四日間で写された、藍色の巻物
巻物を広げきると、その長さは十一メートルを超える。料紙には淡い藍がにじみ、表面には銀の箔が粗くまかれて、光の加減できらめく。そこに書写されているのは、現存最古の歌集である『万葉集』の巻第九である。書き写したのは一人の手で、時代は平安時代の十一世紀後半にあたる。巻末の奥書には「始自九月十七日至于廿日写之了」とあり、九月十七日に始めて二十日に書き終えたことが読み取れる。三十紙近くを、わずか四日で写しきった計算になる。
藍で染めた料紙に書かれていることから、この写本は「藍紙本(らんしぼん/あいがみぼん)」と通称される。藍といっても色は濃くない。長い年月を経て、いまでは薄い水色からベージュに近い色合いに落ち着いている。所蔵するのは京都国立博物館である。
料紙のつくり
この写本の料紙は、できあがった紙を藍に浸して染めたものではない。紙を漉く段階で藍に染めた繊維を交ぜ込み、漉きかけにして仕上げている。色が紙の表面ではなく内側に含まれているため、雲がたなびくような独特のむらが生じる。
料紙の天地には淡い墨で界線が引かれ、表面には手で細かく砕いた銀のもみ箔が粗くまかれている。文字を載せる前から、読みやすさと見た目の美しさの双方が意識されていた。歌集の本文を写すための、念入りに支度された紙だったといえる。
国宝指定と、その価値
本作が国宝に指定されたのは昭和二十七年(一九五二年)十一月二十二日である。その価値は、まず残存そのものにある。平安時代に書写された『万葉集』の古写本のうち、桂本・金沢本・元暦校本・天治本とともに、本作は「五大万葉集」の一つに数えられる。藍紙本としては、ほかに巻第十と巻第十八の遺品も確認されているが、いずれも断簡として伝わるにすぎない。巻子のかたちをとどめる藍紙本は、この巻第九だけである。
現存するのは巻第九のおよそ五分の四にあたり、約百十首の歌と、欠けた部分にあたる歌の目録からなる。長い年月のあいだに五か所の脱落が生じており、このため正式には「残巻」と呼ばれている。本文の系統としては、元暦校本と同じ流れに属するとされる。
筆者をめぐって
この書をだれが書いたのかは、長く議論の対象であった。かつては藤原公任(九六六~一〇四一)の筆と伝えられてきた。しかし、現在この説はとられていない。筆線は太く、字粒もやや大きく、平安時代の仮名には珍しい強い筆勢が見てとれる。こうした書きぶりを根拠に、大正期以降は、藤原行成の孫にあたる藤原伊房(一〇三〇~一〇九六)の筆とみる見方が定説となった。
伊房は、世尊寺家の三代目にあたる。祖父の行成は三蹟の一人に数えられた能書で、その書の流れは世尊寺流として後代まで朝廷で重んじられた。伊房自身も白河天皇に仕えた賢臣として知られ、勅撰和歌集にも歌を採られた歌人であった。もっとも奥書には筆者の名が記されておらず、伊房筆という見方はあくまで筆跡にもとづく推定である。確定したものではない点には留意したい。
見どころ
この巻物の魅力は、丁寧に支度された料紙と、率直で力強い書とのあいだに生まれる緊張感にある。平安時代の仮名は、細く流麗な線を旨とするものが多い。ところが本作では、筆がしっかりと紙に押しつけられている。字は大きく、墨は濃く、運びは速い。四日で三十紙を写したという奥書を思えば、その速度が筆跡に表れているのも合点がいく。手本として清書された一巻とは、残る痕跡の質が異なる。
銀のもみ箔も、近づいて眺めたい。一様にではなく粗くまかれているため、淡い料紙の地にほどよい変化が生まれている。褪せた藍と界線とがあいまって、歌の本文を載せる紙そのものが、読みやすさと美しさの双方を備えた品として整えられている。
周辺の見どころ・アクセス
本作を所蔵する京都国立博物館は、京都市東山区にある。紙に書かれた書跡の多くがそうであるように、本作も常時公開されているわけではない。特別展などの折にときおり姿を見せるのみであるため、実物を目にしたい場合は、訪問前に博物館の展示予定を確認しておきたい。常設の平常展示も、絵画・彫刻・陶磁・書跡を季節ごとに入れ替えながら見せており、いつ訪れても見ごたえがある。
周辺は京都でも有数の見どころが集まる一帯である。博物館の向かいには、千一体の観音像で知られる三十三間堂が建つ。障壁画で名高い智積院も歩いてすぐの距離にあり、清水寺へ向かう東山の坂道へも、徒歩か短いバス移動で足をのばせる。
Q&A
- 実物はいつでも見られますか。
- 常時は公開されていません。紙に書かれた国宝であるため、特別展などの限られた機会に展示されるのが通例です。京都国立博物館の展示予定を事前にご確認ください。
- なぜ「藍紙本」と呼ばれるのですか。
- 紙を漉く際に藍で染めた繊維を交ぜ込んでおり、紙の内側から青みを帯びているためです。色は経年で褪せていますが、藍紙本の名で親しまれています。
- だれが書いたのですか。
- 奥書に筆者名はありません。かつては藤原公任筆と伝えられましたが、力強い筆跡から、現在では世尊寺家の藤原伊房による十一世紀後半の書写と推定されています。
- 巻第九はどのくらい残っていますか。
- およそ五分の四が現存し、約百十首の歌と、欠けた部分の歌の目録からなります。五か所の脱落があるため「残巻」と呼ばれます。
- 「五大万葉集」とは何ですか。
- 平安時代に書写された『万葉集』古写本のうち、桂本・藍紙本・金沢本・元暦校本・天治本の五本を指します。本作は、そのなかで巻子のまま残る唯一の藍紙本です。
基本情報
| 名称 | 万葉集巻第九残巻(藍紙本) |
|---|---|
| 所在地 | 京都国立博物館 京都府京都市東山区茶屋町527 |
| 指定区分 | 国宝(書跡・典籍) 昭和27年(1952年)11月22日指定 |
| 時代 | 平安時代・11世紀後半 |
| 員数 | 1巻 |
| 寸法 | 縦26.7cm 長1133.0cm(約11.3m) |
| 品質・形状 | 彩箋墨書 藍の繊維を漉き込んだ料紙に銀箔を散らす |
| 筆者(推定) | 藤原伊房(1030~1096) |
| 所有者 | 独立行政法人国立文化財機構 |
| 公開状況 | 常設展示なし。特別展などで随時公開 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「万葉集巻第九残巻(藍紙本)」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/10333
- e国宝(国立文化財機構)「万葉集巻第九残巻(藍紙本)」
- https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&content_base_id=101064
- 京都国立博物館 博物館ディクショナリー「万葉集巻第九残巻(藍紙本)」
- https://www.kyohaku.go.jp/jp/learn/home/dictio/shoseki/172/
- WANDER 国宝「万葉集 巻第九残巻(藍紙本)」
- https://wanderkokuho.com/201-10333/
最終更新日: 2026.06.12