べると裏付けが取れる。一号683平方メートルに対し、先行する四池は692から695平方メートル。昭和2年の技術者たちは、能力を誇示するのではなく、先行する池に寸法を合わせた。だから濾過池の列は、いまも一続きの構成として読める。

松江市の水道はその後11次に及ぶ拡張を重ねた。忌部浄水場は現在も千本ダムと大谷ダムを水源とし、市内で1日に使われる水のおよそ2割をつくっている。

見どころと、訪ねるための段取り

技術者や写真愛好家がここを目指す理由は、調整井の意匠にある。各濾過池に1基ずつ付く調整井の上屋は半円筒あるいは円筒の形をとり、正面には柱を並べたような装飾が施される。いまの土木構造物には誰も付けない類の仕上げだ。濾過池の天端には花崗岩の笠石が敷かれている。稼働中の産業施設の真ん中に、小さな古典様式のパヴィリオンが並んでいる。妙な光景であり、なかなか良い光景でもある。

訪問には段取りがいる。ここは博物館ではなく、入口に券売所もない。松江市上下水道局は団体を対象に忌部浄水場の見学を実施してきた。平日、所要はおよそ2時間、浄水場への電話予約制である。受付方法は見直されることがあるので、日程を組む前に浄水場または上下水道局へ確認しておきたい。稼働中の水道施設内での撮影は職員の判断によるため、現地でではなく予約の段階で聞いておくとよい。

浄水場があるのは松江市街から南へ約5キロ、大橋川沿いの平地を抜けて道が山へ入っていくあたりの忌部地区である。入口の正面に「水源地」というバス停がある。千本ダムは南西へ約500メートル、こちらは予約不要で、御影石を張った堰堤を周囲の公園から眺められる。粗石を水平に積む「布積み」ではなく斜めに積む「谷積み」を用いた珍しい造りで、公園は地元では桜の名所として知られる。土木学会は平成15年度(2003年度)にこの堰堤を選奨土木遺産に認定した。

見学が組めるなら、晴れた平日の午前がいい。そのあとダムまで足を延ばす時間を残しておきたい。ひとつの構造物を見るだけでは分からないことが、その組み合わせで見えてくる。都市の水は、100年前に設計され、いまも稼働しつづけている一種の風景なのだという事実である。

Q&A

Q忌部浄水場一号濾過池は見学できますか。手続きはどうなりますか。
A稼働中の浄水場の敷地内にあるため、自由に立ち入ることはできません。松江市上下水道局は団体向けに平日の見学(所要約2時間)を実施しており、浄水場への電話予約制です。受付方法は変更されることがあるため、訪問前に必ず現在の実施状況を確認してください。
Q忌部浄水場一号濾過池はいつ造られ、いつ登録されたのですか。
A松江市水道の第一次拡張事業により昭和4年(1929年)に完成しました。国の登録有形文化財としての登録年月日は平成20年(2008年)4月18日、官報告示は同年5月7日です。資料によって4月18日と5月7日のどちらかが記載されるのはこのためです。
Q忌部浄水場一号濾過池はいまも使われているのですか。
A使われています。忌部浄水場は千本ダムと大谷ダムを水源として稼働を続けており、松江市が1日に使う水の約2割をここでつくっています。登録された濾過池群は展示物ではなく、生きた処理工程の一部です。
Q忌部浄水場一号濾過池が三号から六号より新しいのはなぜですか。
A番号は建設順ではなく敷地内の配置に対応しているためです。三号・四号は大正7年、五号・六号は大正8年の創設時の施設で、一号・二号は昭和4年の第一次拡張で増設されました。一号は東西に並ぶ濾過池列の西端に位置します。
Q忌部浄水場一号濾過池の近くに、あわせて見られるものはありますか。
A南西へ約500メートルの千本貯水池堰堤が同じ日に登録されており、周囲の公園から自由に眺められます。御影石張りの堰堤と4連アーチの管理橋は同じ創設事業によるもので、公園は桜の名所です。約3.5キロ北の旧床几山配水池まで足を延ばすと、大正7年の水道システム全体の姿がつかめます。

基本情報

名称忌部浄水場一号濾過池(いんべじょうすいじょういちごうろかち)
所在地島根県松江市東忌部町字木ノ下35
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの/登録番号 32-0065
指定年登録年月日 平成20年(2008年)4月18日/登録告示 同年5月7日
員数1所
寸法コンクリート造、面積683平方メートル、調整井上屋付/東西22メートル、南北31メートル
所有者松江市
公開状況稼働中の浄水場敷地内。松江市上下水道局への事前電話予約による団体見学の実績あり。訪問前に実施状況の確認が必要

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)忌部浄水場一号濾過池
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007117
文化遺産オンライン 忌部浄水場一号濾過池
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/198109
島根県 登録文化財一覧
https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/shimane/tourokubunkazai2.html
松江市上下水道局 水道の歴史「松江市水道デジタルアーカイブ」
https://www.water.matsue.shimane.jp/jogesuido/digital-archive/
松江市上下水道局 水道施設の紹介(忌部水系)
https://www.water.matsue.shimane.jp/jogesuido/shisetsu/matsue01.html
土木学会 選奨土木遺産 千本堰堤
https://committees.jsce.or.jp/heritage/node/289

最終更新日: 2026.08.22