佩表に刻まれた太鏨の二字

区下近く、刃寄りの位置に、太鏨で大振りに「真恒」の二字が切られている。生ぶ茎に目釘孔三つ。約九百年前、備前国の刀工がこの銘を刻んだ太刀は、いま駿河湾を見下ろす久能山の上、久能山東照宮博物館に伝わる。昭和26年(1951)6月9日、国宝に指定された工芸品第23号。同館はこの一口を「国宝太刀の横綱」と呼ぶ。

刃長89.4センチ、反り3.9センチ。三尺に迫る長寸で、身幅広く重ね厚く、腰反り高く踏張りの強い堂々たる姿である。優美で細身の太刀が主流をなした平安後期にあって、この豪壮さは際立つ。

古備前真恒という刀工

真恒は古備前派の刀工と伝わる。備前国は後の長船をはじめ日本刀史上最大の生産地となるが、その最初期に位置づけられるのが古備前の一群である。真恒自身の事績を伝える文献は乏しく、活動年代も確定していない。現存作は少なく、本作はその中でも群を抜く大作として知られる。

造り込みは鎬造、庵棟。鋒は猪首鋒で、長寸の割に詰まった力強い印象を与える。鍛えは小板目がよく詰み、地沸が細かにつく。刃文は小沸出来の小乱れに足・葉が入り、物打ちより上は互の目ごころに乱れ、帽子は浅くのたれ込んで丸く返る。文化庁の指定説明は、この勇大豪壮な姿を、名物大包平、重要文化財の利恒とともに平安時代後期における一形態を代表するものと位置づけている。

細身の太刀が並ぶ時代に、なぜこれほどの大太刀が鍛えられたのか。実戦用ではなく奉納や献上を目的としたとする見方もあるが、確かな記録は残らない。生ぶ茎のまま磨上げを免れ、銘とともに当初の姿を保って現代に至ったこと自体が、この太刀が代々大切に扱われてきた証である。

元和三年、秀忠の奉納

元和2年(1616)、徳川家康は駿府城で没し、遺命により久能山に葬られた。二代将軍秀忠は大工棟梁中井正清に命じて社殿を造営させ、わずか1年7か月で壮麗な社殿群が完成する。元和3年(1617)12月の遷宮に際し、秀忠がこの太刀を奉納した。久能山東照宮に納められた最初の刀剣である。

以後、歴代将軍による刀剣の寄進が続き、同宮の所蔵刀は40口ほどを数えるに至った。その筆頭に置かれてきたのが本作である。神格化された家康、すなわち東照大権現への最初の捧げ物として、当時すでに四百年余りを経た平安の名刀が選ばれた。

太刀には金梨地に桐紋を蒔絵で散らした鞘の糸巻太刀拵が付属する。金具は赤銅魚々子地に金色絵の桐紋を散らした総金具仕立てで、拵も指定に含まれる。桐紋を全面にあしらった格式高い拵は、将軍家の奉納にふさわしい威儀を備えている。

指定の歩み

本作は明治45年改元直後の大正元年(1912)9月3日に旧国宝(現行制度の重要文化財に相当)に指定され、戦後の文化財保護法下で昭和26年(1951)6月9日、改めて国宝に指定された。指定番号は工芸品第23号。新制度発足からわずか1年での指定であり、評価の高さがうかがえる。

平安時代の在銘太刀で、磨上げを受けず、これだけの長寸と健全さを保つ作例は極めて少ない。古備前の作風研究においても基準作の一つに数えられている。

拝観の手引き

本作は久能山東照宮博物館の所蔵だが、常設展示ではない。年に数回の特別展示の機会に公開されるのが通例で、過去には新春展示や御代替わりの記念展示などで姿を見せてきた。展示予定は同館公式サイトの「展示の紹介」ページで告知されるため、本作を目当てに訪れる場合は事前の確認が欠かせない。

展示替えの時期に当たらなくとも、同館には見るべきものが多い。収蔵品は2,000点を超え、家康の手沢品、歴代将軍奉納の刀剣・武具がまとまって伝わる点で他に類を見ない。家康が関ヶ原で用いた歯朶具足、御神体と同等に扱われた太刀ソハヤノツルキ(重要文化財)なども所蔵品に含まれる。

久能山に車道はない。日本平からロープウェイで5分、谷を渡って社殿脇に至る経路と、久能海岸側から1,159段の石段を約30分かけて登る表参道の二通りがある。石段の途中、振り返るたびに駿河湾の眺望が広がっていく。拝観は午前9時から、博物館の最終入館は16時45分。社殿と博物館の拝観料は別建てで、共通券も用意されている。

周辺の見どころ

ロープウェイの山上側、日本平は国指定の名勝地で、隈研吾設計の展望施設「日本平夢テラス」からは富士山と駿河湾、清水港を一望できる。山麓の久能海岸沿いには石垣いちごの栽培ハウスが連なり、例年12月から5月頃までいちご狩りが楽しめる。明治期にこの急斜面で考案された石垣栽培は、久能の名物として定着した。

湾を挟んだ対岸には、世界文化遺産「富士山」の構成資産である三保松原が位置する。車で30分ほどの距離にあり、久能山と合わせて巡る来訪者も多い。社殿そのものも見逃せない。元和3年完成の御社殿は建造物として国宝に指定されており、後の日光東照宮の原型となった権現造の精華である。その背後、最後の石段を上った先に家康の神廟が西を向いて立つ。

Q&A

Q太刀 銘真恒はいつでも見られますか。
A常設展示ではありません。久能山東照宮博物館の特別展示の際に公開されます。展示予定は同館公式サイトの「展示の紹介」ページで告知されるため、訪問前に確認することをおすすめします。
Q久能山東照宮へのアクセス方法は。
A久能山に車道はありません。JR静岡駅からバスで日本平へ向かい(約50分)、日本平ロープウェイで5分の経路と、久能海岸側から1,159段の石段を約30分登る経路があります。
Q作者の真恒はどのような刀工ですか。
A平安時代後期の備前国の刀工で、古備前派に属すると伝わります。事績を伝える文献は乏しく、現存作も少数です。本作はその中で最大級の作として知られています。
Q拵も一緒に見られますか。
A付属の金梨地桐紋蒔絵鞘の糸巻太刀拵も指定に含まれ、展示の機会には拵が併せて、あるいは単独で公開されることがあります。展示内容は会期ごとに異なるため、公式サイトでご確認ください。

基本情報

名称太刀〈銘真恒〉(たち めいさねつね)
指定区分国宝(工芸品・指定番号00023) 昭和26年(1951)6月9日指定/大正元年(1912)9月3日旧国宝指定
時代・作者平安時代後期 真恒(古備前派と伝わる)
員数・寸法1口 刃長89.4cm 反り3.9cm 元幅3.5cm 先幅2.2cm 鋒長3.5cm
所有者久能山東照宮
所在地静岡県静岡市駿河区根古屋390 久能山東照宮博物館
公開状況特別展示時のみ公開 博物館は年中無休 9:00〜17:00(最終入館16:45)

参考文献

国指定文化財等データベース「太刀〈銘真恒/〉」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/309
久能山東照宮博物館「展示の紹介」
https://www.toshogu.or.jp/kt_museum/exhibi/
久能山東照宮博物館「ご利用案内」
https://www.toshogu.or.jp/kt_museum/guide/
地域観光資源の多言語解説文データベース「久能山東照宮 国宝 太刀 銘 真恒」(観光庁)
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R3-00059.html

最終更新日: 2026.06.10