旧五十嵐歯科医院 ― 東海道蒲原宿に佇む大正ロマンの洋風町家

東海道五十三次の15番目の宿場町・蒲原宿の旧街道沿いに、ひときわ目を引く洋風建築が佇んでいます。「旧五十嵐歯科医院」は、大正時代に伝統的な町家を洋風に改築して生まれた擬洋風建築で、平成12年(2000年)に国の登録有形文化財に指定されました。外観は白い下見板張りの洋風、しかし一歩中に入れば豪華な襖絵や精緻な欄間彫刻が広がる純和風の空間という、和洋折衷の魅力にあふれた建物です。現在は無料で一般公開されており、大正から昭和初期の暮らしと医療の歴史を肌で感じることができます。

歴史的背景

旧五十嵐歯科医院の建物は、もともと大正期以前に蒲原宿の旧東海道沿いに建てられた伝統的な町家でした。当主の五十嵐準氏は、東京歯科医学専門学校(現・東京歯科大学)を卒業後、大正3年(1914年)頃に故郷の蒲原に戻り、自宅を改築して歯科医院を開業しました。設計を担当したのは地元の大工・吉田源吉で、近代的な医療施設にふさわしい洋風の外観を、在来の町家の骨格の上に巧みに被せるという独創的な手法を用いました。

その後、大正7年(1918年)頃に西側を増築、昭和15年(1940年)から16年頃にかけて東側を増築し、現在の一体的な洋館としての姿が完成しました。五十嵐歯科医院は昭和45年(1970年)頃まで診療を続け、その後は民家として使われていましたが、やがて空き家となりました。平成10年(1998年)に蒲原町が土地を購入し、建物は五十嵐家から寄贈されました。耐震補強工事を経て、平成13年(2001年)より「旧五十嵐歯科医院」として一般公開が始まりました。現在はNPO法人「旧五十嵐邸を考える会」が管理運営を行い、来館者へのガイドやイベントの開催に取り組んでいます。

文化財としての価値

旧五十嵐歯科医院は、平成12年(2000年)9月26日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その評価の要点は、旧東海道筋に建つ木造2階建の洋風建築でありながら、在来の町家の間取りをそのまま残しているという、極めてユニークな建築的特徴にあります。

寄棟造瓦葺の屋根にガラス窓の開口部を広く取り、壁面は下見板張りとし、玄関および増築された西棟正面には軒蛇腹や歯型飾りといった洋風の装飾意匠が施されています。大正期の地方における西洋建築の受容と日本の伝統建築との融合を示す貴重な事例として、建築史上の価値が高く評価されています。建築面積は約199平方メートルで、住宅・医院・接客空間が一体となった複合的な空間構成も注目に値します。

見どころ

洋風の外観

旧東海道の宿場町の中に突如現れる洋風建築は、蒲原宿散策の大きな見どころです。白い下見板張りの壁面、大きなガラス窓、軒下の歯型飾りなど、西洋建築の意匠が随所に施されています。古い字体で書かれた「五十嵐醫院」の表札も、大正の時代を物語る貴重な遺物です。

純和風の室内

洋風の外観からは想像がつかないほど、内部は純和風の造りです。畳敷きの座敷には豪華な襖絵が飾られ、欄間には富士山と松原を描いた精緻な彫刻が施されています。2階にはかつてVIPルームとして使われた部屋があり、明治の元勲・田中光顕伯爵をはじめとする要人が診療の待ち合いに利用したと伝えられています。

2階の歯科診療室

2階の南側一面に広がる大きな窓から光が差し込む診療室は、この建物のハイライトです。当時の歯科治療用の椅子や技工器材がそのまま残されており、大正時代の歯科医療の現場を生き生きと伝えています。床は淡いブルーのリノリウム張りで、和風建築の中に西洋の趣が漂う独特の空間です。水道のなかった時代に井戸水を2階まで引き上げたポンプと配管も保存されており、当時の工夫を偲ぶことができます。

庭園と蔵

建物の裏手には風情ある日本庭園が広がり、中央には屋根付きの井戸とポンプが置かれています。敷地奥には2棟の蔵が建ち、往時の備品を今も収蔵しています。珍しい方形のタイル張り五右衛門風呂も残されており、医師のセンスが感じられる設備です。1階には「二三番」と書かれた電話ボックスも現存し、25回線の希望者が集まって初めて電話が開通した時代の記憶を伝えています。

大正時代の手吹きガラス

2階の離れには、大正時代の手吹きガラスが当時のまま残されています。わずかに波打つガラスは、機械生産では再現できない独特の透明感と歪みをもち、柔らかな光を室内に投げかけます。日本国内でのガラス生産が始まったのは明治40年頃とされており、このガラスは建築史的にも貴重な存在です。

ご利用案内

旧五十嵐歯科医院は入館無料で、事前予約なしで見学できます。NPO法人「旧五十嵐邸を考える会」のボランティアガイドが常駐しており、建物の歴史や建築の特徴について丁寧に解説してくれます。

開館時間は、3月から10月が午前9時30分から午後4時30分まで、11月から2月が午前9時30分から午後4時までです。休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)、祝日の翌日、および年末年始(12月26日~1月5日)です。

最寄り駅はJR東海道本線・新蒲原駅で、駅から旧東海道を北西へ徒歩約10~15分です。車の場合は東名高速道路・清水インターチェンジから富士方面へ約20分。蒲原宿周辺には無料駐車スペースが若干あります。

周辺の見どころ

旧五十嵐歯科医院は、静岡県内で唯一「歴史国道」に認定された蒲原宿の中心に位置しています。宿場町の風情を残す街並みには、見どころが点在しています。

すぐ近くには平岡本陣跡(西本陣)があり、大名の駕籠を置いた御駕籠石や当時の土蔵が残ります。旧和泉屋お休み処は天保年間(1830~1844年)の上旅籠の建物で、2階の櫛形手すりや腕木に江戸時代の宿場の面影を見ることができます。旧東海道沿いには歌川広重の名作「蒲原 夜之雪」の記念碑も建てられています。

自然を楽しむなら、桜の名所として知られる御殿山がおすすめです。駿河湾を見下ろす展望が美しく、春には見事な桜並木を楽しめます。歴史好きには蒲原城跡もおすすめで、今川氏が築き、永禄12年(1569年)に武田信玄が攻めた山城の遺構が残ります。また、隣の由比宿方面へ足を伸ばせば、駿河湾名物の桜えび料理を楽しめる飲食店が並んでおり、由比漁港直営のかき揚げは特に人気です。

Q&A

Q旧五十嵐歯科医院の入館料はいくらですか?
A入館は無料です。ボランティアガイドによる案内も無料で受けられます。事前予約は不要ですので、蒲原宿散策の際にお気軽にお立ち寄りください。
Q当時の歯科診療の道具は見られますか?
Aはい、2階の診療室には大正時代の歯科治療用椅子や技工器材がそのまま保存されています。井戸水を2階まで引き上げたポンプや配管など、水道のなかった時代の工夫も見学できます。
Qどのようにアクセスできますか?
AJR東海道本線・新蒲原駅から旧東海道を北西へ徒歩約10~15分です。新幹線をご利用の場合は、静岡駅で東海道本線に乗り換え、新蒲原駅で下車してください。東京から約90分でアクセス可能です。
Q建物内でイベントを開催することはできますか?
Aはい、旧五十嵐歯科医院では集会・展示・イベントなどの開催が可能です。詳細はNPO法人「旧五十嵐邸を考える会」(電話:054-385-2023)までお問い合わせください。
Q周辺で食事ができる場所はありますか?
A蒲原宿周辺には、地元で人気のラーメン店「蒲原館」をはじめ、古民家カフェや桜えび料理の名店など、さまざまな飲食店があります。隣の由比方面では駿河湾名物の桜えびのかき揚げが楽しめます。

基本情報

名称 旧五十嵐歯科医院(きゅういがらししかいいん)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)/平成12年(2000年)9月26日登録
建築年代 大正期以前(町家)、大正3年(1914年)頃(洋風改築)、大正7年頃(西側増築)、昭和15~16年頃(東側増築)
設計 吉田源吉(地元大工)
構造 木造2階建、寄棟造瓦葺、建築面積約199㎡
所在地 〒421-3203 静岡県静岡市清水区蒲原3-23-3
電話番号 054-385-2023
開館時間 3月~10月:9:30~16:30/11月~2月:9:30~16:00
休館日 月曜日(祝日の場合は翌平日)、祝日の翌日、年末年始(12/26~1/5)
入館料 無料
アクセス JR東海道本線・新蒲原駅より徒歩約10~15分
所有 静岡市清水区

参考文献

国登録有形文化財 旧五十嵐邸 — 静岡市公式ホームページ
https://www.city.shizuoka.lg.jp/s6725/s005264.html
旧五十嵐歯科医院 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/114654
旧五十嵐邸について — 国登録有形文化財 旧五十嵐邸 公式サイト
http://igarashitei.com/about/
旧五十嵐歯科医院 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%B5%90%E6%AD%AF%E7%A7%91%E5%8C%BB%E9%99%A2
国登録有形文化財 旧五十嵐歯科医院 — アットエス
https://www.at-s.com/facilities/article/view/place/136971.html
旧五十嵐邸 — じゃらんnet
https://www.jalan.net/kankou/spt_22382ae2182015369/
蒲原宿 — 駿州の旅 日本遺産
https://tokaido-sunshu.jp/spots/1.html
旧五十嵐歯科医院 — 静岡県教育委員会
https://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/society/kyoutsu/shizuoka_bunkazai/tyubu_igarasi_shika.html

最終更新日: 2026.04.17