大磯駅前に残る大正元年の洋風別荘

旧木下家別邸は、神奈川県中郡大磯町大磯字北本町1007イ号2にある大正元年(1912年)建築の木造洋風住宅で、平成24年(2012年)2月23日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。地元では「大磯駅前洋館」と呼ばれ、現在はレストラン「大磯迎賓舘」として使われている。

JR大磯駅の改札を出て左へ進むと、交番の向かい側に白い下見板張の建物が見える。徒歩1分ほどの距離である。敷地が三角形をしていることから、近隣では古くから「三角屋敷」の通称で親しまれてきた。

建築主については、水沼淑子「大磯町家屋関連行政文書による別荘建築の履歴」(2010年度日本建築学会関東支部研究発表会)が、貿易商の木下建平が別荘として建てたものとしている。設計者は、内田青蔵ほか「小笹三郎の手掛けた住宅建築について」において小笹三郎の手によると推察されている。小笹はアメリカに渡り、アジア系アメリカ人として初めてシアトルで建築活動を行った人物である。ただしこれは図面や意匠からの推定であり、大磯町も「推察されています」という表現にとどめている。

文化庁の国指定文化財等データベースが記載する構造は簡潔である。木造地上2階一部地下1階建、スレート葺、建築面積94平方メートル。切妻造の屋根が直交し、左右の屋根面にドーマー窓が開く。正面中央に玄関ポーチを構え、外壁は下見板張、各室にベイウィンドウを設ける。

登録有形文化財という制度と、大磯という土地

ここで制度の区別を確認しておきたい。重要文化財は文化財保護法に基づく「指定」であり、現状変更に強い規制がかかる一方で手厚い保護措置が講じられる。これに対し登録有形文化財は平成8年(1996年)に創設された「登録」の制度で、築50年を経過した建造物のうち、所有者が活用を続けながら保存できるよう、外観の大幅な変更時の届出を求める程度の緩やかな規制にとどめている。旧木下家別邸は後者にあたり、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。二次資料には「指定」と記すものが散見されるが、正しくは「登録」である。

大磯が別荘地となった経緯には医学が関わっている。明治18年(1885年)、陸軍軍医総監の松本良順が、ドイツ人医師エルヴィン・ベルツの勧めを受けて海水浴を療養法として推奨し、大磯に日本最初の公設海水浴場が開かれた。以後、伊藤博文の滄浪閣をはじめ政財界人の別荘が相次いで建てられ、明治後期から大正期にかけて大磯は全国有数の別荘密集地となった。木下家別邸は、そのなかでも数少ない本格的な洋風建築である。

しかし別荘群の多くは失われた。火災、相続、宅地の細分化によって一つずつ姿を消し、結果として建築面積94平方メートルの小規模な建物が、大磯の別荘建築を今日に示す数少ない実例となった。

この建物自体も一度は取り壊しの瀬戸際にあった。平成17年(2005年)2月に保存を求める陳情が町議会に提出され、同年3月定例会で趣旨採択される。その後、保存活用検討プロジェクト会議と検討委員会での議論を経て、適正な維持管理のためには民間企業等への貸付が現実的であるとの結論に至った。築100年にあたる平成24年2月に国登録有形文化財となり、同年9月には景観法に基づく景観重要建造物にも指定されている。

枠組壁工法と、上げ下げ窓のディテール

この建物の技術史上の位置づけを支えているのは、構法である。大磯町は構造を「木・鉄筋コンクリート造 地下1階付き3階建て、枠組壁工法」と説明している。枠組壁工法、いわゆるツーバイフォーであり、我が国の住宅建築としては最初期の採用と推察されるという。現存する日本最古のツーバイフォー住宅と紹介する資料も複数ある。ただしこれは建築史研究に基づく評価であって、文化庁データベースの記載事項ではない点は押さえておきたい。大正12年(1923年)の関東大震災で倒壊しなかった数少ない建物のひとつであることが、しばしばその傍証として挙げられる。

窓を近くで見てほしい。分銅の重みでガラス枠を吊り上げるロープが窓枠に仕組まれた、上げ下げ窓である。大磯町は、この窓とシアトルのパナマホテルの上げ下げ窓を並べた写真を公開している。パナマホテルは小笹三郎の作品とされるレンガ造の建物で、地下には銭湯があり、第二次世界大戦中に強制収容された日系アメリカ人の所有物が保管されてきた。2006年に米内務省により国定歴史建造物に指定されている。二つの窓の納まりを見比べることは、設計者推定を裏づける最も具体的な材料といえる。

内部は漆喰塗りで、天井高は現代の住宅よりやや低い。通路の突き当たりまで進むと、ステンドグラス越しに大磯の海が見える。冬の午後、色ガラスを通した光が床板に落ちる時間帯が最も美しい。

見学と食事

建物は現在「大磯迎賓舘」として営業している。ナポリから取り寄せた薪窯を備え、相模湾で水揚げされた魚介と契約農家の野菜を使ったピッツァとイタリア料理を出す。営業はランチが11時30分から14時ラストオーダー、ディナーが17時30分から19時30分ラストオーダーで、定休日は水曜日と年末年始。土日祝のランチは2部制となる。内部を見るには食事での利用が最も確実で、海の眺めを楽しむなら日没前の来館が望ましい。

建築見学に特化した見学会も、月に2回程度、平日を中心に開催されている。1回あたり定員10名程度、開始時刻は2枠、事前予約制で、ガイド費用はおひとり200円程度。案内はNPO法人大磯ガイド協会のスタッフが担当する。開催日はレストランの営業状況や季節によって変わるため、訪問前に最新の日程を確認しておきたい。館内はウエディングや展示会、音楽会などでの貸切利用にも供されている。

駐車場は台数が限られ、電話での事前予約が必要である。もっとも駅から徒歩1分という立地であるから、鉄道で訪れるのが合理的だろう。大磯には鴫立庵や旧吉田茂邸、旧島崎藤村邸など徒歩圏から短いバス移動で回れる文化財が集まっており、半日の散策に組み込みやすい。

Q&A

Q旧木下家別邸の内部は見学できますか。料金はいくらですか。
A二通りの方法があります。ひとつは建物を使用しているレストラン「大磯迎賓舘」で食事をすること。もうひとつは月2回程度開催される建築見学会への参加で、事前予約制、定員10名程度、ガイド費用はおひとり200円程度です。予約なしの自由見学は受け付けていません。
Q旧木下家別邸へのアクセスを教えてください。
AJR東海道線の大磯駅が最寄りで、東京駅からおよそ1時間10分です。改札を出て左(大磯海水浴場側)へ進み、大磯駅前交番の向かい側に建つ白い洋館が該当します。徒歩約1分です。
Q旧木下家別邸は重要文化財ですか、登録有形文化財ですか。
A登録有形文化財(建造物)です。平成24年(2012年)2月23日に登録されました。重要文化財の「指定」とは別の、平成8年に創設された緩やかな保護制度にあたります。同年9月には景観法に基づく景観重要建造物にも指定されています。
Q旧木下家別邸は本当に日本最古のツーバイフォー住宅なのですか。
A大磯町は、我が国の住宅建築として最初期の枠組壁工法(ツーバイフォー)採用と推察されると説明しており、現存最古と紹介する資料もあります。ただしこれは建築史研究による評価で、文化庁データベースの記載ではありません。関東大震災に耐えたことがその傍証として挙げられます。
Q旧木下家別邸で写真撮影はできますか。
A外観は公道から見えるため撮影に支障はありません。内部については、個人利用の範囲であれば概ね認められていますが、他のお客様が写り込む場面もあるためスタッフに一声かけてください。商用利用には運営者の許可が必要です。

基本情報

名称旧木下家別邸(きゅうきのしたけべってい)/通称・大磯駅前洋館
所在地神奈川県中郡大磯町大磯字北本町1007イ号2
指定区分登録有形文化財(建造物)/景観重要建造物(景観法・2012年9月)
指定年2012年(平成24年)2月23日登録・同日告示(第72回登録)
員数1棟
寸法木造地上2階一部地下1階建、スレート葺、建築面積94平方メートル。大正元年建築、平成元年・平成18年改修
所有者大磯町
公開状況レストラン「大磯迎賓舘」として営業(ランチ11時30分~、ディナー17時30分~、水曜定休)。別途、事前予約制の建築見学会を月2回程度開催

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)旧木下家別邸
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009131
大磯駅前洋館(旧木下家別邸)/大磯町ホームページ
https://www.town.oiso.kanagawa.jp/soshiki/toshikensetsubu/toshi/tanto/keikan/kenzoubutsu/13083.html
文化遺産オンライン(国立文化財機構)旧木下家別邸
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/176574
大磯迎賓舘 公式サイト
https://www.oisogeihinkan.com/
大磯町の歴史的建造物/大磯町ホームページ
https://www.town.oiso.kanagawa.jp/isotabi/meguru/pagedate/14424.html

最終更新日: 2026.08.13