漂流から生まれた記録――『北槎聞略』が江戸に運んだロシア

天明2年(1782年)の12月、伊勢白子を出た神昌丸は駿河沖で嵐に遭い、舵を失った。乗組員は8か月ほど漂流したのち、当時ロシアの支配下にあったアリューシャン列島の小島アムチトカに漂着する。海難から始まったこの出来事は、やがて鎖国期の日本における稀有な書物を生んだ。その書物『北槎聞略』は、現在は独立行政法人国立公文書館が所蔵し、平成5年(1993年)に重要文化財に指定されている。

これは漂流した者が自ら綴った日記ではない。公の記録である。船頭の大黒屋光太夫が寛政4年(1792年)にようやく帰国したのち、彼と磯吉は江戸へ送られ、幕府の医官で蘭学者の桂川甫周から漂流の経緯やロシア、シベリアの政治・地理・文化について詳しく聴取された。甫周はその答えを整理して一書にまとめ、寛政6年(1794年)8月に上呈した。

現物は本文12冊(本文11冊と付録1冊)、図2巻、地図10点からなり、員数は12冊・2巻・1帖・9鋪と記録される。本文はロシアに関する情報を76の項目に分類して記す。日本のほとんど誰も見たことのない帝国を、どうにか理解しようとした試みである。

十年に及ぶ旅と、その克明な記録

光太夫の帰路は尋常ではなかった。アムチトカで船を造ってカムチャツカに渡り、シベリアをオホーツク、ヤクーツク、イルクーツクと横断する。イルクーツクで博物学者キリール・ラクスマンと出会い、その助けを得て首都サンクトペテルブルクへ向かった。女帝エカチェリーナ2世に謁見し、帰国を嘆願する。遣日使節アダム・ラクスマンに伴われて根室に着いたとき、漂流から十年近くが経っていた。

折しもロシアは日本の北辺に迫っており、漂流民のもたらす知識は珍奇な見聞であると同時に、貴重な情報でもあった。甫周は光太夫と磯吉の記憶だけに頼らず、オランダ語の地理書を参照して記述を確かめ、正した。記憶違いがある場合も、まず語ったままを記し、注の形で訂正を添えることが多い。この方法は、漂流民の肉声と記憶の限界の双方を書きとどめている。

こうして本書は、日本の漂流記の最高傑作、そしてわが国のロシア学の発端と評される地位を得た。当時の読者にとっては未知のヨーロッパへの窓だった。「文字」の項では初学者向けにロシア文字を示し、「宝貨」ではロシア貨幣の拓本を載せる。記述は宮廷の儀礼から孤児院の運営にまで及ぶ。

光太夫が持ち帰った図

本書が鮮やかに立ち上がるのは、二巻の図においてである。一巻はロシアの衣服を描き、もう一巻は器物に充てられ、光太夫と磯吉が宮廷で拝領し、あるいは目にした品々を記録する。女帝から賜ったメダル、時計、煙草入、エカチェリーナ2世の肖像を描いた掛版、短刀、杖、顕微鏡、そして日用の品々が、いずれも丁寧に写し取られている。器什の巻は長く、紙の長さは十数メートルに及ぶ。繰り広げていくと、いまは失われた出会いの目録をたどるようだ。

地図は、静かに驚かされる部分かもしれない。甫周のもとでロシアの銅版図が一枚ずつ手で模写され、地球全図、各地域の図、ロシア帝国の図、そしてサンクトペテルブルクの市街図が作られた。市街図では王宮など主だった建物にいろは等の符号がふられ、欄外に名称が記される。これは遠い土地を日本人が想像したものではない。ヨーロッパの地図学を忠実に書き写したもので、そうした図がまだ稀で、厳重に扱われていた時代の所産である。

原本を自由に手に取ることはできない。これは展示常設の品ではなく、文書館の所蔵資料だからである。国立公文書館は東京の中心でこうした名品を無料の特別展などで公開する。さらに手軽なのは、本書全体が国立公文書館デジタルアーカイブで画像化されている点だ。本文も、衣服と器什の二巻も、すべての地図も、誰でもどこからでも無料で繰り読むことができる。

Q&A

Q『北槎聞略』はどこで見られますか。
A東京・北の丸公園の国立公文書館が所蔵し、常設展示ではありません。同館の無料の特別展などで公開されることがあり、全体は国立公文書館デジタルアーカイブで一頁ずつ無料で閲覧できます。
Q誰が書いたのですか。
A幕府の医官で蘭学者の桂川甫周が、帰国した漂流民の大黒屋光太夫と磯吉の証言をもとに編みました。寛政6年(1794年)8月に上呈されています。
Qなぜそれほど重要なのですか。
A日本の漂流記の最高傑作とされ、わが国のロシア学の発端と位置づけられます。ヨーロッパと閉ざされていた国から見た、18世紀末のロシアとシベリアの広範で克明な記録だからです。
Q図や地図には何が描かれていますか。
A二巻の図がロシアの衣服と器物を描き、時計や顕微鏡、エカチェリーナ2世の肖像などが見えます。ロシアの銅版図を手写しした10点の地図には、地球全図や、建物名を符号で示したサンクトペテルブルク市街図が含まれます。
Q本文の現代語訳や英訳はありますか。
A原本は古典語で全文の現代語訳はありませんが、日本語の校訂版があります。デジタルアーカイブは検索の英語表示に対応し、地図や図の高精細画像は言語を問わず見応えがあります。

基本情報

名称北槎聞略〈寛政六年八月〉
所有・保管独立行政法人国立公文書館
所在地東京都千代田区北の丸公園3-2
指定区分重要文化財(歴史資料)
指定番号00065
指定年月日平成5年(1993年)1月20日
年代江戸時代 寛政6年(1794年)
員数12冊、2巻、1帖、9鋪
編者桂川甫周
公開状況常設展示なし。国立公文書館デジタルアーカイブで無料公開、特別展等で展示の場合あり。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/10207
国立公文書館デジタルアーカイブ「北槎聞略」
https://www.digital.archives.go.jp/pickup/71/79
国立公文書館
https://www.archives.go.jp/

最終更新日: 2026.06.22