明治二十四年、鼻緒を納めるための土蔵
舘野家住宅鼻緒蔵は、栃木県栃木市泉町2-32にある明治24年(1891年)建築の土蔵造2階建倉庫で、平成16年(2004年)2月17日に登録有形文化財(建造物)となった。
鼻緒は下駄や草履の緒であり、足の甲を押さえる部分を指す。履物本体より消耗が早く、布・組紐・麻・革などを素材として大量に流通した。舘野家はこれを扱う商家で、文化庁の種別分類も「産業3次」、すなわち商業に置かれている。専用の土蔵を建てたという事実自体が、扱い高の規模を示す。
形式は切妻造、桟瓦葺、平入の2階建土蔵。桁行5間半、梁間3間で、建築面積54平方メートル。土蔵としては小さくない。主屋の西南方に、南北棟で建つ。
外周には簓子下見板張が廻る。下見板を横に重ね、その段差に合わせて刻みを入れた簓子を竪に打ち付けて押さえる技法で、土壁の腰回りを雨掛かりから守る。板の重なりが生む水平の影が、白壁との対比をつくる。
棟札ではなく墨書によって、施主「舘野平兵衛」、大工「早川辰造」が判明している。附属屋にあたる建物で施主と大工の双方が特定できる例は多くない。文化庁の解説が本蔵を舘野家の最盛期の生業を示す遺構として評価する根拠のひとつである。
例幣使街道の在郷町と舘野家三棟
敷地が面するのは旧日光例幣使街道である。正保3年(1646年)以降、京都の朝廷から日光東照宮へ幣帛を奉る勅使が中山道倉賀野から分かれて通った道で、栃木宿はその宿駅として発達した。西国大名の日光社参にも用いられている。
街道と並行して巴波川が南北に流れ、平柳河岸から江戸へ向かう舟運が江戸初期に開かれた。街道沿いに商家が進出するのは江戸中期以降で、業種は多岐にわたったが、麻を扱う店舗が目立った。麻は縄・紐・織物の原料であり、鼻緒の素材でもある。江戸末期から明治期にかけて、栃木は北関東有数の商業都市となった。
舘野家では3棟が同日に登録されている。鼻緒蔵(明治24年)、店舗(昭和7年/1932年)、主屋(昭和7年頃)である。店舗は旧例幣使街道に東面し、桁行7間、梁間4間半、寄棟造、鉄板葺の木造2階建。外観にヴェランダと連続アーチの窓を配して洋風に見せる一方、内部は土間と12畳の帳場から成る和風の店舗構成で、2階南側の1室のみを洋室に仕上げる。外観と内部で意匠の系統が分かれる、昭和初期の商家に散見される手法である。なお栃木県の文化財一覧には、同家の味噌蔵も登録有形文化財として掲載されている。
この対比のなかに鼻緒蔵の位置がある。街道に面する店舗と主屋は昭和7年頃に建て替えられており、明治24年の鼻緒蔵は、その建て替え以前の舘野家を伝える唯一の建築である。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号09-0101、第40回登録。告示は平成16年3月4日である。
平成24年(2012年)7月9日、周辺一帯が栃木市嘉右衛門町伝統的建造物群保存地区として重要伝統的建造物群保存地区に選定された。栃木県内で唯一の重伝建地区である。範囲は泉町・嘉右衛門町・小平町・錦町・昭和町の各一部、東西約320メートル、南北約650メートル、面積約9.6ヘクタール。天保年間(1830年から1843年)の絵図に見える家並みを基本とし、通りに面して主屋を建て、その背後に蔵などの附属屋を並べる敷地割が保たれている。鼻緒蔵が主屋の後方に位置するのも、この地割の典型に沿う。
見学の可否と街道歩き
先に明示しておく。鼻緒蔵は個人の敷地内、主屋の西南方に建つ。公開施設ではなく、公開日も拝観制度も設定されていない。街道から視認できるのは昭和7年の店舗であり、その背後にある鼻緒蔵を通りから望むことは難しい。居住が続く敷地であることを前提に行動されたい。
一方で、街道そのものは歩く価値がある。万町交番前から北へ進むと、舘野家店舗は早い段階で目に入る建物のひとつで、連続アーチの窓が周囲の塗屋造や石造の町家と対照をなす。さらに北へ、大正13年(1924年)建築で延焼防止の石壁をもつ天海家住宅、江戸期に旗本畠山氏の陣屋が置かれ現在は岡田記念館となっている岡田家、昭和2年(1927年)竣工で地区最古の嘉右衛門橋、天明年間(1781年から1789年)に油屋として開業し江戸末期から味噌を製造する油伝味噌が続く。
出発点としては、嘉右衛門町2-11の嘉右衛門町伝建地区拠点施設ガイダンスセンターが便利である。旧味噌工場跡地に令和3年(2021年)開館し、観光案内、無料休憩所、トイレ、建物裏の駐車場を備える。伝統的建造物の位置を示す地図が入手でき、開館は9時から18時、月曜(祝日の場合は翌日)と年末年始は休館。
鉄道は東武日光線・宇都宮線の新栃木駅とJR両毛線・東武日光線の栃木駅に挟まれる位置関係にある。嘉右衛門町の北端から新栃木駅までは約860メートル、栃木駅までは約1.9キロメートル。舘野家が建つ泉町は保存地区の南寄りにあたり、栃木駅からのほうが近い。公道からの外観撮影に制限はない。
Q&A
- 舘野家住宅鼻緒蔵の「鼻緒」とは何ですか。なぜ専用の蔵が必要だったのですか。
- 鼻緒は下駄や草履の緒で、足の甲を押さえる部分です。舘野家はこれを扱う商家で、文化庁の種別分類も商業を意味する「産業3次」です。可燃性の在庫を大量に保管するため、防火性の高い土蔵造が選ばれました。
- 舘野家住宅鼻緒蔵は見学できますか。
- 公開されていません。個人の敷地内、主屋の西南方に位置し、街道からの視認も困難です。通りから見えるのは昭和7年建築の店舗で、こちらも登録有形文化財です。
- 舘野家住宅鼻緒蔵はいつ、誰によって建てられたのですか。
- 明治24年(1891年)の建築です。墨書から施主が舘野平兵衛、大工が早川辰造と判明しています。附属屋で施主と大工の双方が特定できる例は多くありません。
- 舘野家住宅では鼻緒蔵のほかに何が登録されていますか。
- 店舗(昭和7年)と主屋(昭和7年頃)が同じ平成16年2月17日に登録されています。栃木県の文化財一覧には味噌蔵も掲載されています。鼻緒蔵は明治24年で、この中で最も古い建築です。
- 舘野家住宅鼻緒蔵の周辺で立ち寄れる場所を教えてください。
- 嘉右衛門町2-11のガイダンスセンター(9時から18時、月曜休館)で地図と休憩所が利用できます。街道沿いには天海家住宅、岡田記念館、嘉右衛門橋、油伝味噌などがあります。
基本情報
| 名称 | 舘野家住宅鼻緒蔵(たてのけじゅうたくはなおぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 栃木県栃木市泉町2-32 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 09-0101(第40回登録) |
| 指定年 | 平成16年(2004年)2月17日登録、同年3月4日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積54平方メートル(桁行5間半、梁間3間) |
| 所有者 | 個人(国指定文化財等データベースに記載なし) |
| 公開状況 | 非公開。個人敷地内に所在し、街道からの視認は困難 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「舘野家住宅鼻緒蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003798
- 文化庁 国指定文化財等データベース「舘野家住宅店舗」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003794
- 栃木市「栃木市嘉右衛門町伝統的建造物群保存地区」
- https://www.city.tochigi.lg.jp/soshiki/5/1568.html
- 栃木市観光協会「例幣使街道」
- https://www.tochigi-kankou.or.jp/spot/reiheishikaidou
最終更新日: 2026.08.24