国策としての模範工場、大谷石で建つ

アンタレススポーツクラブ(旧足利模範撚糸工場)は、栃木県足利市田中町906-13にある明治36年(1903年)竣工の石造工場建築で、平成11年(1999年)11月18日に国の登録有形文化財に登録された。

建設の背景は明治政府の輸出絹織物振興策にある。撚糸は生糸に撚りをかけて織糸に仕立てる工程で、この精度が織物の風合いと歩留まりを左右する。技術水準の底上げを図るため、国は模範撚糸工場を桐生・米沢・福井・京都・富山・足利の全国6か所に設けた。足利の工場は足利模範撚糸合資会社によって建てられ、この6か所のうち建物が現存するのは足利のみである。

外壁は大谷石積。宇都宮北郊で採掘される淡灰色の凝灰岩で、加工が容易な反面、風化に伴って表面のミソが露出し独特の斑を生じる。壁面には控壁を一定の間隔で突出させ、その間に半円アーチを載せた縦長窓を連ねる。ロマネスク風と評される所以で、この開口部の律動が建物全体の洋風の骨格を規定している。

屋根は2つ連なる鋸屋根とし、北面に大きな明かり窓を設ける。直射を避けつつ安定した採光を工場床に落とす19世紀以来の常套手段である。建築面積は530平方メートル。

細部で注目したいのは雨樋の納まりである。竪樋を壁面に露出させず、控壁と軒蛇腹をくり抜いて内部を通しており、外から水の経路が見えない。石積の面を分断しないための処理で、意匠上の判断がここに明確に表れている。

工場から運動施設へ、活用による保存

会社はのちに両野工業株式会社と改称し、建物は昭和51年(1976年)まで工場として稼働した。昭和60年(1985年)、アンタレススポーツクラブとして再開。大谷石の壁面と木造の高い小屋組をそのまま残したまま、トレーニングフロアとスタジオが置かれている。

この種の転用は現在では一般的だが、昭和60年の時点では例が少なかった。足利における近代化遺産活用の先駆と位置づけられている。元の形のまま保存しても雇用は生まれない。新しい機能を与えれば、そこで働く人と訪れる人が生じ、その往来が建物を次の世代へ運ぶ。この論理は足利のその後の事例にも引き継がれている。

登録は平成11年(1999年)、登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」による。国宝・重要文化財を多数抱える足利市にあって、登録有形文化財としては第一号にあたる。平成19年(2007年)には経済産業省の近代化産業遺産にも認定された。両毛地域の絹織物業に関わる遺産群としての位置づけである。

足利と隣接する桐生の双方に模範工場が置かれた事実は、当時の政府が輸出産業の要をどこに見ていたかを示す。桐生の建物は失われた。足利が残ったのは、一つの製造会社が73年にわたって使い続け、その後に別の用途を見出したからである。

見学の実際と見どころ

現役の運動施設であり、内部は会員および有料利用者に開かれている。観光目的の内部見学はできず、足利市も内部の見学は不可としている。足利市観光協会はサイクリング・ウォーキングのモデルコース上に外観見学地点として掲載し、所要5分を目安としている。

公道からの外観の見学と撮影は自由である。

立面は一瞥で済ませるには惜しい。窓上のアーチは一つずつ確認したい。迫石を組んだ構成で、目地の風化の進み方が均一でないため、現在のアーチは互いに完全には一致していない。控壁は構造材であると同時に排水経路でもある。2つの鋸屋根が同時に視野に入る距離まで下がると、西側から見た際の特徴的なシルエットが立ち上がる。

大谷石は天候で表情が変わる。西日を受けると黄味を帯び、曇天では平板な灰に沈み、雨後は面が暗く締まってミソが際立つ。曇りの日を選ぶ理由はない。

アクセスは東武伊勢崎線足利市駅から西へ徒歩5分ほど。浅草から特急と普通列車を乗り継いで1時間半強の距離である。渡良瀬川を渡れば、日本最古の学校とされる史跡足利学校や、本堂が国宝の鑁阿寺まで徒歩20分程度。中世の町並みと合わせて半日で回る行程に無理なく収まる。

Q&A

Qアンタレススポーツクラブ(旧足利模範撚糸工場)の内部は見学できますか。
A現役の運動施設のため、観光目的の内部見学はできません。足利市も内部の見学は不可としています。公道からの外観の見学と撮影は自由です。
Q旧足利模範撚糸工場はなぜ貴重なのですか。
A明治政府の輸出絹織物振興策により桐生・米沢・福井・京都・富山・足利の6か所に建設された模範撚糸工場のうち、建物が現存する唯一の例だからです。足利市では登録有形文化財の第一号にあたり、平成19年(2007年)には近代化産業遺産にも認定されています。
Q旧足利模範撚糸工場はいつ建てられ、いつスポーツクラブになりましたか。
A明治36年(1903年)に足利模範撚糸合資会社の工場として建てられ、のちに両野工業株式会社と改称して昭和51年(1976年)まで操業しました。昭和60年(1985年)にアンタレススポーツクラブとして再開。登録は平成11年(1999年)11月18日、告示は同年12月2日です。
Q旧足利模範撚糸工場の建築上の見どころはどこですか。
A控壁付きの大谷石積の外壁、半円アーチを載せた縦長窓の連続、北面に大きな明かり窓をとった2連の鋸屋根です。竪樋を控壁と軒蛇腹の内部に通して外部に露出させない納まりも、意匠上の判断がうかがえる箇所です。
Qアンタレススポーツクラブへの行き方と、周辺の見どころを教えてください。
A東武伊勢崎線足利市駅から西へ徒歩5分ほどです。浅草からは特急と普通列車の乗り継ぎで1時間半強。渡良瀬川を渡って徒歩20分程度の範囲に、史跡足利学校と本堂が国宝の鑁阿寺があります。

基本情報

名称アンタレススポーツクラブ(旧足利模範撚糸工場)
所在地栃木県足利市田中町906-13
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号09-0020/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。平成19年(2007年)近代化産業遺産認定
指定年平成11年(1999年)11月18日登録、同年12月2日告示(第21回登録)
員数1棟
寸法石造平屋建、瓦葺、建築面積530平方メートル
所有者両野工業株式会社
公開状況公道からの外観見学のみ。内部は運動施設として稼働中で観光見学不可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/アンタレススポーツクラブ(旧足利模範撚糸工場)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001405
文化遺産オンライン/アンタレススポーツクラブ(旧足利模範撚糸工場)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/148015
足利市/アンタレススポーツクラブ(旧足利模範撚糸工場)
https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/education/000029/000169/000627/p000943.html
足利市/登録有形文化財(建造物)一覧
https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/education/000029/000169/000627/p001307.html
足利市観光協会/旧足利模範撚糸工場を含むモデルコース
https://www.ashikaga-kankou.jp/recom/detail/id=864

最終更新日: 2026.08.24