発光路の強飯式 ― 足尾山地の山里に続く、正月三日の「責め」の行事
正月三日の朝、栃木県鹿沼市の山あいにある発光路(ほっこうじ)の集落で、膳を前に平身低頭する人へ向かって、山伏に扮した男が数を読み上げる。「酒なら三十三杯、湯が五杯、強飯七十五膳がお定まり。一粒、一菜の許しをしないぞ」。かたわらの強力(ごうりき)が、二又の責め棒を相手の首筋に押し当てる。座敷には笑いが起きる。これが、発光路妙見神社の祭り当番の引き継ぎとともに行われる、発光路の強飯式である。
強飯とは、時を定めて人間界を訪れる神仏を、人々が心づくしの御馳走でもてなす習俗にもとづく。一度に大量の飯や芋、酒を受け手に強いるところから、その名がついた。発光路では、この行事が祭礼の当番を一戸から次の一戸へ引き渡す節目を兼ねている。
山里と妙見神社
発光路は、鹿沼市上粕尾の一画にあたる。足尾山地を流れる粕尾川沿いに家々が点在する山村で、古くから日光修験との結びつきが強い土地である。横根山・地蔵岳と、近接する古峯ヶ原(こぶがはら)高原は、春峯修行の重要な巡路であったと伝わる。
集落の鎮守である妙見神社は、かつて権現様とも呼ばれた。文禄四年(一五九五)に日光から遷宮されたという伝承も残る。行事全体に、この北方の聖地とのつながりが及んでいる。日光責めという異名が指すのも同じ源で、日光山輪王寺の強飯式や、生岡神社の子供強飯式とも共通する内容をもつ。
歴史と指定
地元の口碑伝承では、この行事は延文年間(一三五六〜一三六一)、南北朝期から行われてきたとされる。文献ではなく集落の記憶にもとづく年代であり、村が自らの古さをどう語り継いできたかを示すものとして受けとめたい。確かなのは、後に受けた評価のほうである。平成八年(一九九六)十二月二十日、国は発光路の強飯式を重要無形民俗文化財に指定した。
指定の区分は、祭礼にかかわる風俗慣習で、我が国の基盤的な生活文化の特色を示す典型例として位置づけられている。その価値の一端は、座に着いた人々が受ける「責め」そのものにある。祭り当番の受け渡しと並んで、村の一員としてのあるべき心得を、とりわけ新しく加わる者へ説き聞かせる役割をこの行事は担っている。
座敷で起きること
当日はまず、朝のうちに妙見神社で神事が営まれる。その後、参加者は発光路公民館に集まる。当番宿からはヨビツカイと呼ばれる子どもたちが各戸を訪れ、座への着座を促してまわる。
最初に行われるのが、当渡し(とうわたし)である。子どもの相伴のもと、今回の当番である古太夫(ことだゆう)から、次の当番の新太夫(しんだゆう)へ神酒が注がれる。座の一同がこれを分かち飲みすることで、当番の引き渡しが認められる。古太夫は烏帽子に直垂、新太夫は紋付き羽織の姿で臨む。
太鼓が三度打ち鳴らされると、責めが始まる。きらびやかな装束の山伏がまず立ち姿で入り、行事の故事来歴を述べる。続く強力は、立て膝のまま床を踏み鳴らし、戸障子を揺り動かしながら座に進む。責め棒を声高らかに突き立て、両手で目の上まで押し戴いてから、自らの口上に移る。
二人は新太夫へ向き直り、酒・湯・飯七十五膳の例の口上を述べて高盛飯を強いる。膳を前に低頭する一人ひとりに、強力は二又の責め棒を首筋へ当てていく。花婿や、初めて座に着く新客には、土地の習わしや村人としての心得を申し渡す。ほかの客には、神の名のもとに一年の行跡を量り、感謝の言葉を、あるいは遠慮のない苦言を投げかける。厳かさと滑稽さが同居する場で、強力の口上は見物の笑いを誘うほどに切れがよい。
新太夫の周りには、決まった役どころが顔を揃える。古太夫、次の当番となる脇太夫、遠来の名士である遠客、本戸以外から初めて連なる新客、そして近年婿入りした花婿。これに氏子各戸から一人ずつが加わって座を構成する。
最後の一人まで責め終えると、強力は立ち上がる。謡に合わせて相撲さながらの四股を踏み、山伏の周りを右回りに三度まわって式を締めくくる。
発光路を訪ねる
強飯式は年に一度、一月三日に営まれる。近年の進行では、神事がおよそ九時から十時まで、強飯式は公民館でおよそ十時から十一時半まで行われている。供される料理は、かつては当番の家で調えられていたが、現在は神社の青年部が用意している。
集落は山深い場所にあり、足を運ぶには下調べがいる。JR鹿沼駅または東武新鹿沼駅から、関東バスの上粕尾行きに乗り、終点まで約七十分。正月の山あいは冷え込みが厳しく、便数も限られるため、早めの行動が安心である。日取りや交通の状況は年によって変わりうるので、出かける前に鹿沼市教育委員会へ確認しておくとよい。
Q&A
- 「強飯式」とは何ですか。
- 時を定めて訪れる神仏を盛大な御馳走でもてなし、選ばれた受け手に大量の飯や酒を強いる古い習俗にもとづく行事です。受け手に強いる、すなわち「強(し)いる飯」というところから強飯と呼ばれます。
- 見学はできますか。
- 毎年一月三日、朝の神事に続いて発光路公民館で公開されます。強力の口上は周囲に聞かせるためのものでもあり、見物人も古くから場の一部です。訪れる前に鹿沼市教育委員会へ最新の状況を確認してください。
- 本当に七十五膳もの飯を食べるのですか。
- いいえ。膨大な数は儀礼の決まり文句で、実際の食事量ではありません。受け手は高く盛り上げた飯を受け、口上に対して低頭して受ける所作をとります。数字は膳の上ではなく、述べられる口上のなかにあります。
- なぜ日光と結びついているのですか。
- この行事は日光修験の山岳信仰の流れをくむもので、日光責めの異名もそこに由来します。山伏と強力という登場人物や、責めて飯を強いる構成は、日光山輪王寺の強飯式と通じるものです。
- 発光路へはどう行けばよいですか。
- JR鹿沼駅または東武新鹿沼駅から、関東バスの上粕尾行きに乗り、終点まで約七十分です。山里で冬場の天候は厳しく便数も少ないため、交通手段をよく確かめ、防寒の備えをして出かけてください。
基本情報
| 名称 | 発光路の強飯式(ほっこうじのごうはんしき) |
|---|---|
| 所在地 | 栃木県鹿沼市上粕尾発光路 |
| 指定区分 | 重要無形民俗文化財(風俗慣習・祭礼/信仰) |
| 指定年月日 | 平成八年(一九九六)十二月二十日 |
| 保護団体 | 発光路妙見神社青年部 |
| 開催 | 毎年一月三日(神事 約九時〜十時、強飯式は発光路公民館で約十時〜十一時半) |
| 由来(伝承) | 口碑伝承では延文年間(一三五六〜一三六一)からと伝わる |
| アクセス | JR鹿沼駅・東武新鹿沼駅から関東バス上粕尾行きで約七十分、終点下車 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/677
- 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/137004
- 鹿沼市公式ホームページ
- https://www.city.kanuma.tochigi.jp/0299/info-0000001963-1.html
- 鹿沼市観光情報サイト「鹿沼日和」
- https://kanuma-kanko.jp/purpose/発光路の強飯式/
- とちぎ旅ネット
- https://www.tochigiji.or.jp/event/e16080/
最終更新日: 2026.05.28