国宝「太刀 銘一」とは

茎(なかご)の目釘孔のすぐ上に、鏨(たがね)太く「一」の一字。それがこの太刀の銘のすべてである。鎌倉時代中期、備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)で栄えた福岡一文字派の作とみられ、昭和27年(1952年)11月22日に国宝へ指定された。それに先立つ昭和11年(1936年)9月18日には重要文化財(旧国宝)の指定を受けている。現在は静岡県三島市の佐野美術館に寄託され、刀剣展の折に公開される。

刃長70.9センチ、反り3.0センチ。元幅3.3センチに対し先幅2.2センチと、腰元で張り、先へゆくほど引き締まる。鋒(きっさき)の長さは3.8センチ、茎長21.5センチ。鎬造、庵棟で、腰反りにわずかな先反りが加わり、踏張りのある堂々とした姿を示す。

福岡一文字派の刀工たちは、個人名ではなく流派の標章である「一」の字だけを銘に切ることが多かった。本作も同様で、作者個人は特定されていない。

指定の理由と刀としての価値

見どころは何といっても刃文である。華やかな大丁子乱(おおちょうじみだれ)。丁子の実を思わせる大ぶりの乱れが刃に沿って連なり、足・葉がよく入り、腰刃ごころを帯びる。地鉄は板目肌がよく約(つ)み、乱れ映りが立つ。小沸(こにえ)がつき、金筋がかかる。帽子はほぼ焼詰めとなり、裏には掃きかけが見られる。表裏には棒樋を掻き流す。

文化庁の指定記録の解説は、この太刀の希少性を端的に述べている。福岡一文字の作で本作のような沸出来(にえでき)のものは稀である、と。一文字派の刃文は匂出来が主流であるだけに、粒立った沸の輝きをまとう本作は、流派の中でも異色の存在ということになる。加えて「総体に至極健全」、つまり研ぎ減りの少ない健全な状態で伝来したことも高く評価されている。

生ぶ茎(うぶなかご)であることも見逃せない。茎先は栗尻、鑢目は勝手下がり、目釘孔は二つ。製作当初の姿を大きく損なわずに残している点が、資料的価値を一層高めている。

長篠の戦いと「長篠一文字」

この太刀には戦国史の一場面が結びついている。指定記録の伝来欄には、長篠の戦いに際し、籠城の功を賞して織田信長が奥平信昌に与えた、とある。

天正3年(1575年)5月、奥平信昌はわずか500ほどの手勢で三河長篠城に籠もり、武田勝頼の大軍の猛攻を支え抜いた。この粘りが織田・徳川連合軍の到着を可能にし、設楽原での決戦、いわゆる長篠の戦いへとつながる。指定記録は信長から信昌への下賜を「天正四年」と記しており、合戦そのものの年次(天正3年)とは一年の開きがある。恩賞の授与が合戦の翌年に行われたとも解せるが、確かなことは分からない。

この由緒から、本作は「長篠一文字」の異名で親しまれている。なお、同じ籠城の功に対して徳川家康からは長光の太刀(大般若長光)が与えられたとも伝わる。

一字の銘を持つ太刀が、一城を守り抜いた武功に報いる品として選ばれた。後世の刀剣愛好家がこの符合を好んで語るのも頷ける。

佐野美術館での鑑賞

本作は静岡県の企業である株式会社マキリの所有で、平成26年(2014年)7月から公益財団法人佐野美術館に寄託されている。常設展示ではなく、同館が定期的に開催する刀剣展や、他館への貸出展示の機会に公開される。鑑賞を目的に訪れる場合は、事前に同館の展覧会情報を確認しておきたい。

展示ケースの前に立ったら、まず茎の「一」字銘を確かめ、それから刃文へ目を移すとよい。照明の角度によって、刃中の金筋が細い光の筋となって浮かび上がる。腰元の張りと深い腰反りが生む量感は、鎌倉中期の備前刀らしい力強さそのものである。

佐野美術館は昭和41年(1966年)開館。長船長光の薙刀(国宝)をはじめ刀剣の優品を多数収蔵し、敷地内には富士山の湧水を引き込んだ回遊式庭園「隆泉苑」が広がる。開館時間は10時から17時(入館は16時30分まで)。

周辺情報・アクセス

佐野美術館へは、伊豆箱根鉄道駿豆線「三島田町駅」から徒歩約5分。JR三島駅からは駿豆線で2駅、徒歩なら約20分の距離である。三島駅は東海道新幹線で東京から1時間弱。

三島は富士山の伏流水が湧き出す水の街として知られる。源兵衛川の清流沿いに整備された散策路、源頼朝の旗挙げ伝承で名高い伊豆国一宮・三嶋大社、三島駅前の楽寿園など、美術館と組み合わせて半日で歩ける見どころが揃う。足を延ばせば、日本最長級の歩行者専用吊橋・三島スカイウォークから富士山を望むこともできる。

Q&A

Q太刀 銘一はいつでも見られますか。
A常設展示ではありません。佐野美術館の刀剣展などで期間を限って公開されるほか、他の美術館へ貸し出されることもあります。訪問前に同館の展覧会情報の確認をおすすめします。
Q銘が「一」の一字だけなのはなぜですか。
A備前福岡一文字派の刀工は、個人名ではなく流派の標章である「一」の字を銘に切る習わしがあったためです。そのため本作の作者個人は特定されていません。
Q「長篠一文字」という呼び名の由来は何ですか。
A長篠城籠城の功を賞して織田信長が奥平信昌に与えたという伝来にちなみます。指定記録の伝来欄にもこの経緯が記されています。
Q佐野美術館へのアクセスを教えてください。
A伊豆箱根鉄道駿豆線「三島田町駅」下車、徒歩約5分です。JR三島駅から駿豆線に乗り換えて2駅、三島駅から徒歩の場合は約20分かかります。

基本情報

名称太刀〈銘一〉(たち めい いち)
指定区分国宝(工芸品) 指定番号00080
指定年月日重要文化財:昭和11年(1936年)9月18日/国宝:昭和27年(1952年)11月22日
時代鎌倉時代中期 福岡一文字派
員数1口
寸法身長70.9cm 反り3.0cm 元幅3.3cm 先幅2.2cm 鋒長3.8cm 茎長21.5cm
所有者株式会社マキリ(平成26年7月12日から佐野美術館へ寄託)
所在地佐野美術館 静岡県三島市中田町1-43
公開状況常設展示なし。刀剣関連の展覧会等で期間限定公開

参考文献

国指定文化財等データベース「太刀〈銘一〉」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/368
しずおか文化財ナビ「太刀 銘一」(静岡県)
https://www.pref.shizuoka.jp/kankosports/bunkageijutsu/bunkazai/1002825/1041003/1041888/1004969/1020942.html
佐野美術館 公式サイト
https://sanobi.or.jp/
WANDER 国宝「太刀 銘 一」
https://wanderkokuho.com/201-00368/

最終更新日: 2026.06.10