東雨銘が示す、土屋安親晩年の透鐔

享保15年(1730年)、61歳の土屋安親は剃髪して仏門に入り、以後の作に東雨と銘した。この鐔はその東雨銘をもつ一枚で、彼の到達点を示す晩年の作にあたる。江戸時代後半の装剣金工を代表する名手の、最も練れた仕事である。

法量は縦8.4センチ、横8.1センチ、耳厚は4ミリ強。地金は素銅で、赤みを帯びた柔らかな肌をもつ。左半に干網を大きく、右半に群千鳥を配し、いずれも透彫で抜く。要所には金の摺付象嵌が加えられ、彫りの縁で光を受ける。

奈良三作の一人、土屋安親

安親は寛文10年(1670年)、出羽国鶴岡(現在の山形県鶴岡市)の庄内藩士の子に生まれた。通称は弥五八。郷里で正阿弥珍久に学び、その娘を妻に迎えたのち、元禄16年(1703年)、34歳で江戸へ出て奈良辰政の門に入った。

奈良利寿、杉浦乗意とともに奈良三作と称され、三人のなかで最も多くの作を残した。鐔、縁頭、目貫、小柄と作域は広い。将軍家に仕えた後藤家の家彫に対し、町彫と呼ばれる自由な系譜に属し、絵画的な意匠を得意とした点で際立っている。

重要文化財に指定された理由

本作が重要文化財に指定されたのは昭和28年(1953年)11月14日である。評価の核にあるのが摺付象嵌の技法で、文化庁の解説は安親をその創始者とする。鏨で溝を切って金線を嵌める通常の象嵌と異なり、やわらかい金を素地に直接摺り付けて押さえ込むため、段差のない絵画的な金色が得られる。

透彫は安親が最も得意とした技で、ここでは構図全体をまとめる骨格として用いられている。小柄と笄を通す両櫃孔は金で埋められ、彫られた景に視線が集まるよう整えられた。専門家は本作を、晩年の作風が定まったのちの代表作と位置づけている。

意匠を読む

近づいて見ると、ひとつの面に二つの気分が同居していることに気づく。左の干網は重く、幾何学的で、動かない。右の群千鳥はその秩序を破り、開けた地を緩い隊形で渡っていく。掌ほどの円のなかに、海辺の一場面が凝縮されている。

素銅という選択が効いている。赤みのある地は金の輝きを引き立て、暗い色金であれば騒がしく見えかねない面を静かに保つ。千鳥は古来、和歌のなかで渚や季節の移ろいと結びついてきた画題で、安親も繰り返し取り上げた。近縁の浜松千鳥図鐔もまた重要文化財に指定されている。

安親の作に出会える場所

この鐔は東京の株式会社宝永堂が所蔵する個人蔵の品で、常設では公開されていない。それでも、同等の金工を実見できる場所はいくつかある。

東京では、根津美術館が光村コレクションを核とする刀装具の名品を所蔵し、企画に応じて優品を展示する。東京国立博物館も日本刀の部屋で鐔や金具を時期を替えて見せている。安親の故郷をたどるなら、生地に近い山形県酒田市の本間美術館が彼の作を収め、神戸近郊の黒川古文化研究所は重要文化財の豊干禅師図鐔を蔵する。訪れる前に各館の展示情報を確かめるのが、鐔に出会う近道となる。

Q&A

Q鐔とは何ですか。
A鐔は日本刀の刀身と柄の間に挟む金具で、手を護り、刀の均衡を取る役割をもつ。江戸時代には金工の腕を競う場ともなった。
Q東雨とは誰のことですか。
A東雨は土屋安親が享保15年(1730年)に仏門へ入った際に名乗った号である。東雨と銘のある作は、彼の最も洗練された晩年期のものを指す。
Q摺付象嵌はどこが特別なのですか。
Aやわらかい金を素地に摺り付けて押さえる技法で、溝を切る通常の象嵌とは異なる。文化庁の解説は安親をその創始者とし、段差のない絵画的な金色が特徴である。
Qこの鐔は博物館で見られますか。
A常設では見られない。個人蔵で定期公開されていないためである。同種の作なら、東京の根津美術館・東京国立博物館、山形の本間美術館などが手がかりになる。
Qなぜ千鳥と干網なのですか。
Aいずれも日本の美術と和歌で長く愛されてきた海辺の語彙である。千鳥は渚や季節の移ろいを思わせ、安親も繰り返しこの画題を扱った。

基本情報

名称干網千鳥透鐔〈銘東雨〉(ほしあみちどりすかしつば)
作者土屋安親(1670–1744)
種別工芸品(刀装具)/1枚
指定区分重要文化財(昭和28年〈1953年〉11月14日指定)
時代江戸時代
品質・形状素銅地、縦丸形、透彫・金摺付象嵌、両櫃孔金埋
寸法縦8.4センチ、横8.1センチ、耳厚0.4センチ強
所有者株式会社宝永堂
所在地東京都
公開状況個人蔵・常設公開なし

参考文献

文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/155151
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/5594
コトバンク 土屋安親
https://kotobank.jp/word/土屋安親-99296
根津美術館
https://www.nezu-muse.or.jp/
東京国立博物館
https://www.tnm.jp/

最終更新日: 2026.06.22