三宅島の神事 — 伊豆諸島の古式を今に伝える島の祈り

東京から南におよそ180キロメートル、太平洋の洋上に浮かぶ火山島・三宅島。この島では、雄山の噴火とともに歩んできた千年の歴史のなかで、自然の力を神として祀る信仰が深く根づいてきました。島内には十二の式内社をはじめとする多くの神社が鎮座し、そこで継承されてきた一連の祭祀が「三宅島の神事」として総称されています。昭和32年(1957年)に東京都指定無形民俗文化財となったこれらの神事は、平安時代の面影を残すとされる歌舞や作法を伝える貴重な文化遺産です。

指定の対象

「三宅島の神事」として都から指定されているのは、神着地区に鎮座する御笏(おしゃく)神社で行われる「御笏神社の神事」と、伊豆地区に鎮座する御祭(ごさい)神社で行われる「御祭神社の神事」の二件です。いずれも昭和32年2月21日に、東京都無形民俗文化財(民俗芸能)として指定されました。両者は性格を異にしながらも、中世の『三宅記』(三嶋大明神縁起)に語られる島造りの神話を共通の背景としており、伊豆諸島の古い信仰世界を現代に伝える車の両輪のような存在です。

千年にわたり奉仕してきた壬生家

両神事の担い手として中心的な役割を果たしてきたのが、平安時代初期に島へ来たと伝えられる壬生(みぶ)家です。壬生家は三嶋大明神の奉斎者として集団で来島し、以後およそ千年にわたり島長と神主を兼ねて三宅島の祭政を掌ってきました。島という独立した環境のなかで、本土では失われていった古い歌舞や作法が師から弟子へと途切れることなく伝えられてきた背景には、この家の長い奉仕の歴史があります。

御笏神社の神事

神着地区の御笏神社は、『三宅記』に語られる三嶋大明神の后神のひとり、佐伎多麻比咩命(さきたまひめのみこと)を祀る社です。毎年10月10日に行われる大祭は、神事の中心をなす重要な祭礼であり、かつては四つの舞と「大神楽」で構成されていました。四つの舞とは「神鍋舞(かんなべまい)」「剣舞(けんぶ)」「相撲舞(すもうまい)」「簓舞(ささらまい)」であり、これに続いて伊豆諸島の島々の名と神々の名を歌いこむ長大な「大神楽」が奉納されてきました。

とりわけ印象的なのが神鍋舞で、「なべこ舞」とも呼ばれる舞です。神前で巫女が単独に立ち、社人から瓶子(へいし)・銚子(ちょうし)・長柄(ながえ)を受け取りながら、静かに回転を重ねる巫女舞風の所作で舞い進めます。太鼓方が神前に向かって太鼓を打ち、神楽歌を唱えるなか舞われる姿は、平安の宮廷芸能の余韻を感じさせるものと評されています。

御祭神社の神事

一方、伊豆地区の御祭神社で行われる神事は、毎年1月8日に執り行われる「八日様」を中心とするもので、三日にわたる大掛かりな祭礼です。1月6日には御神刀「御太刀様(おたちさま)」が神着の御笏神社を出発し、伊豆・伊ヶ谷を経て阿古の富賀神社へ巡行し「一夜籠り」を行います。翌7日には富賀神社で「若菜祭」と田植えの神事が行われたあと、御神刀は坪田の二宮神社へと渡り、夕刻、ようやく伊豆へと運ばれて夜の儀式に入ります。そして8日、御祭神社と隣接する薬師堂において祭礼がおこなわれ、一連の神事は最高潮を迎えます。

この神事の核には、『三宅記』に記された大蛇退治の神話が息づいています。箱根芦ノ湖からやって来た大蛇を、事代主神(三嶋大明神)が身に何もまとわず立ち向かったという物語であり、かつて御祭神社では、この神話に基づく神楽も奉納されていたと伝わります。御神刀の巡行の際には、先払いの鈴の音が近づくと人々は目がつぶれるのを恐れて物陰に身を潜めたという言い伝えもあり、島の人々がこの神事をいかに畏敬してきたかが偲ばれます。

指定の理由と文化的価値

これらの神事が都指定の無形民俗文化財となったのは、いくつかの稀有な価値が重なっているためです。第一に、本土ではすでに失われた平安時代風の歌舞の形式をよく保存していること。第二に、噴火や潮の満ち引きを特定の神々の働きとして理解する島固有の宇宙観を、具体的な作法として今に伝えていること。第三に、壬生家という世襲の神職家のもとで、中世の戦乱・江戸時代の流人政治・近代化の波をこえて、祭祀の連続性が保たれてきたことです。

再興に向けて歩む生きた伝統

平成12年(2000年)の雄山噴火により、三宅島では約5年にわたる全島避難が実施され、帰島後もすべての祭祀を即座に再開できたわけではありません。両神事ともに一部休止状態が続いてきましたが、ここ数年、神職と地域の人々を中心に段階的な復興が進められています。令和元年頃から舞の稽古が再開され、令和6年(2024年)10月の御笏神社大祭では、短縮形ではあるものの「大神楽」の再興が試みられました。続く令和7年(2025年)には「神鍋舞」の一部が奉納され、御祭神社でも1月8日に「小神楽」の奉納が続けられています。

かつての姿を取り戻すには、過去の音源の調査・祭具の整備・担い手の育成など、なお多くの課題があります。しかし、文化財としての価値を再認識しつつ、一つひとつの所作を丁寧に蘇らせていく営みそのものが、この島の神事が「生きた伝統」であることを示しています。

見どころ

訪れる方々には、静かな敬意をもって所定の参拝エリアから祭礼の様子を拝観することが勧められます。現時点で比較的拝観しやすいのは、1月8日に御祭神社で奉納される「小神楽」と、10月10日の御笏神社大祭で試みられている舞の再興公演です。また、阿古地区の「三宅島郷土資料館」(入館無料)の一階には、神事の記録映像が常設で上映され、かつて用いられた神輿も展示されています。御笏神社の近くにある「三宅島役所跡」(壬生家邸宅)は、毎年11月上旬の「東京文化財ウィーク」期間中に特別公開されます。

周辺の見どころ

三宅島は、神事の舞台としての魅力だけでなく、自然と文化の深さそのものが見どころの島です。噴火の痕跡を伝える黒々とした溶岩地形のトレッキング、島内各地に点在する十二の式内社めぐり、伊豆諸島固有種のアカコッコやイイジマムシクイなどが観察できるバードウォッチングはどれも見逃せません。同じく都指定無形民俗文化財である「富賀神社の巡り神輿」は、隔年の夏に御神輿が六日間かけて島内五地区を一巡する壮大な神事で、観光客にも開かれた祭りです。海に潜れば、島を取り囲む黒潮の海にミナミハンドウイルカの群れや、溶岩が形づくったダイナミックな水中地形に出会うこともできます。

Q&A

Q観光客も神事を見学することはできますか。
Aはい、1月8日の御祭神社および10月10日の御笏神社大祭は、所定の参拝エリアから静かに拝観することができます。ただし、両神事はなお復興の途上にあるため、毎年すべての所作が行われるわけではありません。撮影が制限される場面もありますので、現地の案内や神職の指示に従ってください。
Q三宅島へはどのように行けますか。
A東京都内から主に二つの経路があります。調布飛行場から飛行機でおよそ50分、あるいは竹芝桟橋から出港する大型客船で一晩かけて向かう海路です。船は夜に東京を出発し、翌朝早くに三宅島の港に到着します。島内は一周バスが運行しているほか、レンタカーや原付の利用も可能です。
Q神事が休止しているのはなぜですか。完全な復興はいつになりますか。
A平成12年(2000年)の雄山噴火で全島避難が約5年続き、帰島後も祭祀を担う方々の再編が容易ではありませんでした。現在は神社関係者を中心に、研究者や行政の協力を得ながら段階的に復興が進められています。令和元年頃から稽古が再開され、令和6年・7年には中心的な舞の一部が実際に奉納されるに至りました。完全な復興の時期は明言しがたいものの、少しずつ姿を取り戻しつつあるところです。
Q静岡県の三嶋大社との関係はありますか。
A中世に成立した『三宅記』によれば、三嶋大明神はまず伊豆諸島に降臨し、三宅島を拠点として島々を造られた後、信仰が伊豆半島にも広がったと伝えられています。この説に立てば、三宅島の富賀神社は三嶋信仰の発祥の地にあたり、島の神事は同信仰のもっとも古い姿のひとつを今に伝えるものと位置づけられます。
Q神事について学べる資料館はありますか。
A阿古地区にある「三宅島郷土資料館」では、神事に関する常設展示と記録映像の上映が行われています(入館無料)。また、御笏神社近くの「三宅島役所跡」(壬生家邸宅)は、毎年11月上旬の「東京文化財ウィーク」の際に特別公開され、関連資料や邸内を見学することができます。

基本情報

名称 三宅島の神事(御笏神社の神事・御祭神社の神事)
指定区分 東京都指定無形民俗文化財(民俗芸能)
指定年月日 昭和32年(1957年)2月21日
所在地 東京都三宅村 三宅島(神着地区・伊豆地区)
奉仕神社 御笏神社(神着)、御祭神社(伊豆)
主な祭日 1月8日(御祭神社「八日様」)、10月10日(御笏神社大祭)
主な舞 神鍋舞、剣舞、相撲舞、簓舞、大神楽
現況 2000年の全島避難により一部休止、段階的に復興中
アクセス 調布飛行場から航空便で約50分、または竹芝桟橋から夜行客船

参考文献

東京都教育庁三宅出張所:無形民俗文化財の再興に向けて
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/about/miyake/cultural_property/info/densyou
東京都教育庁三宅出張所:三宅島の無形民俗文化財 伝承されていく歌と踊り
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/about/miyake/cultural_property/info/intangible_folk_cultural_property
三宅島の神社 公式ホームページ
https://miyakejima-jinja.jimdofree.com/
三宅村役場ホームページ:歴史
https://www.vill.miyake.tokyo.jp/gyousei/syoukai/history.html
三宅島観光協会:観る
https://www.miyakejima.gr.jp/see_category/place/
Wikipedia:御笏神社
https://ja.wikipedia.org/wiki/御笏神社
Wikipedia:御祭神社
https://ja.wikipedia.org/wiki/御祭神社

最終更新日: 2026.04.20