鎌倉後期の袴腰付鐘楼
鑁阿寺鐘楼(ばんなじしょうろう)は、栃木県足利市家富町にある鎌倉後期の鐘楼で、明治41年(1908年)8月1日に重要文化財に指定された。足利氏の居館跡と伝わる境内の北西寄りに建ち、周囲を土塁と濠が囲む一画に収まっている。
文化庁は年代を鎌倉後期、西暦でいえば1275年から1332年の範囲としている。寺伝では建久7年(1196年)に本堂と同時に建てられたとされ、現在の建物はその後の再建にあたる。ただし再建の時期はわかっていない。足利市の文化財紹介も「その時期はわかっていません」と明記しており、推測で埋めていない点はむしろ信頼できる。
はっきりしているのは指定の日付である。鐘楼と本堂は明治41年8月1日に同時に、古社寺保存法による特別保護建造物として指定を受けた。以来この二棟は記録の上で対になっている。のちに国宝へ格上げされたのは本堂のみだが、出発点は同じだった。
形をどう読むか
規模は桁行三間、梁間二間。入母屋造の本瓦葺で、下部に袴腰が付く。この袴腰が最初に目を引く要素になる。下層を外へ傾いた板張りの壁で覆う形式で、建物は広い裾から上へすぼまっていき、視覚的な重心が低い位置に落ち着く。その上の鐘をつる部分は四方吹放しとなっている。
袴腰付という形式と中世という年代が重なる例は、全国的に見ても多くない。この鐘楼が指定を受けている理由の一端はそこにある。
指定の理由は細部にある
足利市が価値の根拠として挙げているのは、輪郭よりも細部である。木鼻や斗栱に、鎌倉の禅宗寺院を通じて13世紀頃から入ってきた中国由来の様式、すなわち禅宗様の特色がよく現れている。市の解説は、建物の形状やつくり方の全体にわたってその特色が読み取れる点を捉え、大変珍しく貴重な建物と位置づけている。
この評価は、少し歩いた先に建つ本堂と同じ線上にある。鑁阿寺は真言宗の寺であり、禅宗とは教義上の接点を持たない。それでも中世の建物は、当時手に入る最新の外来様式を吸収していた。本堂ではその過程が大規模な仏堂の水準で現れ、平面は定型を守りつつ組物が刷新された。鐘楼では、儀礼上とりたてて意匠を凝らす必要のない小規模な附属建築の水準で、同じことが起きている。
二棟を並べて見ると、禅宗様がこの寺で一度きりの装飾的な試みではなく、当時ここで仕事をした工匠たちの標準的な語彙だったことがうかがえる。
吊られている鐘のこと
中央に吊られた梵鐘は中世のものではない。江戸時代の再鋳で、同じ栃木県の佐野を中心とする天明鋳物の系譜に属する。天明鋳物は茶の湯釜などで古くから名の通った産地で、その製品は国外へも広く流通した。13世紀の鐘楼に江戸期の鐘が下がっているのは珍しいことではない。青銅の鐘は溶かされ、あるいは割れ、鋳直される機会が、それを収める木造の建物が生き延びる年月よりもずっと多かったからである。
上層が四方吹放しであるため、鐘そのものは地上から特別な許可なく見上げることができる。撞座まわりの蓮弁の帯や、肩の部分に並ぶ乳(ち)と呼ばれる突起に目を向けてほしい。日本の梵鐘に共通する意匠で、表面に独特の起伏を与えている。
見学の実際
鑁阿寺の指定建造物三棟のうち、最も気兼ねなく観察できるのがこの鐘楼である。境内は「大日苑」と呼ばれる都市公園として開放されており入場は無料。予約もいらず、四方から眺められる。参拝時間はおおむね9時から16時まで。
南の楼門から入ると、本堂の先、左手に鐘楼が見えてくる。ぜひ一周してほしい。袴腰は板の張り方に光がどう当たるかで印象が変わり、面ごとに違って見える。組物が働いている上層の軒下は、近づいて見上げる位置からが最もよくわかる。
境内での撮影は可能。ここでも午前中のほうが条件がよく、西側に建つものは午後になると逆光に回る。
交通は難しくない。JR両毛線足利駅から徒歩約10分、東武伊勢崎線足利市駅から徒歩約15分。車の場合は北関東自動車道足利インターチェンジから10〜15分ほどで、太平記館に無料の観光駐車場がある。問い合わせは鑁阿寺(0284-41-2627)へ。
日本の寺の鐘は大晦日に除夜の鐘として撞かれ、一年の大半を静かに過ごす鐘楼がその晩だけ働く。年末年始に足利にいるなら境内の賑わいに出会うことになる。もう一つの日付は2月の節分の夜で、鎧年越しの武者行列がこの境内で行われる。
南東へ数分歩けば史跡足利学校がある。二か所を続けて回るのが一般的な歩き方になっている。
Q&A
- 鑁阿寺鐘楼は見学できますか。拝観料は必要ですか。
- 見学できます。鐘楼は開放された境内に建っており、境内は都市公園として無料で開放されています。予約は不要で、建物の四方から眺めることができます。参拝時間はおおむね9時から16時までです。
- 鑁阿寺鐘楼はいつ建てられ、いつ指定されたのですか。
- 文化庁は年代を鎌倉後期(1275〜1332年)としています。重要文化財の指定は明治41年(1908年)8月1日で、本堂と同じ日付です。寺伝では建久7年(1196年)に最初の鐘楼が建てられ、現在の建物はその後の再建とされますが、再建の時期は判明していません。
- 鑁阿寺鐘楼に吊られている梵鐘は創建当初のものですか。
- いいえ。現在の梵鐘は江戸時代の再鋳によるもので、栃木県佐野を中心とする天明鋳物の系譜に属します。建物は中世のものですが、鐘は江戸期の作です。
- 鑁阿寺鐘楼の下部が広がっている構造は何と呼びますか。
- 袴腰(はかまごし)といいます。下層を外へ傾いた板壁で覆う形式で、袴の形に似ることからこの名があります。その上の鐘をつる部分は四方吹放しです。袴腰付で中世にさかのぼる鐘楼は全国的にも例が限られます。
- 鑁阿寺鐘楼へは電車でどう行けばよいですか。
- JR両毛線足利駅から徒歩約10分、東武伊勢崎線足利市駅から徒歩約15分です。いずれも都心からおおむね2時間程度。境内は四方に門があり、鐘楼は敷地の北西寄りに建っています。
基本情報
| 名称 | 鑁阿寺鐘楼(ばんなじしょうろう) |
|---|---|
| 所在地 | 栃木県足利市家富町 |
| 指定区分 | 重要文化財 |
| 指定年 | 明治41年(1908年)8月1日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行三間、梁間二間、袴腰付、入母屋造、本瓦葺 |
| 所有者 | 鑁阿寺 |
| 公開状況 | 境内から常時見学可能(無料)。内部は非公開 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「鑁阿寺鐘楼」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/267
- 文化遺産オンライン「鑁阿寺鐘楼」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/121277
- 足利市観光協会「鑁阿寺」
- https://www.ashikaga-kankou.jp/spot/bannaji
- とちぎ旅ネット「鑁阿寺」
- https://www.tochigiji.or.jp/spot/s12531/
最終更新日: 2026.07.29