静岡県最古の国宝、平田寺の聖武天皇勅書
天平感宝元年(749年)閏五月廿日、聖武天皇は東大寺をはじめとする十二大寺に絁(あしぎぬ)・綿・墾田などを施入する勅書を発しました。『続日本紀』に記録されるこの寄進の施入願文が、奈良の都から遠く離れた静岡県牧之原市の禅寺、平田寺(へいでんじ)に現存しています。昭和27年(1952年)3月29日に国宝(古文書)に指定され、静岡県内の国宝としては最も古い時代のものとされています。
冒頭に大書された「勅」の一字は聖武天皇の宸筆と認められており、文書全面には改竄を防ぐため「天皇御璽」の朱印が隙間なく捺されています。
天平感宝という年号が刻む749年
勅書の年紀「天平感宝」は、日本史上でもきわめて短命な元号です。749年、陸奥国から日本で初めて産出した黄金が献上され、東大寺大仏の鍍金を案じていた聖武天皇はこれを仏の感応と受け止め、年号を天平感宝と改めました。同年7月には娘の孝謙天皇への譲位に伴い天平勝宝へ再改元されたため、天平感宝の年紀を持つ文書はそれ自体が希少です。
勅書の内容は、天下太平と万民和楽を祈願し、十二大寺に絁・綿・墾田等を寄進するというもの。『続日本紀』天平感宝元年閏五月の記事と対応し、このときの施入願文で現存するものは平田寺本が唯一とされます。譲位のわずか1か月余り前、大仏造立に心血を注いだ聖武天皇の治世最末期の発給文書ということになります。
国宝としての価値
第一の価値は宸筆にあります。聖武天皇の真筆は、正倉院宝物の聖武天皇宸翰雑集など数えるほどしか残っておらず、奈良時代の天皇の筆跡そのものが歴史資料として、また書として貴重です。
第二に、文書の末尾には時の左大臣橘諸兄と右大臣藤原豊成が副署しています。天皇の宸筆と太政官の最高首脳二人の署名が一紙に揃う点で、奈良朝の文書行政の実態を示す一級資料といえます。
第三に保存形態です。黄麻紙に楷書で記された本文の上に「天皇御璽」の印が全面に捺され、一行たりとも改変できない仕組みになっています。2025年の公開時には、金箔の見返しを添えた巻子装に仕立てられた姿が紹介されました。文化庁データベースには寸法の記載がなく、員数は1巻です。
なぜ遠州の禅寺に伝わったのか
近畿の大寺に宛てられた国家文書が、なぜ駿河湾を望む相良の地にあるのか。これは今も解かれていない謎です。文政元年(1818年)の時点で既に平田寺の所蔵であったことが確認できるのみで、伝来の経路を示す史料は見つかっていません。牧之原市はこれを「牧之原最大の歴史ミステリー」と呼んでいます。
平田寺は弘安6年(1283年)開創の臨済宗妙心寺派寺院で、山号は吸江山、本尊は釈迦如来。遠州地方で最も古い禅寺の一つに数えられます。開山の龍峯宏雲禅師は室町幕府初代将軍足利尊氏の叔父と伝わる人物です。宝暦8年(1758年)に田沼意次が相良藩主となると田沼家の香華寺として庇護を受け、天明6年(1786年)再建の本堂(市指定文化財)には田沼家専用の玄関が今も残ります。
拝観と周辺の楽しみ方
勅書は非公開で、牧之原市は寺への問い合わせも控えるよう案内しています。2012年に京都国立博物館へ貸し出された例があるほか、2025年3月22日・23日には秘仏聖観音菩薩立像の13年に1度の御開帳に合わせ、寺では初めての現地公開が行われ、1時間待ちの行列ができたと報じられました。次の公開機会は市や寺の発表を待つことになります。
境内の散策は通常も可能です。県指定文化財の石造宝塔は延慶3年(1310年)の造立。日本人として初めて国際的に活躍したオペラ歌手三浦環の記念碑も境内にあります。
周辺では、田沼意次の居城だった相良城跡と牧之原市史料館、重要文化財の大鐘家住宅(主屋・長屋門)が見どころです。内陸へ上がれば牧之原台地の広大な茶園が広がり、初夏には新緑の茶畝が地平まで続きます。アクセスは東名高速相良牧之原ICから車が便利で、公共交通ではJR静岡駅から相良方面行きの特急バスを利用し、相良営業所から先はタクシー等となります。
Q&A
- 聖武天皇勅書は見学できますか。
- 通常は非公開です。牧之原市は平田寺への問い合わせも控えるよう案内しています。2025年3月に初の現地公開が行われましたが、次回の公開予定は未定で、市や寺の発表を確認してください。
- 聖武天皇が自筆で書いたのはどの部分ですか。
- 冒頭に大きく記された「勅」の一字が宸筆とされています。本文は書記官の手になり、末尾に左大臣橘諸兄と右大臣藤原豊成が副署しています。
- なぜ静岡県の寺に伝わっているのですか。
- 伝来の経路は不明です。文政元年(1818年)には既に平田寺の所蔵であったことが確認されていますが、それ以前の足取りを示す史料は見つかっていません。
- 天平感宝とはどんな元号ですか。
- 749年、陸奥国からの産金を慶んで定められた元号で、同年中に天平勝宝へ改元されたため数か月しか使われませんでした。この年紀を持つ現存文書は希少です。
- 平田寺へのアクセスを教えてください。
- 車では東名高速相良牧之原ICからのアクセスが便利です。公共交通ではJR静岡駅から相良方面行きの特急バスで相良営業所まで行き、そこからタクシー等を利用します。境内に駐車場があります。
基本情報
| 名称 | 聖武天皇勅書(天平感宝元年閏五月廿日) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(古文書) 昭和27年(1952年)3月29日指定 |
| 員数 | 1巻 |
| 時代 | 奈良時代 天平感宝元年(749年) |
| 筆者 | 聖武天皇(「勅」字宸筆)、橘諸兄・藤原豊成副署 |
| 所有者 | 平田寺(臨済宗妙心寺派 吸江山) |
| 所在地 | 静岡県牧之原市大江459 |
| 公開 | 非公開(2025年3月22日・23日に初の現地公開) |
| アクセス | 東名高速相良牧之原ICから車、またはJR静岡駅から相良方面行き特急バス |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 聖武天皇勅書(天平感宝元年閏五月廿日)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/792
- しずおか文化財ナビ 聖武天皇勅書(天平感宝元年閏五月廿日)(静岡県)
- https://www.pref.shizuoka.jp/kankosports/bunkageijutsu/bunkazai/1002825/1041003/1041890/1004989/1021614.html
- 国宝「聖武天皇勅書」(牧之原市)
- https://www.city.makinohara.shizuoka.jp/soshiki/45/1495.html
- 平田寺(牧之原市)
- https://www.city.makinohara.shizuoka.jp/site/kanko/48206.html
最終更新日: 2026.06.10