紙本著色拾遺古徳伝〈巻第八〉とは
浄土宗の開祖・法然(1133〜1212)の生涯を描いた絵巻物のひとつに、『拾遺古徳伝』がある。全九巻からなり、本作はそのうちの巻第八にあたる一巻である。紙に墨と顔料で彩色をほどこした紙本著色の作品で、制作年代は鎌倉時代。現在は東京都内の個人が所蔵している。
九巻を貫く詞書を起草したのは、本願寺第三世にして親鸞の曽孫にあたる覚如である。正安三年(1301)、常陸国(現在の茨城県)の門徒からの求めに応じて法然の伝記を書き起こしたとされ、ある古い記録によれば、その執筆をわずか十七日で仕上げたという。短期間で編むため、覚如は琳阿本・弘願本といった先行する法然伝を下敷きにしている。詞書に絵がそえられたのはのちのことで、鎌倉時代後期の伝統的なやまと絵の様式で描かれた。
指定の理由と価値
本作は昭和九年(1934)一月三十日に重要文化財に指定された。その価値は、絵の巧拙そのものよりも、作品が立つ視点の独自性にある。
法然の生涯を描いた絵巻は鎌倉時代から南北朝期にかけて少なからず作られたが、その多くは法然が開いた浄土宗の側で制作された。『拾遺古徳伝』はそれらとは出自を異にする。覚如は本願寺を中心とする真宗の系譜に属し、自らの曽祖父である親鸞こそ法然の教えの正統を受け継ぐ者であるという立場から、この伝記を編んだ。法然と親鸞、師と弟子の関係が、ほかの絵伝には見られない細やかさで記されている。
「拾遺」とは、収穫のあとに田に残ったものを拾い集めることを指す。「古徳」は徳の高い先人、すなわち法然その人をさす。題名は、従来の法然伝が書きもらしてきたもの、とりわけ法然と親鸞の親密な間柄を補い集めるという編者の意図を示している。九巻そろった完本は茨城県の常福寺に現存し、巻九の奥書から元亨三年(1323)の制作と判明している。ここで扱う個人蔵の巻第八は、同じ系譜に連なる別の一巻として今に残されたものである。
見どころ
絵巻は右から左へと、手もとで少しずつ繰りながら見るものである。詞書の文章と彩色の場面とが交互にあらわれ、見る者は徒歩のような速さで、一段ずつ物語のなかを進んでいく。鑑賞のあり方そのものが、当時の読み手の体験を今になぞる行為でもある。
九巻を通じて、法然の一生が誕生から臨終まで描かれる。終盤の巻には、その生涯のなかでも厳しい局面が収められている。建永二年(1207)、旧仏教側の圧力を受けた朝廷は専修念仏を禁じ、法然を遠く土佐国へ流した。やがて赦免された法然は京へ向かい、建暦二年(1212)、東山大谷でその生涯を閉じる。巻第八は、こうした晩年の記述の流れのなかに位置づけられる。
この終盤の場面において、『拾遺古徳伝』はほかの諸本と異なる相貌を見せる。親鸞もまた同じ承元の法難により越後へ流されており、親鸞を顕彰するために編まれたこの伝記では、この時期の出来事がほかの浄土宗系の絵巻にはない重みをおびる。画工に課せられたのは、教えを人の営みとして目に見えるかたちに置き換えることであった。徒歩の旅、別れ、病床から語りかける師の姿。人物の衣のさばきや身ぶりがその役を担っている点に注目したい。建物を屋根を取り払って描く吹抜屋台の手法によって、室内へと視線がそのまま入り込んでいくさまも見どころである。
関連する作品を見るには
本作は個人の所蔵であり、常時公開されているわけではないため、訪れればいつでも見られるという性質のものではない。ただし、本作が連なる絵伝の系譜そのものは、ほかの場所で見る機会に恵まれている。
東京国立博物館には『拾遺古徳伝』の絵巻から切り取られた断簡が収められており、法然が園城寺の学僧・公胤と浄土の教えについて議論する場面が描かれている。墨染の衣をまとい数珠を繰る人物が法然である。京都の知恩院には、四十八巻からなる国宝『法然上人行状絵図』が伝来する。これは法然の生涯を描いた絵巻のうち最も詳細なものである。茨城県の常福寺に伝わる九巻の完本も重要文化財で、折にふれて公開されることがある。東京・京都・奈良の主要な博物館では、こうした中世の高僧伝絵巻が年間を通じて展示替えのなかで紹介される。訪問の前に各館の展示予定を確かめておくのが確実である。
Q&A
- この巻第八そのものを見ることはできますか。
- できません。個人蔵であり常時公開はされていません。関連の作品としては、東京国立博物館の断簡、京都の知恩院、茨城県の常福寺などがあり、各館の展示情報をご確認ください。
- 法然とはどのような人物ですか。
- 法然(1133〜1212)は浄土宗を開いた僧です。阿弥陀仏の名を称える念仏によって、誰もが浄土に往生できると説きました。
- 法然の伝記なのに、なぜ親鸞が重く扱われるのですか。
- 詞書を起草した覚如が本願寺の住持であり、親鸞の曽孫だったためです。覚如は真宗の立場から、親鸞を法然の教えの正統な後継として描きました。
- 知恩院の四十八巻本とは何が違うのですか。
- 知恩院本はより後の時代の、はるかに大部な絵巻で、浄土宗の側で作られた国宝です。本作は真宗の側で編まれた九巻本で、これはその巻第八にあたります。
- 「拾遺古徳伝」という題名の意味は。
- 「古徳」は徳の高い先人、すなわち法然を指し、「拾遺」は収穫のあとに残ったものを拾い集める意味です。先行の伝記が取りこぼした事柄を補う伝記であることを示しています。
基本データ
| 名称 | 紙本著色拾遺古徳伝〈巻第八〉 |
|---|---|
| 指定区分 | 重要文化財(絵画)/昭和九年(1934)一月三十日指定 |
| 時代 | 鎌倉時代 |
| 形状・員数 | 紙本著色/一巻 |
| 主題 | 浄土宗開祖・法然(1133〜1212)の絵伝 |
| 詞書の起草 | 正安三年(1301)、本願寺第三世・覚如 |
| 所在地・所有者 | 東京都/個人 |
| 公開状況 | 常時公開はされていない |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/1131
- 拾遺古徳伝絵(新纂浄土宗大辞典)
- https://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/拾遺古徳伝絵
- 拾遺古徳伝(コトバンク/日本大百科全書)
- https://kotobank.jp/word/拾遺古徳伝-1335302
- 拾遺古徳伝絵巻断簡(文化遺産オンライン/東京国立博物館)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/511521
- 法然上人絵伝(e国宝/国立文化財機構)
- https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=100302
最終更新日: 2026.06.14