梟を螺鈿で描いた平安の鞍

柏木兎螺鈿鞍(かしわみみずくらでんくら)は、平安時代に作られた乗馬用の鞍である。黒漆を塗った木地の上に、貝を切って嵌め込む螺鈿の技法で、柏の枝にとまる木菟(みみずく)の姿が描かれている。名称はその図様をそのまま写したものだ。所蔵するのは東京・文京区の永青文庫。旧熊本藩主・細川家に代々受け継がれた品々を収める美術館で、この鞍は数少ない螺鈿鞍の優品として知られる。

日本の鞍は一木を彫った物ではなく、漆塗りの木部を組み合わせて作る。前後に立ち上がる前輪(まえわ)と後輪(しずわ)、その間を渡して座面となる二枚の居木(いぎ)から成る。本品は前輪の高さ29.9センチ、後輪の高さ29.0センチ、居木の長さ41.8センチを測る。全体を黒漆で塗り、暗い地のなかに貝の光が浮かび上がる。

図様の置き方には工夫がある。前輪・後輪それぞれの表には柏に木菟の図、裏面と居木には柏の折枝が螺鈿で表される。銘や年記は残らず、文化庁のデータベースも時代を「平安」とのみ記す。

国宝に指定された理由

貝を切って漆地に嵌める螺鈿で飾った鞍は、日本の工芸のなかでも数の限られた一群を成す。螺鈿鞍が盛んに作られたのは主に平安後期から鎌倉にかけてで、無傷で残る作は多くない。そのなかで本品は、意匠・技法ともに卓越し、現存する螺鈿鞍の代表的な遺品と評される。

保護の歩みは二段階を踏む。まず昭和10年(1935年)4月、旧来の枠組みのもとで指定を受けた。戦後に文化財の制度が改められると、現行の文化財保護法のもとで国宝に格上げされ、昭和29年(1954年)3月の指定となった。

技術の見どころは貝の扱いにある。薄く挽いた貝を形に切り、羽毛や葉脈といった細部を毛彫りの線で刻み、漆の面と段差なく嵌め込む。仕上がりは浮き彫りではなく、一枚の絵のように読める。中心に一羽の鳥を据える構図そのものも珍しい。同時代の鞍の多くが草花の文様を選ぶなかで、観察に基づく生き物を主題とした点が際立つ。

見どころ

目を引くのはやはり木菟である。猛禽は平安の漆工意匠にあまり登場しない題材で、丸い体と耳のような羽角が柏の葉のあいだにはっきりと見て取れる。角度を変えて眺めると、貝が青や緑、薄紅へと色を変えて光を返す。塗りではなく本物の貝を用いているためだ。

表と裏の対比も、ゆっくり見たい点である。人目に触れる表には木菟と柏の全図を、ふだんは見えにくい裏と居木には柏の折枝という控えめな文様を置く。表の主題と裏の断片が一つの構想として組まれている。

もう一つ、この鞍を訪ねる理由がある。永青文庫はもう一背の螺鈿鞍を国宝として持つ。鎌倉時代の螺鈿時雨鞍で、和歌の語句を絵のなかに忍ばせる葦手(あしで)の手法により、新古今和歌集の一首の歌意を螺鈿で描き出している。同種の国宝鞍を二背そろえて持つ例はまれで、二つを並べて語られると、この工芸の移り変わりがたどりやすくなる。

永青文庫の周辺

美術館が立つのは、かつて細川家が構えた広大な江戸屋敷の一角である。細川家は肥後熊本の藩主を務めた家で、淡い色の本館は昭和初期に細川侯爵家の家政所として建てられ、のちに美術館となった。永青文庫は昭和25年(1950年)、十六代当主・細川護立が、家に受け継がれた文化財の散逸を防ぐために設けたもので、いまは国宝8件と多くの重要文化財を含む約9万点の美術工芸品・歴史資料を収める。

展示は常設ではなく、年に四回ほどテーマを定めた展覧会の形をとる。そのため個々の作品は、その回の展示に組み込まれたときにだけ公開される。本品も同じで、出かける前に会期と展示内容を確かめておきたい。隣には旧屋敷地を生かした文京区立の肥後細川庭園が広がる。入園は無料で四季それぞれに見どころがあり、両者を結ぶ門が日中の決まった時間に開く。最寄りは東京メトロ有楽町線の江戸川橋駅で、徒歩およそ15分。都営バスでは目白台三丁目の停留所が近い。

Q&A

Q永青文庫を訪ねればいつでもこの鞍を見られますか。
Aいつでも見られるわけではありません。永青文庫は年に四回ほどの企画展ごとに展示を入れ替えており、この鞍はその回の展示に含まれるときだけ公開されます。事前に会期を確かめてください。
Q螺鈿とはどのような技法ですか。
A貝殻を薄く切り、漆の面に嵌め込んで文様を表す装飾の技法です。本品では黒漆の地に、貝で木菟や柏、折枝の図が描かれています。
Qなぜ木菟が描かれているのですか。
A柏に木菟という図様は、草花を主とする他の鞍のなかでは珍しい取り合わせです。作者の意図を記した史料は残らないため、意味づけは推測の域を出ません。
Qいつ頃の作ですか。
A平安時代の作とされます。銘や年記がないため、制作年は様式や類品との比較から推定されています。
Q同じ館に他に著名な鞍はありますか。
Aあります。永青文庫は鎌倉時代の螺鈿時雨鞍も国宝として所蔵しており、こちらは古歌の語句を意匠のなかに組み込んでいます。

基本データ

名称柏木兎螺鈿鞍(かしわみみずくらでんくら)
所在地永青文庫 東京都文京区目白台1-1-1
所有者公益財団法人永青文庫
種別工芸品
時代平安時代
員数1背
寸法前輪高29.9cm/後輪高29.0cm/居木長41.8cm
指定国宝(昭和29年〔1954年〕3月20日指定。昭和10年〔1935年〕4月30日に旧制度で指定)
公開企画展に応じて公開。事前に永青文庫へ確認のこと

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 柏木兎螺鈿鞍
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/434
永青文庫 公式サイト
https://www.eiseibunko.com/
文化遺産オンライン(NII) 螺鈿時雨鞍
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/197340
肥後細川庭園(文京区)
https://www.city.bunkyo.lg.jp/b036/p004891.html

最終更新日: 2026.06.12