はじめに:古代の権力を物語る土の馬

高さ87.5センチメートル、全長101.5センチメートルを誇る「埴輪馬」は、日本の古墳時代(3世紀~6世紀)に制作された馬形埴輪の中でも、最も優れた作例のひとつです。埼玉県熊谷市上中条から出土したこの素焼きの土製彫刻は、現在、東京国立博物館の考古展示室に収蔵されています。1958年(昭和33年)に重要文化財に指定された本品は、古代日本における馬の装備と葬送儀礼の実態を伝える貴重な資料として、高い評価を受けています。

歴史的背景:古墳時代の馬文化

日本の古い神話にも馬は登場しますが、実際に騎馬の習慣が大陸からもたらされたのは古墳時代のことであり、広く普及したのは5世紀以降と考えられています。当初、馬具は大陸からの輸入品でしたが、6世紀には国内生産も確立されました。5世紀後半から6世紀にかけて馬文化が発展・普及するにつれ、馬形埴輪も盛んに製作されるようになり、特に関東地方で多くの作例が見つかっています。

埴輪とは、古墳(有力な支配者や首長のために築かれた巨大な墳丘墓)の表面に並べ置かれた、大型の中空の土製品です。最初期の埴輪は円筒形の単純な造形でしたが、時代を経るにつれて家形、武器・武具形、動物形、人物形など、多様な形態へと発展しました。馬形埴輪は古墳時代後期に特に多く見られ、当時の社会において馬が持っていた高い地位と軍事的重要性を反映しています。

本品は、現在の熊谷市上中条地区にあった中条古墳群から出土したと推定されています。この古墳群は6世紀中頃に造営されたとされ、本品の制作年代は6世紀前半頃と考えられています。同じ古墳群からは、やはり重要文化財に指定されている「短甲武人埴輪」も出土しており、この一帯が有力な首長の墓域であったことがうかがえます。

重要文化財に指定された理由

本品は1958年(昭和33年)2月8日に重要文化財に指定されました。指定の理由は、その卓越した考古学的価値にあります。残存部分の保存状態が極めて良好であり、馬形埴輪の中でも最も優れた保存例のひとつに数えられます。

最大の価値は、馬の装備品(馬具)が驚くほど精緻に再現されている点にあります。轡(くつわ)、鈴、鞍、鐙(あぶみ)、杏葉(ぎょうよう)などの馬具が忠実に粘土で表現されており、研究者はこれらの細部から古墳時代の馬文化と物質文化を詳細に復元することが可能です。豪華な飾り馬は視覚的にも聴覚的にも強烈な印象を与えるものであり、その所有者である有力者の権威と威信を象徴していました。

見どころ・魅力

精緻な馬具の表現

本品の最大の見どころは、完全装備の乗馬用馬具が粘土で丹念に再現されている点です。頭部には、6個の鈴を付けた鏡板(かがみいた)を伴う轡が装着されています。胸部には胸繋(むながい)から4つの馬鐸(ばたく)が吊り下げられ、馬が動くたびに独特の音色を響かせたことでしょう。鞍の両側には障泥(あおり)と輪鐙(わあぶみ)が配され、後部の尻繋(しりがい)には三方向に三鈴杏葉(さんれいぎょうよう)が付けられています。

優れた保存状態

たてがみ、耳、前脚の一部、鞍、尻尾は復元されていますが、それ以外の部分はほぼ完存しています。よく手入れされたたてがみは装飾的な留め具で前方にまとめられ、尻尾の毛も結い上げられています。後脚の付け根には雄を示す陰茎の表現も見られ、古代の工人の観察力と高い技術力がうかがえます。

制作技法と造形美

高さ87.5センチメートル、全長101.5センチメートル、幅36.5センチメートルの堂々たる体躯を持ち、約37.2センチメートルの円筒形の脚がしっかりと体を支えています。粘土の紐を積み上げて形を作る「輪積み技法」で制作され、無釉のまま焼成されており、埴輪特有の温かみのある土色が魅力です。

観覧案内

埴輪馬は、日本最古にして最大の博物館である東京国立博物館に収蔵されています。平成館1階の考古展示室で鑑賞することができ、同室では旧石器時代から近代に至る日本の歴史を、土偶・銅鐸・埴輪をはじめとする豊富な考古遺物でたどることができます。

東京国立博物館は東京・上野公園内に位置しています。開館時間は午前9時30分から午後5時(最終入館は午後4時30分)まで。休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)です。総合文化展の観覧料は一般1,000円、18歳未満は無料です。展示替えにより観覧できない場合もあるため、来館前に博物館のウェブサイトで展示状況をご確認ください。

周辺情報

東京国立博物館がある上野公園エリアは、日本有数の文化施設が集まる場所です。ル・コルビュジエ設計のユネスコ世界遺産「国立西洋美術館」、「国立科学博物館」、「東京都美術館」などが徒歩圏内にあります。上野恩賜公園は桜の名所としても有名で、上野動物園も隣接しています。

埴輪馬の出土地である熊谷市に興味のある方は、東京から新幹線や在来線で約1時間でアクセスできます。熊谷市には、全国でも珍しい上円下方墳である国指定史跡「宮塚古墳」、埼玉県内第2位の規模を誇る円墳「甲山古墳」、幕末から明治初期に築かれた美しい回遊式庭園「星渓園」など、歴史的な見どころが数多くあります。また、国宝級の精緻な彫刻装飾で知られる「妻沼聖天山歓喜院」もぜひ訪れたい名刹です。

Q&A

Q埴輪とは何ですか?どのような目的で作られたのですか?
A埴輪は、古墳時代(3世紀~6世紀)に制作された素焼きの土製品です。古墳(支配者や有力者のために築かれた大型の墳丘墓)の表面に並べ置かれました。初期は単純な円筒形でしたが、やがて家形・武器形・動物形・人物形など多様な形態に発展し、儀礼的・宗教的な役割を担っていたと考えられています。
Qなぜ馬形の埴輪が多く作られたのですか?
A古墳時代に大陸から伝来した馬は、富・軍事力・社会的地位の象徴でした。飾り馬を所有することは権威と威信の証であり、有力者の葬送儀礼においてもその重要性が表現されました。馬形埴輪には精緻な馬具の表現が施され、被葬者の権力を示す重要な役割を担っていました。
Qこの埴輪馬に付けられた鈴や装飾にはどのような意味がありますか?
A鏡板の鈴(れい)、胸繋の馬鐸(ばたく)、尻繋の三鈴杏葉(さんれいぎょうよう)などは、実際に古墳時代の遺跡から出土する金属製馬具を忠実に再現したものです。こうした装飾品は視覚的にも聴覚的にも華やかな演出を生み出し、所有者の威信を示すものでした。粘土による精密な表現は、当時の工芸技術や美意識を知るうえで非常に重要な資料です。
Q埴輪馬はどこで見ることができますか?
A東京国立博物館(東京都台東区上野公園)に収蔵されており、通常は平成館1階の考古展示室に展示されています。ただし、展示替えにより常時展示されているとは限りませんので、来館前に博物館のウェブサイトで展示状況をご確認ください。
Q出土地を訪れることはできますか?
A出土地である埼玉県熊谷市上中条地区へは、東京から新幹線等で約1時間でアクセスできます。出土した具体的な古墳は特定されていませんが、中条古墳群のあった一帯には歴史的な遺跡が残っています。熊谷市内には国指定史跡の宮塚古墳や県内有数の規模を誇る甲山古墳など、古墳時代に関連する見どころも多数あります。

基本情報

名称 埴輪馬(はにわうま)
指定区分 重要文化財(1958年〈昭和33年〉2月8日指定)
種別 考古資料
時代 古墳時代・6世紀
材質 土製(素焼き)
寸法 高さ87.5cm、全長101.5cm、幅36.5cm
出土地 埼玉県熊谷市大字上中条字日向島
所蔵・展示場所 東京国立博物館 平成館(東京都台東区上野公園13-9)
列品番号 J-838
所有者 独立行政法人国立文化財機構
開館時間 午前9時30分~午後5時(最終入館 午後4時30分)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始
観覧料 一般1,000円、18歳未満無料
アクセス JR上野駅公園口・鶯谷駅南口から徒歩10分、東京メトロ上野駅・根津駅から徒歩15分

参考文献

最終更新日: 2026.04.03