20余年をかけて植えられた杉の寄進
慶安元年(1648)、徳川家康の三十三回忌にあたる年に、松平正綱は日光東照宮へ一風変わった献上品を差し出した。20年以上の歳月をかけ、参詣道の両側に植え育ててきた杉の並木である。正綱は大河内家に生まれ、のちに松平家へ養子に入った人物で、徳川将軍家三代に仕えた。植えられた杉苗は紀州熊野から取り寄せたものと伝わる。
正綱自身は寄進の完成を見届けることなく、慶安元年の六月に没した。父の遺志を継いだ子の正信が、寄進の由緒を刻んだ石碑を建てている。
この並木寄進碑は現在も4基が残る。1基は神橋のたもと、東照宮の入口近くに立ち、残る3基はそれぞれの街道の終点にあたる山口・小倉・大桑に置かれている。石碑は日光神領の境界を示す役目も担っており、地元では古くから境石とも呼ばれてきた。
全国でただ一つの二重指定
この街道には、ほかに例を見ない肩書きがある。特別史跡と特別天然記念物の両方に指定されているのは、全国でここだけだ。史跡としての指定は江戸時代の街道とその寄進碑を、天然記念物としての指定は生きた杉そのものを対象としている。
大正11年(1922)に史跡として指定され、昭和27年(1952)に特別史跡へ、昭和29年(1954)に天然記念物に指定されたのち、昭和31年(1956)に特別天然記念物となった。昭和50年代以降は、老樹の浅い根を周辺の道路や開発から守るため、保護区域が少しずつ、区画ごとに追加指定され続けている。平成4年(1992)には「世界一長い並木道」としてギネス世界記録に認定された。認定された長さは35.4キロメートルである。
本数の推移には、また別の事情がある。昭和36年(1961)に東照宮が作成した台帳では16,479本が記録されていた。それが令和6年(2024)3月末には12,052本まで減っている。老齢化や台風、交通や工事の負荷によって、毎年およそ100本が失われていく。管理団体である栃木県は、個人や企業が1本ごとの保護費用を負担する杉並木オーナー制度を設け、用地の公有化やバイパス建設、樹勢回復事業とあわせて保全に取り組んでいる。
並木の下で目を向けたいもの
並木の下を歩くと、数字だけでは掴めない規模が体でわかる。幹の周囲が7メートルを超える木も少なくなく、高い杉は30から40メートルに達して、頭上で枝が緑の天蓋となり日差しを和らげる。最も美しいとされるのは高さ約38メートルの「並木太郎」だ。
名前と来歴をもつ木が何本かある。日光街道沿いの森友地区では、割れ目に山桜の種が入り込んでそのまま育ち、いまでは一つの根もとを共有して杉と桜がともに花を咲かせる。「桜杉」と呼ばれる木である。根もとに大人4人が入れるほどの空洞をもつ杉は「並木ホテル」、戊辰戦争のときに撃ち込まれた砲弾の痕を残す杉もある。
松ではなく杉が選ばれたのには理由があった。日光の冷涼な気候は杉の生育に適しており、参道にふさわしい荘厳さをそなえた木とも考えられていた。
街道を歩く
歩き始めに便利なのは、東武日光線の上今市駅近くにある杉並木公園だ。かつて朝鮮通信使を迎えた今市客館の跡地に整備され、駐車場と観賞広場、並木のあいだの植物園を備えている。日光の中心部に近い国道119号には、樹齢300年を超える杉が両側にまっすぐ続く区間があり、日光市役所付近には短いながら歩きやすい一画もある。
並木は季節とともに表情を変える。道脇の水路沿いには春から夏にかけてヨメナやアジサイなどの山野草が咲き、木陰の涼しさのおかげで暑い時期でも歩きやすい。年間を通じて、杉並木まつりや並木のなかを走るマラソンといった催しも開かれている。
Q&A
- この街道は文化財として何が特別なのですか。
- 特別史跡と特別天然記念物の二つに同時に指定されているのは、全国でこの街道だけです。史跡指定は江戸時代の街道と並木寄進碑を、天然記念物指定は杉そのものを対象としています。
- 街道の長さと、杉の本数はどのくらいですか。
- 三つの街道をあわせた総延長は約37キロメートルで、ギネス認定の長さは35.4キロメートルです。杉は2024年時点でおよそ1万2000本が残り、20世紀半ばの1万6000本余りから減少しています。
- 杉を植えたのは誰で、いつのことですか。
- 徳川家の重臣・松平正綱が、江戸時代初期に20年以上をかけて植えました。完成した並木は慶安元年(1648)、家康の三十三回忌の年に日光東照宮へ寄進されています。
- 並木を手軽に見られる場所はどこですか。
- 上今市駅近くの杉並木公園が最も訪れやすく、駐車場と観賞広場があります。日光中心部に近い国道119号沿いの区間も行きやすく、歩いて回れます。
- 杉が減っている原因と、その対策は何ですか。
- 老齢化や台風、交通や開発の影響で、毎年およそ100本が失われています。栃木県は杉並木オーナー制度や用地の公有化、バイパス建設、樹勢回復事業によって保護を進めています。
基本情報
| 名称 | 日光杉並木街道 附 並木寄進碑(にっこうすぎなみきかいどう つけたり なみききしんひ) |
|---|---|
| 所在地 | 栃木県日光市・鹿沼市 |
| 指定区分 | 特別史跡(昭和27年)・特別天然記念物(昭和31年)/大正11年に史跡指定 |
| 時代 | 江戸時代初期。寛永から正保年間にかけて植栽、慶安元年(1648)寄進 |
| 規模 | 総延長約37キロメートル(ギネス認定35.4キロメートル)、杉約1万2000本(2024年) |
| 管理団体 | 栃木県 |
| アクセス | 東武日光線・上今市駅近くの杉並木公園が拠点。街道は通年で散策可能 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/467
- 日光旅ナビ(日光市観光協会)
- https://www.nikko-kankou.org/spot/36
- とちぎ旅ネット(栃木県観光物産協会)
- https://www.tochigiji.or.jp/spot/s6365
- いにしえ街道(栃木県)
- https://www.inishie.tochigi.jp/detail.html?course_id=3&id=2
- ニッポン旅マガジン
- https://tabi-mag.jp/tg0021/
最終更新日: 2026.05.28