古越前広口壺と嘉元四年の年紀
この壺の肩には、焼成前のまだ柔らかい段階で篦(へら)を用いて刻みつけられた銘文が残る。判読しにくい仮名まじりの文字を追うと、「かけん四年八月十七日」、すなわち嘉元四年(1306年)の年月日が読み取れる。刀剣や仏像には製作年や作者を記す例が少なくないが、中世の生活雑器である壺や甕に、こうした年紀が刻まれることはまれである。この一点こそが、本品が重要文化財に指定された最大の理由となっている。
器は高さ34.3センチ、胴の張りが最も大きい部分で37.4センチを測り、下方は小さな平底へとすぼまる。砂粒を多く含む灰褐色の陶胎で、器表は赤褐色を帯びる。釉薬を施さずとも水を蓄えられるほど高温で焼き締められており、穀物や液体などを蓄える実用の容器として作られた。福井県の日本海側、旧越前国の地で焼かれた、いわゆる越前焼の壺である。
なぜ生活の壺が重要文化財となったのか
国が保護する美術工芸品には段階があり、最上位の国宝の下に、歴史上・芸術上とくに価値が高いと認められた重要文化財が置かれる。本品は昭和50年(1975年)6月12日にこの区分へ指定された。
評価の核心は、やはり肩の銘文にある。中世の民窯の焼き物は年紀をもつものが極端に少なく、その年代はおもに器形や胎土、窯跡から出土する資料との比較によって推定される。誤差は数十年単位にもなりうる。これに対し、自らの製作年を記した器は、その推定の基準点となる。銘文には嘉元四年の年月日に続き、越前国丹生郡の織田庄(おたのしょう)、そして「とらか太夫」と読める人物の名が記されている。
織田の地は、越前の窯が集中して築かれた一帯にあたる。年代の確かな器が、産地そのものの地名を伴って残された意味は大きい。越前焼の編年を組み立てようとする研究にとって、本品は動かしがたい一つの定点として働く。
自然釉と手づくりの痕跡を見る
越前の窯では、本来の施釉を行わない。口縁と肩の一部にうっすらと掛かる緑褐色の光沢は、薪の灰が窯の中で器面に降りかかり、高温で溶けてガラス質となった自然釉である。掛かり方は一点ごとに異なり、本品ではごく薄く、塗膜というより痕跡に近い。
成形の手順は、器そのものに見てとれる。胴は粘土の紐を積み上げて三段に築き、轆轤(ろくろ)で調整したものである。器壁は厚く、輪郭はわずかに歪み、口縁端部を上下に引き出して狭い垂直の縁帯を作り出している。口辺の一部は欠けたままで、補修の手は加えられていない。肩の刻銘は浅く、見落としやすい。鑑賞されることよりも使われることを前提とした、作り手の素朴な筆致がそこにある。
京都国立博物館とその周辺
本品は、京都市東山区の京都国立博物館が保管する。同館では国が所蔵する陶磁・絵画・書跡・彫刻などを、平成知新館の名品ギャラリーで入れ替えながら公開している。収蔵品は会期ごとに展示替えされるため、本品が常時見られるわけではない。観覧を目的とするなら、来館前に陶磁分野の展示予定を確認しておきたい。
博物館は三十三間堂のすぐ近くにあり、東山南部の寺社や町並みへも歩いて回れる。西へおよそ2キロの京都駅を起点にすると動きやすく、市バスの停留所が博物館の門前にある。
Q&A
- 京都国立博物館へ行けば必ず見られますか。
- 展示替えがあるため、常時公開されているわけではありません。来館前に同館のウェブサイトで陶磁分野の展示予定をご確認ください。
- 銘文には何が書かれていますか。
- 嘉元四年八月十七日の年月日に続き、越前国丹生郡の織田庄と、「とらか太夫」と読める人物名が刻まれています。仮名まじりの文字は摩耗し、判読の難しい部分もあります。
- 越前焼とはどのような焼き物ですか。
- 福井県を中心に、平安時代末から焼かれてきた高温焼成の炻器(せっき)です。瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前とともに、日本六古窯に数えられます。
- なぜ年紀があると重要なのですか。
- 中世の民窯の器は年代の手がかりに乏しく、比較によって推定するほかありません。製作年を記した器は、ほかの無年紀の器を位置づける基準になります。
- 茶の湯のための器ですか。
- いいえ。穀物や液体を蓄える実用の容器でした。越前焼が茶人に好まれるのは後の時代のことで、1306年当時は日々の暮らしの道具でした。
基本情報
| 名称 | 古越前広口壺(こえちぜんひろくちつぼ) |
|---|---|
| 指定区分 | 重要文化財(工芸品) |
| 指定年月日 | 昭和50年(1975年)6月12日 |
| 時代 | 鎌倉時代 嘉元4年(1306年) |
| 員数 | 1口 |
| 寸法 | 高34.3cm 口径23.5cm 胴径37.4cm 底径16.6cm |
| 品質 | 越前焼 自然釉 |
| 所有者 | 国(文化庁) |
| 所在地 | 京都国立博物館(京都市東山区茶屋町527) |
| 公開状況 | 平成知新館の陶磁展示室にて随時公開(展示替えあり) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「古越前広口壺」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7132
- 京都国立博物館 公式サイト
- https://www.kyohaku.go.jp/jp/
- 日本六古窯 公式サイト「越前」
- https://sixancientkilns.jp/echizen/
- 越前焼公式サイト「越前焼とは」
- https://www.echizenyaki.com/about/
最終更新日: 2026.06.17