円文螺鈿鏡鞍:御岳山頂に受け継がれた鎌倉の国宝馬具
黒漆の座面を覆うのは、夜光貝を切り嵌めた円い文様である。中心から輪を重ねた蛇の目形が一面に並び、見る角度によって緑や青に色を変える。東京都青梅市、御岳山の頂に鎮座する武蔵御嶽神社が受け継いできたこの馬具は円文螺鈿鏡鞍と呼ばれ、鞍を中心とする一具がほぼ完全な姿で今日まで残されてきた。
所在は標高九百メートルを超える山上である。麓からケーブルカーで登り、御師の集落を抜けて石段を上った先に社殿と宝物殿が建つ。その一階に、もう一つの国宝である赤糸威鎧と並んで、この鞍が置かれている。
ほぼ完全に残る武具一式
正式な名称は金覆輪円文螺鈿鏡鞍という。鏡鞍とは、前輪と後輪の外面を金銅板で張り、鏡のように光らせた鞍を指す。金覆輪は、その周縁を金銅で縁取る装飾をいう。円文螺鈿は、前輪・後輪の内面と居木の上面に円い貝の文様を敷き詰めた象嵌細工である。
この国宝の価値を高めているのは、欠けている部分がほとんどない点である。鞍一背に加え、鉄製で黒漆塗りの舌長鐙一双、鉄の轡一口、そして馬体に鞍を固定する革帯、すなわち面繋・胸繋・尻繋の三繋までが揃う。鎌倉時代の軍陣用馬具がこれほど完備した形で残る例は少なく、同種の一式としては国内で唯一とされる。
指定の理由と背景
本品は大正七年(一九一八年)に旧制度のもとで国宝に指定され、昭和三十二年(一九五七年)に現行法のもとで改めて国宝に指定された。評価の軸は三つある。完全な軍陣馬具一式という稀少さ、夜光貝を用いた螺鈿の技量、そして鎌倉幕府の時代における騎馬武者の装備を具体的に知る手がかりとなる点である。
用いられた材料には、当時の社会規範も読み取れる。全面を螺鈿で飾ることが禁制とされた時代であったため、目に触れる外面を金銅で覆い、貝の細工を内面と座面に限る形がとられた。こうして生まれたのが、金で縁取られた鏡鞍の姿である。豪奢でありながら、奢侈への制約をかわす工夫でもあった。
見どころ
間近に寄ると、蛇の目の円が一つずつ細かな貝片を組んで作られていることがわかる。夜光貝は動くにつれて色合いを変えるため、座面は静かに光るというより、ゆらめくように見える。轡にも目を留めたい。両端の鏡板は杏葉形をとり、如意宝珠を透かし彫りにした文様を備える。これは古墳時代の馬具装飾にさかのぼる意匠の流れをくむものと考えられている。
鞍は、平安時代末期の赤糸威鎧とともに宝物殿に置かれている。この鎧は鎌倉の武将畠山重忠が奉納したと伝わり、東国の武士による武具の奉納が神社の名を高めてきた。両品は徳川将軍家の上覧に供されるほど名高く、松平定信が編んだ『集古十種』にも採録された。螺鈿の鞍は、かつてアメリカのメトロポリタン美術館に出展されたこともある。
御岳山を訪ねる
御岳山は古くから関東の霊山として参詣を集め、社殿の周囲には今も宿坊を営む御師の集落が広がる。JR青梅線の御嶽駅からバスでケーブルカーの滝本駅へ向かい、御岳山駅まで上ると、そこから石段を二十五分ほど登って神社に至る。
宝物殿の拝観は土曜・日曜・祝日の午前九時三十分から午後四時まで、拝観料は大人五百円、小人三百円である。展示替えや館内整備のため公開されない日もあり、鞍が必ず観られるとは限らないので、事前の確認が安心である。周辺には岩石園や七代の滝へ続く散策路もあり、参拝とあわせて歩くのに向く。
Q&A
- 円文螺鈿鏡鞍とはどのようなものですか。
- 鎌倉時代の騎馬武者が用いた馬具の一式です。鞍・鐙・轡に加え、馬体に固定する革帯まで揃い、鞍は金銅と円い螺鈿で飾られています。一具まとめて国宝に指定されています。
- どこで観られますか。
- 東京都青梅市、御岳山頂の武蔵御嶽神社の宝物殿で公開されています。もう一つの国宝である赤糸威鎧とともに展示されています。
- いつでも展示されていますか。
- 常時ではありません。宝物殿は土日祝の開館で、展示替えや整備のため閉館することもあるため、訪問前の確認をおすすめします。
- 螺鈿とは何ですか。
- 薄く加工した貝を漆や木の面に嵌め込む装飾技法です。本品では夜光貝が使われ、蛇の目形の円文に並べられています。
基本情報
| 名称 | 円文螺鈿鏡鞍(えんもんらでんかがみくら) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 時代 | 鎌倉時代 |
| 員数 | 一具(鞍一背・鐙一双・轡一口・鞦一具) |
| 重要文化財(旧国宝)指定 | 大正七年(一九一八年)四月八日 |
| 国宝指定 | 昭和三十二年(一九五七年)二月十九日 |
| 所在地 | 武蔵御嶽神社(東京都青梅市・御岳山) |
| 所有者 | 御嶽神社 |
| 公開 | 宝物殿 土日祝 午前九時三十分〜午後四時(大人五百円・小人三百円)※変更の場合あり |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/504
- 武蔵御嶽神社 宝物殿
- https://musashimitakejinja.jp/oyashiro/homotsu/
- 武蔵御嶽神社 宝物殿 多言語ウェブサイト
- https://musashimitakejinja.jp/homotsu_multilingual/ja/kinpukurin_ja.html
- 國學院大學 神社博物館事典WEB版
- https://www2.kokugakuin.ac.jp/museum/jinja/13/13_mitake.html
最終更新日: 2026.06.12