国宝『古今集〈伝藤原清輔筆〉』とは

昭和27年(1952年)11月22日に国宝へ指定された本書は、平安時代、12世紀に書写された『古今和歌集』の写本で、上下2帖からなる。所蔵するのは旧加賀藩主前田家の典籍・古美術を管理する公益財団法人前田育徳会で、東京・駒場の尊経閣文庫に収められている。

筆者は古来、平安後期の歌人で歌学者の藤原清輔(1104〜1177)と伝えられてきた。清輔は生涯にわたって『古今集』の本文研究に深く関わった人物であり、その名がこの写本に結びつけられたのは自然な成り行きだった。ただし「伝藤原清輔筆」という慎重な肩書きには理由がある。後段で述べるとおり、清輔自筆と断じることには学術的な留保がついている。

2帖の料紙に書かれているのは、日本古典和歌の出発点に立つ勅撰集そのものである。写本を読み解く前に、まずその本文の素性を押さえておきたい。

清輔本という系統

『古今和歌集』は延喜5年(905年)頃、醍醐天皇の勅命によって編まれた最初の勅撰和歌集で、紀貫之・紀友則・凡河内躬恒・壬生忠岑の四人が撰にあたった。四季にはじまり恋・羈旅・哀傷へと続く部立の構成は、以後の勅撰集すべての規範となった。改めて説明するまでもなく、八代集の筆頭に置かれる古典中の古典である。

注目すべきは、本書が単なる一写本ではなく、いわゆる「清輔本」と呼ばれる本文系統に属する点だ。延喜の原本が現存しない以上、『古今集』の本文は後世の写本を突き合わせて復元するほかなく、写本ごとに歌の異同や配列の違いが生じている。研究者はこれらの伝本を高野切本系・元永本系などいくつかの系統に分け、そのなかで清輔の学統に連なる一群を「清輔本」と総称する。本書はこの系統の主要な伝本の一つとして位置づけられている。

「伝清輔筆」をめぐる留保

清輔は藤原北家末茂流の六条藤家に生まれた。父の顕輔は勅撰集『詞花和歌集』を撰した歌人であり、清輔は家の蔵書とともに、古典の本文を正しく定めようとする学風を受け継いだ。彼は歌学書を著し、その注釈の用例は『古今集』に多くを負っている。平安末の歌壇では、藤原俊成の御子左家と対立する六条家の論客として知られた。

『古今集』とこれほど密接に結びついた学者の名が、その優れた古写本に冠せられたのは無理からぬことだった。後世の所有者や鑑識家はそう扱ってきた。しかし近代の本文研究は、写本の奥書を読み込むうちに慎重になる。本書は12世紀半ばに書写された本を後に転写したものと考えられており、奥書の文言からは清輔自身が筆を執ったと言い切る根拠は得られていない。清輔の確実な自筆と認められた写本は、現在もなお見いだされていない。

だからこそ「伝」の一字を残す意味がある。本書が清輔の学統に連なる系統の伝本であることは確かであり、この帰属は、文字どおりの筆者という以上に、清輔の学問とのつながりという史実を留めているのである。

国宝としての価値

古い和歌写本の価値は、美しさそのものよりも、それが何を証し立てるかにある。延喜の原『古今集』が失われた今、貫之らの撰んだ本文は、世代を隔てて作られた写本に頼って復元するほかない。そして写本どうしは、語句でも、歌の順序でも、収録歌の出入りでも食い違う。校訂とはこれらの証人を突き合わせる作業であり、書写年代が古く、丁寧に伝来した本書のような写本は、ひときわ重い証拠能力をもつ。

本書は古写本のなかでも書写年代がさかのぼり、研究者が校訂の際に主要系統と対照させる清輔本の本文を保存している。平安貴族の流麗な仮名の筆致は、日本の書の歴史にも属する。昭和27年の指定は、こうした本文上の権威と書美の両面を評価したものであり、本書は尊経閣文庫が収める国宝19件の一つに数えられている。

鑑賞と周辺の楽しみ

旅行者にひとつ断っておきたい。東京・駒場の尊経閣文庫は美術館ではなく私設の研究図書館であり、本書が常時公開されているわけではない。これほどの位の12世紀の料紙が人前に出るのは、大きな美術館との特別展に限られ、しかも稀である。研究者は所定の条件のもとで閲覧を申請できるが、一般の来訪者がふらりと立ち寄って実見できるものではない。

むしろ実りの多い道は、加賀前田家の城下町・金沢を経由する。石川県立美術館には長く前田育徳会尊経閣文庫の分館が置かれ、所蔵品の一部が入れ替えで展示されてきた。前田家の文化財に出会う場としてはここが手がかりになる。ただし展示は替わり、目当ての写本が出ているとは限らないので、訪れる前に最新の展示予定を確かめておきたい。金沢そのものも兼六園と城の遺構が近く、足を運ぶ価値は十分にある。

和歌そのものに関心があるなら、尊経閣文庫の写本は数十年をかけて精巧な影印(複製)が刊行されてきたし、注釈の整った『古今和歌集』の刊本も容易に手に入る。歌は読まれるためにある。その愉しみに予約は要らない。

Q&A

Q原本はどこかで実見できますか。
A通常は難しいです。東京の私設研究図書館に収められ、常設公開はされていません。脆弱な料紙のため、出るのは折々の特別展に限られます。現実的には、金沢の石川県立美術館にある尊経閣文庫分館で前田家コレクションの入れ替え展示を見るか、特別展の開催を待つことになります。
Q「清輔本」とはどういう意味ですか。
A『古今集』の原本が現存しないため、本文は系統の異なる後世の写本から復元されます。そのうち、歌学者・藤原清輔の学統に連なる一群を「清輔本」と呼びます。高野切本系や元永本系と並ぶ主要な系統の一つで、本書はその代表的な伝本に位置づけられています。
Q本当に藤原清輔が書いたのですか。
A文字どおりの自筆である可能性は低いとされます。古来「清輔筆」と伝わり、清輔の学統に連なる系統の本であることは確かですが、奥書の文言から専門家は実際の筆者が清輔であることを疑っています。「伝」の一字はこの不確かさを示しています。
Q写本が国宝なのはなぜですか。歌は他の版でも読めます。
A延喜の原本が失われ、本文は食い違う後世の写本から復元されるためです。書写年代が古く、清輔本という独自の系統を保つ本書は、その復元の一次資料となります。加えて平安の仮名の筆致が書としての価値をもちます。
Q前田家の他の文化財はどこで見られますか。
A尊経閣文庫は『日本書紀』の現存最古写本や藤原定家筆『土佐日記』など国宝19件を収めます。所蔵品の一部は金沢の石川県立美術館で入れ替え展示され、個々の名品は各地の特別展に貸し出されることもあります。

基本情報

名称古今集〈伝藤原清輔筆〉(こきんしゅう)
種別書跡・典籍
指定区分国宝
指定年月日昭和27年(1952年)11月22日
員数2帖
時代平安時代(12世紀)
伝称筆者藤原清輔(伝承。帰属には学術的留保がある)
所有者公益財団法人前田育徳会(尊経閣文庫)/東京都
公開状況私設研究図書館に所蔵し常設公開なし。前田家コレクションの一部は金沢の石川県立美術館で入れ替え展示。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/657
古今和歌集 — ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/古今和歌集
前田育徳会 — ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/前田育徳会
尊經閣文庫 貴重庫 — 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/231131
石川県立図書館 企画展示「尊経閣叢刊」にみる古典文学の世界
https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/booklist/2008/168.html

最終更新日: 2026.06.13