ミュージアム1999(旧千葉常五郎邸):渋谷に佇むアール・デコの洋館

東京・渋谷の青山通り裏手、表参道やショッピングエリアの喧騒からわずか数分の場所に、昭和初期の面影を今に伝える壮麗な洋館が静かに佇んでいます。ミュージアム1999(旧千葉常五郎邸)は、1934年(昭和9年)に竣工した鉄筋コンクリート造の大邸宅で、関東大震災後の復興期から東京大空襲、そして戦後の急速な都市開発を乗り越えて現存する、都心では極めて希少な近代建築遺構です。

2018年(平成30年)に国の登録有形文化財に登録されたこの建物は、現在ではアール・デコの巨匠エルテの作品を世界最多規模で所蔵する美術館・イベントスペースとして活用されています。ヨーロッパの古城を彷彿とさせる華やかな外観と、幾何学模様が随所にあしらわれた内装は、大正から昭和にかけての日本における西洋文化受容の歴史を物語る貴重な空間です。

歴史的背景

この邸宅は、明治時代の三大タバコ商の一つとして知られる千葉商店の流れを汲む資産家・千葉直五郎が、息子の常五郎のために建てた婚礼祝いの住宅です。常五郎は名門・鍋島家の令嬢と結婚する際にこの邸宅を贈られました。その豪華さは「男爵の邸宅」と噂されるほどで、一般の資産家が建てたとは信じがたいほどの格調の高さを誇りました。

千葉常五郎は1911年(明治44年)に生まれ、米国アマースト大学に留学した後、1933年(昭和8年)に帰国しました。戦後はゴルフボールの製造事業で成功を収めた実業家としても知られています。また、叔父の千葉松平は日本専売公社にたばこの利権を売却して財を成し、のちに男爵に叙せられた人物です。常五郎は千葉家三代目の当主にあたります。

邸宅の設計は黒川仁三が手がけ、施工は竹中工務店が担当しました。1934年(昭和9年)に着工し、当時の工事費は33万円にのぼりました。大卒の初任給が約50円という時代にあって、住宅としては桁外れの規模と費用でした。ヨーロッパの古城を思わせるデザインには、常五郎自身の意見がかなり反映されたといわれています。

第二次世界大戦中の東京大空襲では、周辺一帯が焼け野原となる中、この堅牢な鉄筋コンクリート造の建物は奇跡的に戦火を免れました。かつてお屋敷街として落ち着いた環境であったことも幸いしたと考えられています。1981年(昭和56年)に現在の所有者に移り、会員制クラブ「1999」として創業。その後、フレンチレストラン「ロアラブッシュ」や美術館として、歴史的建造物を活用しながら営業を続けてきました。

文化財登録の理由

ミュージアム1999(旧千葉常五郎邸)は、2018年(平成30年)5月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録番号は13-411、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。

文化庁のデータベースに記載された解説文によれば、「青山通り裏手にあり東面して建つ。主体部はドーマー窓付の切妻造、中央部に円錐形のエントランスホールと宝形造の玄関ポーチを重ね、華やかな外観をつくる。マントルピースなど細部には幾何学意匠を取入れる。都心に残る昭和前期の大規模邸宅の希少な遺構」と評されています。

登録有形文化財制度は、1996年(平成8年)に導入されたもので、近年の国土開発や都市計画の進展、生活様式の変化等により消滅の危機にさらされている近代建造物を幅広く保護するために設けられました。届出制と指導・助言を基本とする緩やかな保護措置により、重要文化財の指定制度を補完する役割を担っています。

建築・芸術の見どころ

本建物は鉄筋コンクリート造で、地下1階・地上2階建(屋根裏部屋付き)の構造です。敷地面積は約884.81平方メートル(約267坪)、延床面積は約1,303.66平方メートル(約394坪)に及びます。日本では極めて珍しいアール・デコ様式を取り入れた住宅建築であり、現存する数少ない事例として建築史的にも高い価値を持ちます。

外観はヨーロッパの古城を思わせる佇まいで、中央に配された円錐形のエントランスホールとドーマー窓が特徴的です。石組みのアーチをくぐると広い車寄せがあり、エントランスではガラスのライオン像が来客を迎えます。屋根には現在では製造されていない大正瓦が使われており、建材としても希少性の高い建物です。

内部に入ると、ゆるやかにカーブした廊下や優美な螺旋階段が目を引きます。もう一つの階段には幾何学的デザインの手すりが施され、アール・デコの特徴を色濃く伝えています。メインホールはエントランスから続く迎賓空間で、エルテの作品をモチーフにしたガラスのレリーフが左右に並びます。各所に配されたマントルピースにも幾何学模様があしらわれ、建物全体がアール・デコの芸術作品のような趣を呈しています。

館内には、「アール・デコの寵児」と称されるエルテ(本名ロマン・ド・ティルトフ、1892〜1990年)の作品が世界最多規模で所蔵されています。エルテはロシア生まれのフランスの芸術家で、ファッション誌『ハーパース・バザー』の表紙を200号以上にわたってデザインし、舞台衣装やハリウッド映画のセットデザインなど多彩な分野で活躍しました。建築と美術が一体となった空間は、まさに「小さな美術館」と呼ぶにふさわしい非日常的な世界観を醸し出しています。

訪問情報

ミュージアム1999は、東京都渋谷区渋谷4丁目2-9に位置しています。青山学院大学の裏手にあたり、表参道や渋谷の繁華街からすぐ近くでありながら、驚くほど静かな環境に建っています。

最寄り駅は東京メトロ銀座線・千代田線・半蔵門線の表参道駅で、B3出口から徒歩約9分です。JR渋谷駅からも徒歩約12分でアクセスできます。

建物はこれまでフレンチレストラン「ロアラブッシュ」や結婚式場、プライベートイベント会場、美術館など、さまざまな形で活用されてきました。営業内容や見学の可否は時期によって異なる場合がありますので、訪問前にミュージアム1999の公式サイトや直接の問い合わせで最新情報をご確認ください。

周辺の見どころ

ミュージアム1999の周辺には、文化施設や観光スポットが数多くあります。すぐ隣には青山学院大学のキャンパスが広がり、間島記念館やベリーホールなど、同大学にも登録有形文化財の建築物が残されています。表参道のケヤキ並木沿いには世界的ブランドの旗艦店が並び、建築ファンにとっても見応えのある街並みが続きます。

美術愛好家には、日本・東アジアの古美術品と美しい庭園で知られる根津美術館(徒歩約15分)や、浮世絵版画専門の太田記念美術館もおすすめです。また、東京のアール・デコ建築に興味がある方には、目黒にある東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)との比較も興味深いでしょう。こちらは旧千葉常五郎邸の前年にあたる1933年(昭和8年)に竣工した国の重要文化財で、日本におけるアール・デコ建築の双璧ともいえる存在です。

渋谷、原宿、青山エリアのショッピングやグルメも徒歩圏内にあり、ミュージアム1999への訪問は東京の最も活気あるエリアの散策と組み合わせるのに最適です。

Q&A

Qミュージアム1999(旧千葉常五郎邸)はなぜ文化財に登録されたのですか?
A2018年に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として国の登録有形文化財に登録されました。円錐形のエントランスホールやドーマー窓、幾何学意匠のマントルピースなどアール・デコの特徴を持つ、都心に残る昭和前期の大規模邸宅として極めて希少な建造物と評価されています。
Qミュージアム1999とアール・デコの巨匠エルテの関係は何ですか?
Aミュージアム1999にはエルテ(ロマン・ド・ティルトフ、1892〜1990年)の作品が世界最多規模で所蔵されています。エルテの作品は建設当初からあったものではありませんが、アール・デコ様式の建築空間と見事に調和し、建物全体が一つの芸術作品のような体験を提供しています。
Q東京大空襲を乗り越えた理由は何ですか?
A堅牢な鉄筋コンクリート造であったことが大きな要因と考えられています。また、この一帯がかつてお屋敷街として落ち着いた環境であったことも、焼夷弾による延焼を免れる一因になったとされています。
Q見学やアクセスはどのようになっていますか?
A東京メトロ表参道駅B3出口から徒歩約9分、渋谷区渋谷4丁目2-9に所在しています。営業形態や見学の可否は時期により異なりますので、公式サイトまたは直接お問い合わせの上でお出かけください。
Qもともと誰が住んでいた建物ですか?
A明治時代の大手タバコ商・千葉商店の流れを汲む資産家・千葉直五郎が、息子の常五郎と鍋島家令嬢との結婚祝いとして1934年に建てた邸宅です。常五郎は後にゴルフボール製造事業で成功した実業家としても知られています。1981年に現在の所有者に移り、会員制クラブ、レストラン、美術館として活用されてきました。

基本情報

名称 ミュージアム1999(旧千葉常五郎邸)
文化財種別 登録有形文化財(建造物)
登録年月日 2018年(平成30年)5月10日
登録番号 13-411
竣工年 1934年(昭和9年)
改修 1981年(昭和56年)、2000年(平成12年)
構造 鉄筋コンクリート造2階建地下1階、スレート葺、建築面積428㎡
延床面積 約1,303.66㎡(約394坪)
敷地面積 約884.81㎡(約267坪)
設計 黒川仁三
施工 竹中工務店
所有者 ミュージアム一九九九株式会社
所在地 東京都渋谷区渋谷4丁目2-9
アクセス 東京メトロ表参道駅B3出口より徒歩約9分

参考文献

国指定文化財等データベース — ミュージアム1999(旧千葉常五郎邸)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012305
文化遺産オンライン — ミュージアム1999(旧千葉常五郎邸)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/621639
MUSEUM1999 公式サイト — アール・デコの館
http://www.museum1999.co.jp/artdeco.html
MD MUSÉE — Museum1999
https://www.mdmusee.com/museum1999/
文化庁 — 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html

最終更新日: 2026.04.15