法曹類林 巻第百九十七残巻 ― 散逸した法律書のいま残る一巻

かつて二百巻を超えたという法律書のうち、現存はわずか数巻にすぎない。本巻はそのひとつ、『法曹類林』巻第百九十七にあたる。東京の公益財団法人前田育徳会が所蔵し、昭和10年(1935)に重要文化財へ指定された。

『法曹類林』は平安後期、十二世紀に編まれた法律書で、藤原通憲(信西)の編著と伝えられる。律令格式を事項ごとに分類し、勘文をはじめとする明法家の解釈や先例を引き載せたもので、罪状と刑の判定にあたる官人の手控えとして編まれた。全体はおよそ230巻に及んだとされ、730巻と伝える説もある。今日まで伝わるのは4巻と若干の断簡にとどまる。

巻第百九十七は官吏の人事に関わる規定を扱い、考選・解任・不上などを収める。前田育徳会の所蔵分は「残巻」と称される。この巻は現在二つに分かれており、巻首の一葉は東京の内閣文庫(国立公文書館)に、それに続く残りの部分が本指定の対象となっているためである。

残巻の価値

『法曹類林』の伝存があまりに少ないため、残る一片の重みは長さをはるかに超える。本書には他に見えない法制資料が含まれ、古代の朝廷がいかに法を体系づけたか、また編者信西がそれをどう捉えていたかをうかがう手がかりとなる。初期公家法の様相を伝える一次資料として、人事考課を扱う一巻が残った意義は小さくない。

この写本は鎌倉時代に書写された。巻末には嘉元2年(1304)6月1日に書写・校合した旨の奥書があり、本巻は金沢文庫本の系統に属する。金沢文庫は十三世紀に北条氏が現在の横浜・金沢の地に設けた文庫で、鎌倉幕府の滅亡後、その蔵書は各地へ散っていった。

本巻が前田家に渡った経緯も、この散逸とつながっている。加賀藩五代藩主・前田綱紀は金沢文庫本を多く蒐集した人物で、『法曹類林』もその手を経た。享保7年(1722)には数巻が八代将軍徳川吉宗に献上されて幕府の文庫に入り、のちに内閣文庫へと伝わった。巻第百九十七の残る部分は加賀前田家にとどまり、いまは前田育徳会の尊経閣文庫に収められている。

本文に触れるには

本巻は研究資料として保存されており、一般に展示される性格のものではない。これを伝える尊経閣文庫は、貴重書の閲覧を事前許可を得た研究者に限っている。前田家の収集品をひろく見たい場合は金沢を訪ねるとよい。絵画・武具・工芸などが、石川県立美術館や兼六園内の成巽閣で順次公開されている。

とはいえ本文そのものが遠いわけではない。内閣文庫が所蔵する同書の他巻――巻192、巻197の巻首一葉、巻200――は電子化され、国立公文書館デジタルアーカイブで閲覧できる。尊経閣文庫も善本の影印を刊行しており、こうした写本の筆跡を手元で確かめる道は開かれている。

そう捉えれば、巻第百九十七は探し当てるべき一個の物というより、より大きな物語への糸口である。平安の法書が鎌倉に書写され、滅びた文庫から持ち出され、大名に愛蔵され、将軍家と武家に分かたれ、いまは研究のために守り伝えられている。

Q&A

Qこの巻を実際に見ることはできますか。
A一般の見学はできません。所蔵する尊経閣文庫は、事前に許可を得た研究者に閲覧を限っています。前田家の収集品をひろく見たい場合は、金沢の石川県立美術館や成巽閣で順次公開される作品をご覧ください。
Qどのような法を記した書物ですか。
A古代日本が唐の制度を範として整えた律令格式を、事項ごとに分類し、明法家の解釈や勘文を添えた書です。法執行にあたる官人が罪状や刑を判じる際の参考とすることが、その編纂の目的でした。
Qなぜ「残巻」と呼ばれるのですか。
A巻第百九十七が二つに分かれているためです。巻首の一葉は内閣文庫に、それに続く残りの部分が前田育徳会の所蔵で、指定名にも「残巻」と記されています。
Qこの写本はいつのものですか。
A原本の成立は十二世紀ですが、本巻はのちの写しで、奥書に嘉元2年(1304)の書写・校合の年記があります。鎌倉時代の書写本です。

基本情報

名称法曹類林〈巻第百九十七残巻/(金沢文庫本)〉(ほっそうるいりん)
種別書跡・典籍
指定区分重要文化財
指定年月日昭和10年(1935)4月30日
時代原本は平安後期(十二世紀)/本巻は鎌倉時代・嘉元2年(1304)
員数・形状1巻。嘉元2年6月1日の書写校合の奥書あり
所有者公益財団法人前田育徳会(尊経閣文庫・東京)
公開研究資料につき一般非公開。前田家収集品は金沢で順次公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):法曹類林〈巻第百九十七残巻/(金沢文庫本)〉
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7506
公益財団法人前田育徳会(公式サイト)
http://www.ikutokukai.or.jp/
国立公文書館デジタルアーカイブ:法曹類林
https://www.digital.archives.go.jp/file/3145981.html

最終更新日: 2026.06.22