柿本家バラッケとは

柿本家バラッケ(旧板東俘虜収容所)は、徳島県鳴門市大麻町桧にある大正6年(1917年)の板東俘虜収容所の兵舎(バラッケ)で、平成16年(2004年)11月8日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。読みは「かきもとけばらっけ(きゅうばんどうふりょしゅうようじょ)」。

文化庁の記録では、木造平屋建、スレート葺で、建築面積198平方メートル。昭和43年(1968年)と平成18年(2006年)に移築されている。登録番号は36-0049である。

40間の兵舎の一部

柿本家バラッケは、桁行15間・梁間4間の木造平屋建・切妻造・スレート葺の建物である(文化庁)。当初は桁行40間の規模で、内部は中央の土間の通路を挟んで左右に低い板床を張り、2間ごとに間仕切っていた。

鳴門市ドイツ館の館報によれば、バラッケは板東俘虜収容所のドイツ兵の下士官・兵卒用の兵舎で、当時は8棟あり、1棟の長さは約73メートルであった。大正6年(1917年)4月から2年10か月ほど使われ、収容所では大正7年(1918年)6月1日にベートーヴェンの『第九交響曲』が初演されている。

文化庁によれば、平成18年(2006年)に道の駅「第九の里」の公園内に移築された。ドイツ館の館報は、同年7月に開業した道の駅の物産館が、登録有形文化財の旧バラッケの一つを移築・復原したものだと伝える。

登録有形文化財としての価値

文化庁は、簡素な建物ではあるが軍関係の営舎の一例であるとして、「造形の規範となっているもの」に登録した。

見どころ

桁行15間の長い切妻屋根と、中央の通路を挟んで左右に床を張った兵舎の構成が見どころである(文化庁)。

見学について

鳴門市が所有する(文化庁)。道の駅「第九の里」の公園内にあるが、現在の利用時間について、公的な案内は確認できなかった。

Q&A

Q柿本家バラッケはいつ建てられましたか?
A大正6年(1917年)です(文化庁)。
Qもとは何の建物でしたか?
A板東俘虜収容所の下士官・兵卒用の兵舎です(鳴門市ドイツ館)。
Q当初の規模は?
A桁行40間で、いまは15間が残ります(文化庁)。
Qいまはどこにありますか?
A道の駅「第九の里」の公園内に移築されています(文化庁)。
Q柿本家バラッケ(旧板東俘虜収容所)が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成16年(2004年)11月8日です(文化庁)。

基本情報

名称柿本家バラッケ(旧板東俘虜収容所)(かきもとけばらっけ(きゅうばんどうふりょしゅうようじょ))
所在地徳島県鳴門市大麻町桧字東山田53
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)11月8日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、スレート葺、建築面積198㎡
所有者鳴門市
公開状況道の駅「第九の里」内。利用時間の公的な案内なし

参考文献

柿本家バラッケ(旧板東俘虜収容所)(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004425
ドイツ館館報 第3号(鳴門市ドイツ館)
https://www.city.naruto.tokushima.jp/_files/00514590/no03.pdf
ドイツ館館報 第15号(鳴門市ドイツ館)
https://www.city.naruto.tokushima.jp/_files/00514712/no15.pdf

最終更新日: 2026.10.23