白金から調布へ―海軍中将の住まいが動いた
真木家住宅洋館は、東京都調布市上石原にある明治43年(1910年)頃建築の木造2階建住宅で、平成12年(2000年)4月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
建てられた場所は調布ではない。文化庁の国指定文化財等データベースは、この建物を「白金に所在した海軍中将男爵真木長義の邸宅を移築したもの」と記録している。白金は現在の港区にあたり、明治期には広い敷地を構えた邸宅が並んだ一帯である。それが昭和12年(1937年)、直線距離でおよそ18キロ西の上石原へ移された。当時の上石原は甲州街道沿いの農村で、東京市の外側にあたる北多摩郡である。
真木長義は天保7年(1836年)に佐賀藩士の家に生まれ、幕末に長崎海軍伝習所で航海術を修めた。明治18年(1885年)に海軍中将、同20年(1887年)に男爵となり、大正6年(1917年)に没している。建築年が明治43年頃という記録どおりであれば、この家に入ったのは70代半ばで、晩年の数年をここで過ごしたことになる。
設計者も施工者も、公式記録には残っていない。
明治期の官員が構えた洋館では珍しいことではない。図面や請負書は住宅とともに失われやすく、残るのは建物そのものであることが多い。この場合は建物が2棟残った。同じ敷地に建つ平屋の日本館が同日付で登録されており、洋館とは渡り廊下で結ばれている。
「登録」と「指定」はどう違うのか
国宝・重要文化財と登録有形文化財は、同じ文化財保護法のもとにありながら、保護の仕組みが異なる。国宝と重要文化財は国が選び抜いて指定し、現状変更には許可を要する。一方の登録有形文化財は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられ、同年10月1日に施行された制度で、大きな変更の前に届け出を出せばよく、指導・助言と税制上の優遇を受けながら使い続けることが前提になっている。
この緩やかな制度が生まれた背景には、近代の建物が評価される前に消えていく速度への危機感がある。国土開発と生活様式の変化のなかで失われていく明治・大正・昭和初期の建造物を、厳選する指定制度だけでは受け止めきれなかった。真木家住宅の2棟は、その広い網のほうに掛かった建物である。
登録は第24回にあたり、平成12年4月28日付で登録、同年5月25日に官報告示された。登録番号は洋館が13-0085、日本館が13-0086で、頭の13は東京都の都道府県コードである。登録基準は「造形の規範となっているもの」。3つある登録基準のうち、意匠や構成の質を評価する類型にあたる。
文化庁の解説文が挙げる特徴は3点に絞られている。北面東端にハーフティンバー風の車寄を突き出して玄関とすること。南面中央に八角形のベイウィンドウを張り出すこと。そして外装化粧煉瓦の貼り方と内部のステンドグラスの意匠に「新味」が認められること。
煉瓦の扱いには注意して読みたい。構造は木造であり、煉瓦は躯体を支える組積材ではなく、外装に貼られた化粧材である。木造軸組の技術のまま煉瓦造の外観を得る手法で、明治後期の住宅洋館には広く用いられた。ハーフティンバー風の車寄も八角ベイウィンドウも、明治43年頃には各地の郊外住宅で見られる語彙になっていた。評価されているのは語彙の珍しさではなく、その扱い方である。
行く前に知っておきたいこと
先に書いておくと、真木家住宅洋館は現役の個人住宅であり、一般公開されていない。文化庁のデータベースにも調布市の文化財案内にも、公開日・拝観料・見学申込に関する記載はなく、内部を見る手立てはない。解説文が評価するステンドグラスも、外からは確認できない。国指定文化財等データベースの所有者名欄は空欄で、これは個人所有の住宅に共通する扱いである。
前を通る場合は、住まいとしての扱いを守りたい。公道から離れず、敷地に立ち入らず、玄関先に近づかず、居住者を撮影しない。登録有形文化財であることは、見学の権利を意味しない。文化財についての問い合わせは、調布市教育委員会教育部郷土博物館(電話042-481-7656)が窓口になっている。
場所は分かりやすい。京王線西調布駅の南口から徒歩約6分、新宿からは電車で23分ほどである。この駅は大正5年(1916年)9月1日に「上石原」の名で開業し、昭和34年(1959年)6月1日に西調布へ改称された。真木家の建物が移ってきた昭和12年には、すでに20年以上前から電車が走っていたことになる。白金に住んでいた一家が移転先としてこの土地を選んだ理由の一端は、そのあたりにありそうだ。
建物に入れなくても、周囲を歩く価値はある。線路の南側には旧甲州街道が並行して走り、上石原1丁目の西光寺はその街道に面して建つ。西光寺の仁王門、梵鐘、木造観音三十三身立像34軀はいずれも調布市指定文化財である。北へ数キロの深大寺には、平成29年(2017年)に重要文化財から国宝へ格上げされた白鳳期の銅造釈迦如来倚像がある。調布市内で最も重要な文化財はこの一軀といってよい。
市内の国登録有形文化財は11件。新井家住宅(入間町)、白百合女子大学めぐみ荘(旧菊池家住宅主屋)、旧武者小路実篤邸主屋などが並ぶ。このうち旧実篤邸は実篤公園と武者小路実篤記念館に隣接し、内部の見学ができる。近代建築を目当てに一日を組むなら、行程の軸はそちらに置くことになる。
Q&A
- 真木家住宅洋館は見学できますか。写真撮影は可能ですか。
- 見学はできません。現役の個人住宅で、公開日・拝観料・見学申込の制度はなく、内部を見ることはできません。外観は公道から見えますが、公道から離れず、敷地に立ち入らず、居住者を撮影しないようご配慮ください。
- 真木家住宅洋館の場所と行き方を教えてください。
- 所在地は東京都調布市上石原二丁目48-21です。京王線西調布駅の南口から徒歩約6分、新宿駅からは電車で23分ほどになります。
- 真木家住宅洋館は国宝や重要文化財なのですか。
- いずれでもありません。登録有形文化財(建造物)です。平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた届出制の制度で、許可制で厳しく規制する国宝・重要文化財の指定とは別の枠組みにあたります。
- 真木家住宅洋館は誰が建て、なぜ調布に移されたのですか。
- 文化庁の記録では、海軍中将で男爵の真木長義が白金に構えた邸宅で、明治43年(1910年)頃の建築とされます。昭和12年(1937年)に現在地へ移築されました。設計者名も移築の事情も、公式記録には記されていません。
- 真木家住宅洋館と真木家住宅日本館はどういう関係ですか。
- 同じ住まいの両輪です。平屋の日本館は洋館の東方に南面して建ち、渡り廊下でつながっています。2棟とも昭和12年に白金から一緒に移され、平成12年に同じ日付で登録されました。
基本情報
| 名称 | 真木家住宅洋館(まきけじゅうたくようかん) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都調布市上石原二丁目48-21 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 13-0085/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成12年(2000年)4月28日登録、同年5月25日官報告示(第24回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積151平方メートル |
| 所有者 | 個人所有(国指定文化財等データベースの所有者名欄は空欄) |
| 公開状況 | 非公開。内部見学不可。外観は公道からのみ |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「真木家住宅洋館」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001660
- 文化遺産オンライン「真木家住宅洋館」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/186390
- 調布市「市内の指定・登録文化財一覧」
- https://www.city.chofu.lg.jp/100200/p073019.html
- 調布市「調布市内の指定・登録文化財一覧」(PDF)
- https://www.city.chofu.lg.jp/documents/2369/bunnkazai08.pdf
- 文化庁「登録有形文化財(建造物)」
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
最終更新日: 2026.08.22