喜代川店舗:日本橋に息づく江戸前鰻の老舗と数寄屋建築
東京・日本橋小網町のオフィス街の路地裏に、周囲の近代的なビル群とは対照的な、風情ある木造建築がひっそりと佇んでいます。それが「喜代川店舗」です。明治7年(1874年)創業の老舗うなぎ料理店「うなぎ喜代川」の店舗であるこの建物は、関東大震災後の昭和2年(1927年)に建てられた数寄屋造りの木造2階建て建築です。平成30年(2018年)には、都心部の開発が著しい中で良質な伝統木造建築の姿を留める希少な建物として、国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。創業以来150年余りの歴史を刻み続ける、生きた文化遺産です。
歴史的背景
喜代川の歴史は、明治7年(1874年)に日本橋小網町で創業したことに始まります。日本橋小網町は江戸時代から日本橋川沿いの水運を活かした商業地として栄え、米問屋や塩商、大規模な回漕店が軒を連ねる活気ある町でした。喜代川はこの商業地の一角で、鰻料理の名店としての歩みを始めました。
開業からわずか10年後の明治17年に発行された「高名鰻蒲焼店取組番付」では、241軒の名店が名を連ねる中、喜代川は東前頭4枚目に堂々とランクインしています。新参の店としては異例の高評価であり、当時からその味が高く評価されていたことがうかがえます。
大正12年(1923年)の関東大震災では、小網町の町域のほとんどが焼失しました。震災後の復興事業の中で、昭和2年(1927年)に現在の建物が建築されました。周辺では銅板やモルタル、タイルなどの耐火素材で装飾された看板建築が多く建てられる中、喜代川は数寄屋風の意匠を取り入れた伝統的な木造建築として再建されました。
さらに昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲では、小網町一帯は奇跡的に焼け残りました。震災復興と戦災の双方をくぐり抜けた建物として、喜代川店舗は二重の歴史的価値を有しています。
文化財としての価値
喜代川店舗は平成30年(2018年)5月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その価値は、大きく分けて三つの観点から認められています。
第一に、急速な再開発が進む東京都心部において、良質な伝統木造建築の姿を留めている希少性です。中央区日本橋地区では、大規模な商業施設の建設が相次いでおり、昭和初期の建築物は年々減少しています。その中で、数寄屋風の意匠でまとめられた店舗併用住宅は極めて珍しく、震災復興後の貴重な建物といえます。
第二に、内外ともに繊細な数寄屋風の意匠が随所に施されている建築的完成度の高さです。特に2階の客間は、各部屋ごとに床の間・違い棚・天井などの仕上げ材や構成が異なり、それぞれに趣の異なるしつらえが施されています。
第三に、明治7年の創業以来、一貫して鰻料理店として営業を続けてきた歴史的連続性です。建物と営みが一体となって、地域の歴史と文化を伝え続けている点が高く評価されています。
建築の見どころ
喜代川店舗は木造2階建て、銅板葺一部瓦葺の屋根を持ち、建築面積は約107平方メートルです。正面入口は路地に面して東向きに設けられ、寄棟造の平入で正面南端に切妻屋根の玄関を配しています。背面には角屋を出す構成となっています。
外壁の仕上げには、1階と2階で異なる技法が用いられています。1階の腰壁は目透しの縦板張りで、その上部は土壁仕上げです。2階は腰壁を押縁下見板張りとし、上部が漆喰塗りとなっています。この異なる素材と技法の組み合わせが、建物の外観に豊かな表情を与えています。
内部の見どころは、2階に設けられた5室の座敷です。各部屋の床の間の周り、違い棚、天井などの仕上げ材や構成がそれぞれ異なり、一室ごとに異なる趣が楽しめるようになっています。草庵風茶室の意匠・手法を取り入れた数寄屋造りの特徴が随所に表れており、非常に手の込んだ工夫が凝らされています。
平成26年(2014年)には、歴史的建造物としての価値を維持しながら耐震補強と劣化補修を行う保存修繕工事が実施されました。伝統的な姿を守りつつ、現在も営業を続けられるよう配慮された修復です。
江戸前鰻の伝統
喜代川は、建築としての価値だけでなく、江戸前の鰻料理の伝統を今に伝える生きた文化遺産でもあります。注文を受けてから一匹ずつ丁寧にさばき、じっくりと蒸した後に備長炭で焼き上げる関東風の調理法を守り続けています。この製法により、ふんわりととろけるような柔らかさの蒲焼きが生まれます。
味の決め手であるタレは、創業時から継ぎ足し続けてきた伝統の味。やや辛めのすっきりとした味わいは、四代目女将が「伝統的な江戸の蒲焼」と表現する正統派の江戸前の味です。現在は五代目が店を守り、家族経営の温かみとともにその伝統を受け継いでいます。
喜代川は、文豪・谷崎潤一郎(1886〜1965)や小説家・渡辺淳一(1933〜2014)など、多くの著名人に愛されてきた老舗としても知られています。谷崎は日本橋蛎殻町の生まれであり、地元の名店として親しんでいたとされます。いくつかの文学作品にも喜代川が登場しており、文学的な縁の深い店でもあります。
周辺の見どころ
喜代川が位置する日本橋小網町周辺には、歩いて巡れる魅力的なスポットが点在しています。
すぐ近くにある小網神社は、東京屈指のパワースポットとして近年大きな人気を集めています。強運厄除・財運向上のご利益で知られ、昭和4年に建てられた総欅造りの社殿は中央区の有形文化財に指定されています。境内の「銭洗いの井」で金銭を清めると財運が授かれるとされ、「東京銭洗い弁天」としても親しまれています。
徒歩5分ほどの人形町エリアには、甘酒横丁をはじめとする下町情緒あふれる商店街が広がっています。老舗のすき焼き店や豆腐料理店、和菓子店など、食の楽しみも豊富です。安産・子育ての神として信仰を集める水天宮も徒歩圏内にあります。
さらに足を延ばせば、国の重要文化財である日本橋、三越日本橋本店、日本銀行本店本館など、日本橋地区を代表する歴史的建造物の数々を巡ることができます。喜代川での食事と合わせて、江戸・東京の商業文化の歴史をたどる散策を楽しむのもおすすめです。
Q&A
- 喜代川の利用には予約が必要ですか?
- 2階のお座敷でのコース料理は予約が必要です。1階のテーブル席は予約なしでも利用可能ですが、特に夏の土用の丑の日前後など繁忙期は予約をおすすめします。
- 料理の提供までどのくらい時間がかかりますか?
- 注文を受けてから一匹ずつ丁寧に調理するため、30分から40分程度お待ちいただく場合があります。じっくり蒸してから備長炭で焼き上げる伝統製法ですので、出来立ての味わいをお楽しみください。
- 建物の見学だけでも可能ですか?
- 喜代川は現在も営業中のうなぎ料理店ですので、建物内部の見学はお食事をご利用いただくお客様に限られます。ただし、数寄屋風の外観は路地から自由にご覧いただけます。建物の内部を堪能するには、ぜひお食事とともにお楽しみください。
- 最寄り駅からのアクセスを教えてください。
- 東京メトロ東西線・日比谷線の茅場町駅から徒歩約5分、東京メトロ日比谷線・都営浅草線の人形町駅から徒歩約5分です。東京メトロ半蔵門線の水天宮前駅からは徒歩約6分、東京メトロ銀座線の日本橋駅からは徒歩約10分となっています。
- 出前やテイクアウトはできますか?
- はい、喜代川では周辺エリアへの出前や、お土産用のうなぎの販売も行っています。詳細は直接お店にお問い合わせください。
基本情報
| 名称 | 喜代川店舗(きよかわてんぽ) |
|---|---|
| 文化財区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成30年(2018年)5月10日 |
| 竣工 | 昭和2年(1927年) |
| 創業 | 明治7年(1874年) |
| 構造 | 木造2階建、銅板葺一部瓦葺、建築面積107㎡ |
| 建築様式 | 数寄屋造り |
| 所在地 | 東京都中央区日本橋小網町10-5 |
| アクセス | 東京メトロ茅場町駅・人形町駅より各徒歩約5分 |
| 営業時間 | 昼 11:00〜14:00、夜 17:00〜20:00(日曜・祝日定休、要確認) |
| 電話番号 | 03-3666-3197 |
| 公式サイト | https://www.unagi-kiyokawa.com/ |
参考文献
- うなぎ喜代川(うなぎきよかわ) - 中央区ホームページ
- https://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/rekishi/kunibunkazai/040221.html
- 文化遺産オンライン - 喜代川店舗
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/429516
- うなぎ喜代川 公式ウェブサイト
- https://www.unagi-kiyokawa.com/
- 喜代川 | まち日本橋
- https://www.nihonbashi-tokyo.jp/restaurants/gourmet-201108/
- うなぎの老舗「喜代川」で味わう伝統の蒲焼きの味 - 料理通信
- https://r-tsushin.com/journal/japan/japanese_shinise_kiyokawa/
最終更新日: 2026.04.02