好古壱番館(旧安達呉服店店舗)——蔵の街に佇む大正モダンの洋風建築

栃木県栃木市、旧日光例幣使街道沿いに続く黒塗りの見世蔵の町並み。その重厚な景観の中に、ひときわ明るい石張り風の柱とアーチのポーチ、急勾配のマンサード屋根にドーマー窓が愛らしく顔をのぞかせる一棟があります。国の登録有形文化財に登録されている「好古壱番館(旧安達呉服店店舗)」です。大正12年(1923年)に呉服商の店舗として建てられたこの建物は、蔵の街・栃木に生まれた本格的な西洋建築の初期例として知られ、今日も訪れる人々を大正モダンの空気へと誘います。

江戸から大正へ、変化の時代に生まれた建物

栃木市は江戸時代から日光例幣使街道の宿場町として、また市街を流れる巴波川の舟運により江戸との交易で栄え、「北関東の商都」と呼ばれた歴史ある町です。街道沿いには富裕な商人たちの手で黒漆喰の重厚な見世蔵(蔵造りの店舗)が次々と建てられ、現在も往時を偲ばせる町並みが残されています。

やがて大正時代(1912年–1926年)に入ると、時代の空気は大きく変わります。新時代の感覚を身に付けた商人たちは、これまでの蔵造りに代わって、モダンな洋風建築を店舗や住居に採り入れ始めました。江戸末期から呉服類を手広く商っていた安達家もまた、大正12年(1923年)に洋風の新店舗を建て、街道沿いに颯爽と姿を現します。黒く重い見世蔵が並ぶ中に、石造り風の柱とアーチを備えた軽やかな洋館が登場したその光景は、当時の栃木の町にとって鮮やかな事件であったに違いありません。

なぜ登録有形文化財に指定されたのか

好古壱番館は、平成12年(2000年)10月18日付で国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録番号は09-0033です。評価のポイントは、大きく二つあります。

第一に、栃木の蔵造りの町並みの中に点在する洋風建築のうち、保存状態の良い初期の事例であること。第二に、大正期の意匠を非常によく表現している点です。正面一階をポーチ状に張り出し、銅板葺の寄棟マンサード屋根を架け、屋根窓(ドーマー)を設け、柱や扁平アーチ部を石張で石造風に仕上げる——こうした西洋建築の語彙を、日本の大工たちが和の技術で丁寧に再構成した姿がよく残されています。小さな建物ながら、時代の空気をまるごと封じ込めたような一棟といえるでしょう。

見どころ——細部に宿る大正モダン

建築面積はわずか56㎡と決して大きくはありませんが、見どころは細部に満ちています。一階正面が道路側に張り出したポーチ状の構えは、来店客を招き入れる玄関であると同時に、二階の住居部分のバルコニーの役割も担っています。

最大の特徴は屋根の形です。急勾配の下面と緩やかな上面からなる寄棟マンサード屋根はフランス由来の意匠で、屋根裏を居室として利用できる利点があります。屋根窓(ドーマー)の下には三角形のペディメントが設けられ、そこには安達家の家紋が掲げられてきました。軒まわりには軒蛇腹が巡らされ、洋風意匠を引き締めています。なお屋根材は現在の銅板葺に改められていますが、建築当初はスレート葺であったと伝えられます。

柱や玄関上部の扁平アーチは、木造でありながら石張で仕上げられ、遠目には石造りの建築のように見えるよう工夫されています。洋風の正面の奥には伝統的な土蔵が連なっており、モダンな意匠を掲げながらも呉服商としての歴史を大切にした、安達家の矜持が感じられる構成です。

今日の好古壱番館——そばと大正の空気を味わう

平成11年(1999年)からは、一階部分に手打ちそばの店「小江戸そば好古壱番館」が営業しています。空き店舗となっていた文化財建築を、市内の事業主らが株主のまちづくり会社によって活用したのが始まりで、観光客が蔵の街散策の途中に立ち寄る人気店となっています。栃木県産と北海道産などのそば粉を合わせた手打ちそばや、栃木名物のじゃがいも入り焼きそば、季節の旬菜そばなどを、大正期そのままの洋館の中で味わうことができます。

アクセスは、JR両毛線・東武日光線の栃木駅北口から徒歩約13〜15分。蔵の街大通り沿い、とちぎ山車会館の向かい側という分かりやすい立地です。東京方面からは東武線の特急を利用すれば、浅草から栃木駅まで約1時間。日帰り旅にも十分組み込める距離です。

周辺のみどころ

好古壱番館の周辺には、蔵の街ならではの魅力的なスポットが徒歩圏内に集まっています。建物の向かい側に建つ「とちぎ山車会館」では、栃木秋まつりで町中を巡行する豪華絢爛な山車が常時展示され、迫力のある映像とともに祭りの文化を体感できます。すぐ隣には「あだち好古館」があり、江戸末期から呉服問屋を営んできた初代安達幸七が蒐集した浮世絵、書画、彫刻、古美術品などが、百年以上前の土蔵の中で展示公開されています。

少し足を延ばせば、町の中心を流れる巴波川のほとりへ。黒塀と柳並木の下を悠々と泳ぐ鯉、そして「蔵の街遊覧船」に揺られれば、江戸から昭和にかけての舟運の風景がよみがえります。そのほか、とちぎ蔵の街美術館、横山郷土館、塚田歴史伝説館など、見世蔵や商家を活用した文化施設が点在し、町全体が屋根のない博物館のような趣を見せています。

Q&A

Q好古壱番館は中に入って見学できますか?
Aはい。一階部分は「小江戸そば好古壱番館」として営業しており、食事利用の形で建物の内部の雰囲気を楽しむことができます。外観は通りから自由に鑑賞することができます。
Qこの建物の建築的な特徴を教えてください。
A蔵の街・栃木市に建てられた本格的な洋風建築の初期例で、銅板葺の寄棟マンサード屋根、屋根窓(ドーマー)、ポーチ状に張り出した一階正面、柱や扁平アーチ部の石張仕上げなど、大正期の洋風意匠がコンパクトな建物に凝縮されている点が特徴です。
Q蔵の街の散策にはどのくらい時間がかかりますか?
A蔵の街大通りを歩き、博物館や美術館を一、二か所訪ね、巴波川の遊覧船に乗って食事を楽しむ場合、半日ほどが目安です。じっくり建築や歴史を楽しみたい方は丸一日を想定すると余裕があります。
Q東京方面からのアクセスは便利ですか?
A東武日光線の特急を利用すれば浅草駅から栃木駅まで約1時間で到着し、駅から好古壱番館までは徒歩約15分です。日帰り旅行にも十分に組み込める距離です。
Qなぜ栃木市は「小江戸」と呼ばれるのですか?
A戦時中に空襲の被害をほとんど免れたため、江戸時代から明治・大正期にかけて建てられた見世蔵や商家の町並みが現在もよく残されており、かつての江戸の情緒を感じさせることから「小江戸」の愛称で親しまれています。

基本情報

名称 好古壱番館(旧安達呉服店店舗)
所在地 栃木県栃木市万町4-2
竣工 大正12年(1923年)
構造 木造2階建、鉄板葺、建築面積56㎡、1棟
文化財種別 登録有形文化財(建造物)、登録年月日:平成12年(2000年)10月18日
登録番号 09-0033
現在の利用 小江戸そば好古壱番館(手打ちそば店)
アクセス JR両毛線・東武日光線「栃木駅」北口から徒歩約13〜15分

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)— 好古壱番館(旧安達呉服店店舗)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192879
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001879
好古壱番館 — ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/好古壱番館
栃木市観光協会 — あだち好古館
https://www.tochigi-kankou.or.jp/spot/adachikoukokan
栃木県/蔵の街栃木
https://www.pref.tochigi.lg.jp/c05/intro/tochigiken/miryoku/kennan/002.html
トーキョー建築トリップ — 栃木市で建築巡り!おススメの名建築15選
https://yamakenlab.com/archives/tochigi-tochigi.html

最終更新日: 2026.04.22