厨子入木造大日如来坐像 — 足利義兼が背負った運慶ゆかりの小宇宙
栃木県足利市の閑静な里、菅田町にひっそりと伝わる小さな仏像が、近年の日本彫刻史の中でもっとも刺激的な発見のひとつをもたらしました。光得寺が所蔵する厨子入木造大日如来坐像は、像高わずか三十センチ余りの金剛界大日如来像と、それを納める黒漆塗りの円筒形厨子からなる一具です。鎌倉時代の足利源氏の祖・足利義兼が晩年、自ら背負って仏道修行に励んだと伝えられ、X線調査の結果、運慶あるいはその直弟子の手による作と考えられるようになりました。一九八八年に国の重要文化財に指定され、現在もなお新たな研究と関心を呼び続けている貴重な仏像です。
足利義兼から樺崎寺、そして光得寺へ
この像の歴史は、後に室町幕府を開く足利氏の歩みと深く結びついています。最初の発願者と考えられているのは、足利源氏の二代目・足利義兼です。彼は晩年に出家し「鑁阿」と号して、この小さな像と厨子を自ら背負って諸国を巡歴したと伝えられています。正治元年(一一九九)に没したのち、この像は義兼の霊廟「赤御堂」を中心に、子の足利義氏が整備した樺崎寺に安置されました。樺崎寺は足利氏発祥の地である菅田・樺崎の地に営まれた、一族の心の拠り所ともいえる大寺院群でした。
しかしこの大寺院群は、明治初年の神仏分離令に伴う廃仏毀釈によって廃寺となります。樺崎寺の伝来品は四散し、この大日如来坐像と厨子もその荒波の中で行方を案じられましたが、樺崎寺寺院群のひとつとして承久二年(一二二〇)に創建された光得寺へ移されました。光得寺は足利義氏が父・義兼を開山として開いた臨済宗妙心寺派の古刹で、義兼ゆかりの像にとって最も縁深い受け皿となったのです。以来、長く一般にはほとんど知られないまま、この像は光得寺に静かに伝えられてきました。
運慶作の可能性を示した世紀の発見
光得寺の大日如来像が一躍全国的な注目を集めたのは、一九八八年のことでした。東京国立博物館の調査で像内をX線撮影したところ、木製とみられる五輪塔、金属製の蓮弁を備えた水晶らしき珠、針金で巻かれた人の前歯と思われるものが納入されていることが確認されたのです。これらの納入品は、運慶が主宰した興福寺北円堂弥勒仏像(国宝)の納入品や、源頼朝の追善のために造られた愛知・滝山寺の聖観音像に伝わる頼朝の歯の納入伝承と、明らかに通じるものでした。
像の造形そのものも、張りのある若々しい面貌と安定感に富む体躯を示し、神奈川・浄楽寺阿弥陀三尊像(一一八九年)や愛知・滝山寺諸像(一二〇一年頃)に通じる作風を備えています。これらを総合した結果、本像は運慶自身、もしくは運慶統率下の慶派仏師による作と考えられるに至りました。なお、後年に真如苑が所蔵することとなった大日如来坐像も、同じ樺崎寺に由来し同時期・同工房の作と推定されており、樺崎寺がいかに豪華な造像活動の舞台であったかを物語っています。
重要文化財に指定された理由
本像が国の重要文化財に指定された理由は、運慶ゆかりの作という点にとどまりません。第一に、像そのものの完成度が際立っています。智拳印を結ぶ金剛界大日如来として整えられた姿は、寄木造の構造をもちながら背筋の通った若々しさを湛え、平安後期の優美な作風から鎌倉新様式へと脱皮していく転換期の見事な達成を示しています。
第二に、像・光背・台座・厨子といった一具がそろった状態で伝わっている点が極めて貴重です。光背は日輪を中心に波文をめぐらせた銅板製で、蓮弁には水晶の玉が随所に飾られ、台座には筒型の敷茄子の上に獅子(八躯のうち四躯現存)が配されるなど、細部まで荘厳が行き届いています。第三に、円筒形の厨子そのものが金剛界曼荼羅の小宇宙となっており、内壁には乗雲の仏菩薩像三十六躯(二十八躯現存)、光背中央上方には宝塔が表され、成身会の主要尊を立体的に表現しています。両扉内側には金剛界・胎蔵界それぞれを象徴する種字「バン」「ア」が金蒔絵で描かれており、密教美術の作例としてもこれほど完備した一具は稀有といえます。
拝観にあたっての見どころ
残念ながら、現在この大日如来坐像は光得寺では公開されていません。保存・保安・管理の観点から、像と厨子は東京国立博物館に寄託されており、上野の同館で運慶や鎌倉彫刻に関連する特別展示の折に随時公開されています。実物を拝見したい場合は、東京国立博物館の展示スケジュールを事前に確認するのが確実です。
足利を訪れる際は、像が長く守られてきた光得寺の境内そのものを訪ねる楽しみがあります。光得寺には、樺崎寺跡から移された十九基の五輪塔(足利市指定文化財)が覆屋の中に保存されており、足利氏歴代当主や家臣の供養塔と伝えられています。また光得寺から少し足を延ばすと、樺崎寺の本堂・赤御堂の後身である樺崎八幡宮があり、浄土庭園跡の池や礎石、緑深い丘陵が、かつての大寺院の規模を静かに伝えています。
足利の歴史と周辺の見どころ
光得寺の参拝に合わせて、足利市内の文化遺産を巡るのもおすすめです。中心市街地には、足利義兼が建久七年(一一九六)に開いた鑁阿寺があり、平成二十五年に国宝に指定された本堂をはじめ、鐘楼、経堂などの重要文化財を擁します。土塁と堀に囲まれた約四万平方メートルの境内は「史跡足利氏宅跡」として国の史跡にも指定されており、鎌倉武士の館の面影を今に伝えています。
その近くには「日本最古の学校」として知られる史跡足利学校があり、孔子廟と方丈、池泉庭園が静かな学びの空気を醸し出しています。季節ごとには、樹齢を重ねた大藤で世界的に知られるあしかがフラワーパーク、鑁阿寺境内の大銀杏の黄葉、渡良瀬川沿いの散策など、訪れる時期に応じたさまざまな楽しみが広がります。足利名物のしゅうまいや酒造の文化にもふれながら、この大日如来坐像が生まれた中世武家の文化圏を体感していただけます。
Q&A
- 光得寺で大日如来坐像を拝観することはできますか?
- 現在、像と厨子は保存・保安の観点から東京国立博物館に寄託されており、光得寺では公開されていません。東京国立博物館で開催される鎌倉彫刻関連の展示や運慶展など、特別展示の折に拝観の機会がございます。
- 本当に運慶の作品なのでしょうか?
- 現在の研究では、運慶自身、または運慶統率下の慶派仏師による作と考えられています。像内に納められた五輪塔・水晶珠・歯などの納入品が、運慶の確実な作例にみられるものと共通することが、その根拠となっています。確定的な作者の特定については、現在も研究が続けられています。
- 最初の発願者は誰だと考えられていますか?
- 足利源氏の祖である足利義兼(一一九九年没)が発願者と考えられています。義兼は源頼朝の縁戚にあたる有力御家人で、晩年に出家して鑁阿と号し、この像と厨子を自ら背負って諸国を巡歴したと伝えられています。
- 厨子の内部にはどのような工夫がありますか?
- 円筒形の厨子は、それ自体が金剛界曼荼羅の小宇宙となっています。内壁には乗雲の仏菩薩像三十六躯(二十八躯現存)が配され、光背中央上方の宝塔とあわせて成身会の諸尊を表現しています。両扉の内側には金剛界・胎蔵界それぞれの種字が金蒔絵で描かれており、当初の荘厳がよく残されている稀有な作例です。
- 次の公開時期はどのように調べればよいですか?
- 最も確実なのは東京国立博物館の公式サイトで展示スケジュールを確認することです。これまでも本館の彫刻室や運慶関連の特別展で公開されており、特別展の場合は数か月前から告知されることが一般的です。
基本情報
| 名称 | 厨子入木造大日如来坐像(ずしいりもくぞうだいにちにょらいざぞう) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定重要文化財(彫刻) |
| 指定年月日 | 昭和六十三年(一九八八年)六月六日 |
| 制作年代 | 鎌倉時代・十二世紀末(推定一一九五〜一一九九年頃) |
| 伝来作者 | 運慶、または運慶統率下の慶派仏師と推定 |
| 材質・技法 | ヒノキ材寄木造、漆箔仕上げ/光背:木造に金銅製金具/厨子:木造黒漆塗、内部に蒔絵 |
| 寸法 | 像高 三十二・一センチ/光背高 三十九・五センチ/台座高 二十五・六センチ/厨子高 八十三・三センチ |
| 所有者 | 菅田山 光得寺(臨済宗妙心寺派) |
| 所有者所在地 | 栃木県足利市菅田町 |
| 現在の保管 | 東京国立博物館に寄託(不定期に展示) |
| 公開状況 | 光得寺では通常非公開/東京国立博物館の特別展示等で随時公開 |
| 光得寺へのアクセス | JR足利駅から車で約二十分/北関東自動車道・足利ICから車で約一分 |
参考文献
- 厨子入木造大日如来坐像 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/202433
- 厨子入木造 大日如来坐像 — 足利市公式ホームページ
- https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/education/000029/000169/000627/p001295.html
- 厨子入木造大日如来坐像 — とちぎの文化財
- https://bunkazai.pref.tochigi.lg.jp/cultural/【厨子入木造大日如来坐像】/
- 源姓足利氏はじまりの地 — 臨済宗妙心寺派 菅田山 光得寺
- https://koutokuji.ashikaga.org/
- 大日如来坐像の足利への御還りを願い — 光得寺
- https://koutokuji.ashikaga.org/ktg0010/
- 二体の大日如来像と運慶様の彫刻 — 東京国立博物館
- https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=2428&lang=ja
- 樺崎寺伝来の大日如来像と運慶(山本勉) — 美術史学会
- https://www.bijutsushi.jp/pdf-files/reikai-youshi/08-7-27-higashi-yamamoto.pdf
- 鑁阿寺 — 足利市観光協会
- https://www.ashikaga-kankou.jp/spot/bannaji
最終更新日: 2026.05.07